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神様のごちそう  作者: 石田空
番外編
65/79

酒粕氷のすすめ・一

 神域はいつだって霞がかっている。年に一度しか晴れないし、その日以外蒲団が干せないのは困るから、こうして竈から火の神を呼んできて、手を合わせていた訳だ。


「これをあぶればいいのかい?」

「あ、あぶらなくってもいいんだけど、せめて蒲団をあっためて欲しいなあ……なんて。できるかな?」

「うーん……洗濯物を乾かすのをてつだったことはあるけど、ふとんなんか乾かしたことないんだぞ?」

「せ、洗濯物の要領で! お願い!」


 火の神はあたしが蒲団を干したいと連れてきたら、当然ながら困惑した顔をして、マッチ棒みたいな腕を組んで考え込んでしまった。

 そこをなんとか!

 快眠のために!

 あたしがさんざん拝み倒したら、ようやっと火の神は頷いた。


「とりあえず、やってみるぞ」

「うわ、ありがとう!」


 対価はなにをあげようかなあと考えていたら、「こーじかー」とひらひらと袖を振る姿が目に入った。

 あれ、氷室姐さんが珍しく氷室から出てきた。兄ちゃんは「あれ」と振り返る。


「姐さん、今日は別になんも頼んじゃいねえと思ってたけど」

「うん、そうだけどさあ。この間食べたあれ、美味しかったから。また御先様に酒造ったんだったら、出てないかなあと思ってさ」

「まあ、そりゃありますけど」


 話が見えない。あたしが一瞬ふたりのほうに視線を移していたのがいけなかった。

 プスプス……と焦げ臭い匂いがしはじめたのだ。ん、これって、まさか。


「ひ、火の神……?」

「あー、悪い。火力調整したんだけど、おれの入ってる穴が浅かったみたいだ」

「あたしの蒲団…………!!」


 あたしは「ひい……!」と叫びながら蒲団に砂をかけてどうにか火を消すものの、蒲団はどろどろ。おまけに焦げてる。

 それにあたしは頭を抱えた。

 今晩どこで寝ればいいの……!

 氷室姐さんに言われてどこかに行って戻って来た兄ちゃんは、あたしと蒲団を見て「はあ、おまなにやってんの!?」と叫んだ。


「あたしの蒲団焦げた! 今晩どうしよう! 兄ちゃんの蒲団余ってる!?」

「んなもん余ってる訳ねえだろ!? これどうすんだよ!」

「あぁん、もう。本当どうしよう!!」


 あたしたちがギャーギャー叫んでいるのを見て、氷室姐さんはキョトンとする。火の神に近過ぎるとまずいのか、一定距離を保っている。


「あれまあ……蒲団なんて燃やして……」

「今すっごく困ってるんですよ!」

「ふとん太鼓を奉納してるところにでも行けばいいんじゃないかい? でもまあ……御先様がそんな神様と縁があるとは思えないけどねえ」


 ふとんだいこってなんだろう……。とりあえず烏丸さん捕まえてきて、事情説明しないとあたしの今晩寝るところがない。

 氷室姐さんに「後でまたなんか持ってきます!」とお礼を言ってから、烏丸さんを探しに行くことにした。

 そう言えば。氷室姐さんは兄ちゃんになにをねだりに行ったんだろうなあ。相変わらず酔うほどもお酒を飲まないあたしは、兄ちゃんや氷室姐さんほどお酒の味の濃いもののことがわからなかった。


****


 日本酒は今のご時世、なかなか売れない。

 もちろん努力はしているものの。日本酒はアルコール度数がきついから、そんなにたくさん飲めない。おまけに単価は高い。それのせいで年々日本酒のシェアはビールに奪われっぱなしだし、大手の日本酒会社だって年々蔵の数を減らしていってしのいでいる。

 俺が実家を継ぐ継がないで揉めたのだって、うちの実家を継いでも未来があるとは到底思えなかったからだ。うちの場合は商店街に飲食店が多いから、地元の付き合いで仕入れがあるし、飲み会があるからどうにかギリギリでしのいでいるものの、肝心の商店街のほうは風前の灯火状態で、商店街が潰れたらうちも共倒れだっていうくらいだ。

 これでどうして実家を継ぎたいって思える?

 中学まではそこまで考えちゃいなかったが、高校に入れば、だんだん就職だったり進学だったりの話をするようになる。俺はだんだんその話をするのが面倒臭くなり、ずるずると流されるようにしてバイクで走るようになっていた。

 バイクで風を感じている。そのときだけはうちのこともなにも考えなくて済んだ。……家の周りに着いたら、商店街の誰かが必ず見ていて、それがすぐうちにチクられるんだから、家に帰るのもままならなくなっていったけどな。

 そうこうしている間に、やんちゃをしている暇がなくなった。高校を卒業したので、そろそろ実家を継ぐなり就職をするなりしないといけない。

 結果。惰性で実家を継ぐことになった。親父やお袋が泣いて喜んではいたが、改心したとか、酒造りに目覚めた、そういうのじゃないんだよなあ……。

 単純に、よそで肉体労働をするのと、うちで肉体労働するの、どっちがいいのか考えたら、うちのほうがましだったっていうだけだ。

 酒造りをする際は、いつだって神社にお参りをしてからスタートする。それが神事だって意識はなかったけれど、そういうもんなんだと思いながら酒をつくりはじめた。

 そのときつくった酒の一部は神社に奉納される。酒をつくって完成するまでには時間がかかる。その年の冬につくりはじめたものは、だいたいは秋になってようやく完成する。

 はじめてできた酒を奉納できるということで浮かれていたんだと思う。神社に酒を奉納を済ませて帰る際、ちらりと朱い鳥居に目を留めてしまう程度には。

 迷信深い年寄りは「近付くな」と言っていた神社だ。でもこんな近くにある神社なのに、俺のつくった酒を奉納できないのはもったいないと思ったんだ。

 トラックを端に寄せ、神社の鳥居をくぐる。さっきの神社の宮司さんから習ったとおりの作法で酒瓶を立てかけて手を合わせたとき。


「……珍しいな、まさか酒の奉納が来るなんて。本当に久々だ」


 ……あの人の声を聞いたのは。

 俺が酒を供えた場所。拝殿の近くで腕を組んで立っていたのだ。いったいどこから出てきたんだ。ここ、宮司さんなんていなかったはずなのに。

 その人の格好は宮司の格好からは程遠い修験者の格好で怪しいし、天狗のお面を付けているのは胡散臭い。ただでさえ「ここの神社に入ったら最後、神隠しされる」なんてオカルトな話が出回っているのに、いくらなんでもたちが悪すぎる冗談だろ。俺は思わず「ひぃ……!」と声を上げていたが、存外その人は気さくで、普通に俺の供えた酒を手にすると、その蓋をぴんっと開けてしまったんだ。


「ああ、なにやってんだテメッ!?」


 俺の抗議の声をまるっと無視して、どこから出したのか、徳利に酒を注いで、そこから面をずらして飲みつつ、濡れた唇を拭いた。拭いた指も舐めつつ、口の中で転がすようにして飲んでいる。


「……ふうむ。美味いな。久々だっていうのを差し引いても」

「……っ!」


 はじめてつくった酒だし、感想をもらったのははじめてだ。俺は思わずまじまじとその人を見る。

 ……なんなんだ、この不審人物は。

 俺がまじまじその人を見ていたら、面をひょいとずらしてこちらを見てきた。

 ……はっきり言って、俳優みたいな顔をしていた。イケメンは爆発しろ。俺はそう思いながら、ここから離れたほうがいいと、思わず後ずさりをしていたが……。その人のほうがひと足早く動いていた。


「うん、久々に蔵が動いたら、御先様も喜ぶだろ」

「だから、さっきからあんた好き勝手なことばっかり……!」

「すまんなあ、俺としてみれば料理番を待っていたんだが……今はいないみたいで。せめて繋ぎは欲しい」

「はあ!?」


 言っている意味がさっぱりわからないなか、襟首を掴まれていた。

 絞まる絞まる首が絞まる……!


 ──これが現世での最後の記憶なんて、しまらないにも程があるだろ。

「神様のごちそう」の書籍版の詳細は、活動報告のほうに載せておりますので、興味のあるかたはそちらのほうを確認くださいませ。

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