女神の戯れ・二
あたしの持ってきたアイスは、器に盛られて海神様が食べることになった。あたしにはほとんど食べられないと断ったら、「これだったら?」ともなかの皮を持ってきてくれたので、それに軽く挟んでいただくことをなった。
海のよく見える鳥居をくぐった先にある、バルコニーみたいに開けた場所。そこに小さな机と椅子を用意され、そこでふたりでアイスを食べて、蛇神様の帰りを待つこととなった。
シャク……と音を立ててもなかをかじる。のんびりと匙でアイスをすくっている海神様を眺めながら、あたしはなんとも言えない顔になる。
「なんだ、なにか言いたげだなあ」
「ええっと……そんなつもりはないんですけど」
「蛇神殿のことか?」
「あ、はい……」
見た目はともかく、あの人にいいところがあるのかは、神在月の一件を思えばわからなかった。
御先様を馬鹿にするのはむかつくし、女癖が悪いっていうのはいただけない。なのにどうして、こんな見た目も綺麗で面倒見のいい性格をしている海神様とお付き合いしているのかは、正直理解ができない。でも神様の恋愛事情に口を挟んでいいのかは、あたしにだってはかりかねている。
本当に言葉が出てこなくって、ごまかすようにしゃくっと音を立ててもなかを頬張ると、海神様は「そうだなあ……」と笑った。
「趣味が悪いとでも言いたげだな」
「べ、別にそんなこと、ひと言も言っては……!」
「目は口ほどに物を言うとは、現世ではもう死後になっておるか?」
「……なってないですけど」
「そうか。なら、そう言いたげだなと思ったまでだ」
図星だけれど、なら尚のこと、どこまで言っていいんだかわからないなあと思ってしまう。
だって、あたしは蛇神様のこと、はっきり言ってあんまりよく思っていない。でも海神様と付き合っているんだったら、好きな人の悪口を聞いたら嫌なもんじゃないかなあと思ってしまったら、なにも言えない。
あたしが喉をふがふがとさせているのに、海神様は目を細めて笑った。
「そうだなあ……、あれはどうしようもないやつだよ」
「……自分で言っちゃっていいんですか?」
あたしがおずおずと言うと、海神様は頷く。
「ああ、わらわが言うんだったらな。神在月のたびに巫女殿にちょっかいをかけるし、隙あらばよその女神に色眼鏡を使うし、知らないうちにどこぞの女神の神域に恋文を届けていた。本当にどうしようもないやつだよ」
「……それ、無茶苦茶女好きってやつでは……」
思わずつっこんでしまって、「しまった」と誤魔化すようにもう一度もなかを口に突っ込む。アルコールは相変わらずきついけれど、もなかのおかげで多少なりとも食べやすくなっているのはありがたい。あとは酔いが回ってくれないよう祈るだけだ。
あたしの言葉に、海神様は怒らずに、ただ「そうだな」と笑うだけだった。
「まあ……あれもずいぶんと古い神でな。少々いろんな物事に飽きも来ている。だから、女遊びくらいでしか憂さを晴らせないんだろうと、憐れだと思っているよ」
「それは……海神様はそれでいいんですか?」
「あれも一年に一度くらいは素直になるんでな。可愛いもんだよ」
あの傲慢ちきを、「可愛い」のひと言で済ませるなんて。海神様は男の趣味が悪いんじゃないだろうか。そうは思ったものの、あたしはそれを言っちゃいけない気がして、それ以上はなにも言えなかった。ただ苦笑いを浮かべていたら、「ぶもう」と鳴き声を耳にした。
海のほうを見たら、牛車が漁火を超えて、こちらにやってくるのが見えた。気のせいか、さっき見たときよりも牛車のスピードは速い。
それは社の前で停まると、さっきよりも勢いよく簾は捲り上がり、蛇神様は出てきた。
あたしは慌ててもなかを食べ終えると、牛車のほうへと走っていった。
「おい小娘。持ってきてやったぞ」
「あ、ありがとうございます……」
あたしはぺこりと頭を下げる。たしかに牛車の中には蒲団がある。嫌がらせになにか蒲団に仕込まれてないかなとも思ったけれど、本当に急いで取ってきて急いで戻ってきたみたいだから、蒲団は雑然と丸まって牛車の中に積まれているようだった。
それをいそいそと持って、あたしは頭を下げる。
「あの、ありがとうございました。あ、アイスを持ってきましたので、海神様と一緒に召し上がってください」
「ふん。いらぬ仕事をする羽目になってしもうたわ。さっさと去ね」
蒲団くれたのはいいけど、相変わらずこの人むっちゃくちゃ傲慢な物言いだなあ……!?
カチンときたものの、デートの邪魔をしたのはこっちのほうだし、さっさと退散したほうがよさげだ。あたしはぺこりと頭を下げたあと、今度は海神様のほうにも頭を下げた。彼女は相変わらず涼し気な顔をして笑っている。
「あの、海神様も。本当にありがとうございました! これで今晩も蒲団で眠れます!」
「ふむ、よかったな。またいつでも遊びにおいで」
「はい!」
あたしは何度も何度も頭を下げてから、蒲団を「おいしょ」と持って帰ることにした。
それにしても。まさか蛇神様と再会するなんて思ってもみなかったなあと思う。それも海神様とお付き合いしているっていうんだから余計に驚いた。
仲がいいようには見えなかったんだけどなあ……そういうのには疎いって自覚はあったけれど、あれは気付かないよなあ。あたしはそう思いながら、神域へと帰っていった。
掃除が終わったら、夕餉の仕込みもしないと駄目だなあと、そんなことを思いながら。
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緩やかな坂を登って帰っていく御先殿の料理番殿を見送っていたら、蛇神殿が「ふん」と鼻息を立てた。
「なんじゃ。またそなたは余計なお節介を焼いておったのか。それも自分の料理番ならばいざ知らず、よその料理番に。相変わらずしょうもないことをしておるのう」
「お節介など焼いておらぬよ。単に近所のよしみだ。それを言うんだったら、本当に珍しいな、わらわの頼みだって滅多に聞いてはくれぬというのに、ちゃーんと持ってきてくれるなんてなあ」
御先殿もこじれてはおるが、蛇神殿も相当だ。
なまじ社が大きかったら、そのぶんだけ出向く人間も増えるし、余計な願いを叶えようとする者も増える。
他に神が住んでいたら、住んでいる神のぶんだけ負担は減るが、蛇神殿の神域には他の神も住んではおらぬからなあ。
年に一度の宴で下手に羽目を外せば、他の神から疎まれるからやめておけとは言っても、なかなか言うことを聞かぬのだから、本当にしょうがない男だ。
わらわがちらりと口を開いてみたら、蛇神殿は「ふん」と短く言った。
「寝所を共にするにはおぼこいし、口だけは達者だし、くだらぬ小娘には興味がないわ。さっさと去ねと思ったまでのこと」
「また口の悪いことを言って」
「いつものことじゃろう」
本当にしょうもないことばかり言う男だな。わらわは笑いながら、彼女からもらった甘味を差し出した。それに蛇神殿は目を細める。
「して、それはなにかえ?」
「あいすくりん、だそうだ」
「ふん」
匙を差し出すと、それをひとすくいする。それを食べながら、「ぷはぁ」と息を吐いた。
「……あの小娘は、性格は最悪だが、料理の味だけは悪くないな」
「またそんなことを言って。もうちょっと素直に褒めてはどうだ?」
「神が人の子をそう簡単に褒めてどうする」
本当にしょうもないことばかり言う男だな。わらわは「くつり」と笑った。
年に一度の逢瀬でなければ、まともに会話などできぬ男だ。わらわは大して忙しくはないが、これでも蛇神殿は忙しい身分だからな。そのせいか疲れ果てて、当たり散らしたりもするが、ここに来るときだけは、素直に言葉を吐き出して、満足したら去っていく。
しょうがない男だとは思っているが、こんなもんだろうと思っている自分も、きっとどうかしているのだろう。




