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神様のごちそう  作者: 石田空
番外編
70/79

女神の戯れ・一

 あたしが事の次第を説明したら、烏丸さんはなんとも形容のし難い顔をしてしまった。いや、あたしだって蒲団を燃やそうなんて思いついたことはなかったんだけれど。

 烏丸さんはプスプスと焦げた匂いを放つ蒲団に視線をやると、溜息をついた。


「一応、ふとん神輿を担いでいる社の神域だったら、蒲団を分けてくれるとは思うが」

「ああっ、それは氷室姐さんも言ってましたけど、それって連絡できますか!?」


 あたしがつんのめると、烏丸さんは苦笑を浮かべた。


「あいにくだが、うちだったらほとんど交流がない社でなあ……まあ、海神様だったら、その手の社とも縁があると思うから、事情を説明した手紙を書くから、それを持っていきなさい。あとちゃんと対価は支払うように」

「わあ! ありがとうございます! これで蒲団なしで今晩過ごさないといけないのは、なんとかなりそうです!」


 あたしはつくったばかりの酒粕アイスを勧めると、それを烏丸さんはゆっくりと味わいはじめる。これはどうにか溶けないようにしたら、海神様のところに対価に持っていけるかな。

 烏丸さんが手紙を書いてくれている間に、どうにか溶けない方法を考えよう。

 兄ちゃんはなんとも言えない顔で、あたしのほうを見てきた。


「ええっと……よかった、なあ?」

「うん、よかった! って、なんでそんな微妙そうな顔をしてるかな!?」

「いや、聞いたことねえよ。蒲団干そうとして燃やした挙句に、もらいに行くなんて」

「あたしも好きでしたんじゃありませんっ! そしてそれ以上言うのは禁止!」


 火の神は穴の中でべそべそしているのに、あたしは慌ててちりとりの上に載せた。


「あんたは全然悪くないから! 蒲団持って帰ってきたら、一緒にお菓子食べよう!」

「おれ、アイスは駄目なんだぞ……」

「うーんと、なんか考えるよ。うん」


 そう言って納得してもらうことにした。


****


 潮の匂いの強い海神様の社。

 彼女はあたしが溶けないよう、アイスを陶器の器に入れ、氷と藁を敷き詰めた木箱に入れて彼女に差し出していた。

 海神様はあたしのアイスを受け取ってくれつつ、烏丸さんの手紙に目をとおしながら、背中を震わせている。どうも彼女のツボに入ってしまったらしい。


「わ、笑わせるつもりは、全然なかったんですが……」


 うん、これが人の話だったらたしかに面白いと思うけれど、こちらは今晩の寝床がかかっているわけだから必死なんだ。でも、たしかに面白い。でも、うん。

 あたしがごにょごにょ言うと、海神様は涙を指で拭って微笑んだ。


「いや、すまないすまない。たしかに、眠るのに蒲団は必要だからな。しかし、これは……」


 海神様はどうにも笑いのツボが浅いような気がしてならない。でも、海神様にそのふとん神輿を担いでいる社を紹介してもらわないことには、あたしも蒲団をゲットできない訳だしなあ……。

 彼女は烏丸さんの手紙に目を戻しながら「そうだなあ……」と頷く。


「ちょうど今日、それを奉納している社の者がうちに来る予定だったから頼んでおくよ。多分すぐに蒲団をくれるだろうさ」

「はあ……海神様のお知り合いがタイミングよく、ですか。願ってもないです」

「ただなあ……」


 彼女はなおもポロリと涙をこぼして笑っている。あたしは「はて?」と首を捻った。蒲団を燃やしたこと以外で、彼女を笑かすようなことをした覚えがない。


「あの、海神様……?」

「いやすまんすまん。あれはそなたが苦手な相手だと思ってな」

「はれ……?」

「そなたも会ったことがある者だよ、今日の客人は」


 それにあたしはますます首を捻ってしまう。

 あたしが神域に来てから会ったことのある人なんて、結構限られている。御先様や海神様の神域以外で会ったことがあるなんて言ったら、あとは神在月の宴くらいしかない。そして苦手な人なんて言ったら、もっと限られてくる。

 一瞬ぱっと浮かんだ人がいたけれど、思わず首を振った。その人と海神様が、わざわざ自分の神域に招待するほど仲がいいとは、お世辞にも思えなかったからだ。

 そう思っていたところで。

 海の上の漁火が揺れていることに気付いた。そして、本当にわずかに海にさざ波が立っている。やがて漁火の向こうからなにかがやってきたのが見えてきた。牛車だ。牛車がからからと音を立てて車輪を回して、こちらに向かってくる。その様は実に幽玄な雰囲気を醸し出している。

 鳥居の前に音もなく停まった牛車は、しゅるりと簾が巻かれて、そこからしずしずと誰かが出てきた。その出てきた姿を見た瞬間、あたしは思わず「げっ」と言いそうになって、思わず両手で口を覆った。

 山伏のような格好をして、白粉塗りたくった麻呂眉、おちょぼ口……ミスマッチにも程があるにも関わらず、その姿で全体的にありえないくらいに整った顔をしているその人は、顔はいいのに陰険な雰囲気を隠そうともしない。そんな一度会ったら忘れられない人。

 ……その人は蛇神様だったのだ。

 あたしを見た瞬間、蛇神様は心底嫌そうに顔を歪めた。一回会っただけでも、互いのあまりにも印象が悪かったせいか、お互い顔を忘れられなかったみたいだ。


「なんだ、貴様のところでこの小娘を料理番に雇ったのかえ」


 蛇神様は、あたしのことはまるっと無視して海神様に話しかける。相変わらず絶妙に人の神経を逆撫でしてくる人だなあ……。


「ち、違いますよ! あたしは御先様の料理番です! 今日は用事があって海神様の社に来ただけです……」

「ふん。相変わらずあそこの料理番か。で。なんだ、ひとをここに呼んでおいて、二重に約束を取り付けるとはなあ……?」


 そう言ってちらりと海神様を見る。だからこの人はどうしてそんな意地が悪いことしか言えないの。でも彼女はちっとも動じてはいない。


「やめんか。御先殿の料理番をいじめるんじゃない。貴公が来たんだからちょうどいい。頼まれてはくれないか?」

「なんだ、たまさかの逢瀬の時間も使えんのかえ。本当に情緒のない女よのう」

「節操のない男がなにを言っているんだか」


 いつぞやに聞いたふたりのやり取りはもっと剣呑としていたように思うけれど、今のふたりのやり取りは嫌味の応酬の割には棘がない。

 おまけに……。

 今一瞬、このふたりからはまずありえないと思っていたようなことが聞こえたような……?

 あたしが思わず眉を寄せていたら、海神様はころころと笑った。


「貴公の社ではふとん神輿を担いでいるであろう? それで蒲団を用意できぬかと思って。手違いで蒲団がなくなって困っておるとのことだ」

「……難儀なことよのう。床で寝ればよかろう」

「そんな口を知らぬことを言うでない。用事が済んだらゆるりとすればよかろう。ちゃんと茶くらいは用意するぞ」

「……ふん」


 一瞬蛇神様は拗ねたように唇を尖らせたかと思ったら、くるりとこちらに背を向けて、さっさと牛車に戻ってしまった。そのまま牛車は、再び浮き上がったかと思ったら、さっきよりも若干速いスピードで飛んで行ってしまった。漁火だけがゆらゆらと揺れて、牛車が立ち去ったことを教えてくれた。

 それを見ながら、あたしはポカンとしつつ、行儀悪く牛車の方向に指を指す。


「あのう……おふたりは仲が悪いとばかり思っていたんですが……?」

「ふむ。そう見えるか。別に仲は悪くはないと思うぞ。あんなもんだ」


 え、神在月でものすごく仲が悪いとばかり思っていたんだけれど、違ったっけ?


「あ、あのう……海神様と蛇神様って、いったい……」

「長い付き合いだよ」

「あの、それってつまりは……」


 海神様はなにも答えない。ただ、いつもの朗らかな表情で、にっこりと笑っただけだった。

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