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神様のごちそう  作者: 石田空
神隠し編
6/79

海神様に奉納

 かつお節は確か、江戸時代までは使われてなかったような気がする。江戸時代に醤油やかつお節が発明されるまでは、調味料は専ら塩だったし、蕎麦だって塩かけて食べてたとは蕎麦の本に書いてたような気がする。でも。日本食って言うのは出汁が命。本当だったらパンチの利いたかつお節が欲しいけど、それはいくら料理ができるからと言ってもあたしが作るのは無理。せめて昆布。せめて昆布があったらバリエーションできるんだけどなあ……。

 そうあたしの鞄の中身を見ながら、そっと溜息をつく。今はあたし一人でぴゅーぴゅーとやけに風通しのいい部屋に一人でいる。ひょっこり戻ってきた烏丸さんが案内してくれた部屋は、御先様の住んでる場所……あれは本殿って呼べばいいの? 分かんないけど……とは離れているぼろっぼろの茅葺屋根の家で、柱も梁も丸裸で、絵本でおじいさんとおばあさんが住んでそうな家って言うイメージの場所だった。一応囲炉裏はあるし、鍋なんかもあるから使用人はそこで生活できるみたいだけど……。せめて寝間着があったらリラックスできるんだけど、そもそもここだったら水汲むのも井戸で水を汲まないと駄目だから料理以外の水はもったいない。火だったら火の神に頼めば出してくれるとは思うけどね。

 布団はぺったんこだけど、これお日様の力を借りてもふかふかになるもんかなあ。あたしは横になりながらぼんやりと考える。思えば、烏丸さんにさらわれてからはいきなりあるもん全部使っていいからご飯作れって流れだったような気がする。そうしないと御先様が怒るからって言うのが第一だったけれど。どうせご飯を作るんだったら、ちゃんとしたものを作りたいなあ。ちゃんとしたものを作って喜んでほしい。

 今日のご飯は、味は悪くはなかったと思う。でも、御先様はきっともっと綺麗なご飯が食べたかったんじゃないかなあ。兄ちゃんのお酒がなかったらどうなってたのか、正直想像したくない。

 色々考えていたら、思っている以上に疲れていたらしく、とろりとろりと睡魔が歩いてやってきた。耳が拾う風の音をBGMに、そのまま私は眠りに誘われてしまった。


****


 それは突然だった。


「おい、おい、りん。起きろ」


 身体が揺すぶられる。身体はまだ重い。やっぱり知らない場所で料理を作ったせいで、思ってるより心労が来てるなあ。そう思っていた矢先。揺すぶりはますますひどくなる。……うるさいな、まだ日も出てないっつうのに。ん、日も出てない?


「あっ、昆布もらいに行くんだった……! いだい!?」


 途端にゴッチーンッなんてひどい音を立てて、目の端から星が飛び散る錯覚が見えた。って。あたしが頭を抑えている向こうで頭を抑えているのは兄ちゃんだった。……って、兄ちゃん、あたしが寝てるのにひどいな!? 夜這いじゃん夜這いじゃんと言いたい所だけど、今はそんな時間ではない。


「うわあ……おはよう、兄ちゃん。今何時?」

「知らん。だけど飯作るんだったら早く行くぞ。御先様が起きる前に準備ができてないと怒るし、冷めたもの出しても怒るからな」

「わがままだね、御先様は!?」

「仕方ないだろ、わがままでも神様だし。俺らが帰れるかだって、あの人の匙加減なんだしな」

「……まあ、そうなんだろうけどね」


 とりあえず起きると外に顔を洗いに出る。まだ外は真っ暗だし、神域は山の気候なのか、外に出ればぶるぶると寒さで震えが止まらなくなる。井戸の水を汲んで洗うけど、石鹸がないのが正直きつい。お米洗った時に出る研ぎ水、次から取っておいて使おうかなあ。そう思いながら顔を洗う。汲み立ての井戸水の冷たさに身震いしつつ、さっぱりした所で、最初に厨に入って、お米の用意だけは済ませておく。竈では火の神が丸くなって眠っていた。……付喪神って、自分が生まれた場所で眠るものなのかしらん。よく分かんないや。


「……ん、りんー。もうご飯かあ?」

「おはよう。起こしちゃったね。でもまだご飯の時間じゃないよ? あっ、これから出掛けるんだけど、灯り用に火をくれないかな?」

「むに……じゃありんは何をくれるんだ?」

「うーんと……じゃあ先にこれあげるね」


 考えた末、昨日の料理にも使った岩魚の干物を一匹あげた。すると火の神は機嫌よさそうにそれをもしゃもしゃ食べ始め、灯りに火を入れてくれた。

 さてmようやくあたしは兄ちゃんと一緒に出掛ける事となった。空はまだ真っ暗、星が瞬いている中、火の神に灯りを入れてもらった提灯を持って歩く。

 兄ちゃんの歩みはあたしとは違って随分と慣れた感じだ。神隠しの先輩はすごいな、と素直に関心しつつ、霧の出ている道を下って行く。


「ねえ、どこまで行くの?」

「そりゃ昆布をもらいに行くんだから、海だろ」

「海……!」


 兄ちゃんは酒樽を抱えていた。御先様大好評のお酒がたっぷりと入っている。前の料理番さんも、こうして必要なものを取りに行ってたのかしらん……。そう思いながら歩いていると、兄ちゃんはしみじみとした口調で語り出す。


「いやあ、前のおじさんも苦労してたけど、りんも苦労してるよなあ」

「なあに兄ちゃん。前のおじさんってあたしより前の料理番の人?」

「商店街の食堂のおじさん。もうすぐ孫生まれるって言ったら、烏丸さん慌てて帰したけどな」

「って、そんな理由かあ……!」

「あの人だけは、対価支払わなくっても俺達の要望、叶えられる範囲でだったら聞いてくれるからなあ。付喪神や神様の場合だったら、何か差し出さないと駄目だけどな。俺はほとんど酒を金替わりに使わせてもらってるけど」

「ふうん……、でもさ。おじさんはどうやってたの? 蔵には干物はあったけど、魚は全部川魚だったし、やっぱり海の魚が欲しいな。本当だったらかつお節だって欲しいけど、あれは加工は素人じゃ全然できないし」

「それこそ俺をこき使って、西に酒持って行っては肉をもらって、東に酒持って行っては海に行きって……って、そろそろだな」


 うーん……やっぱりおじさんも苦労したんだな。それでもおじさんには感謝してるよ。川魚の干物とか、床下の貯蔵はどう考えてもおじさんやその前の人達が必死になって知恵絞って集めたものだろうし。何もない所からスタートだったら、それこそ川に魚獲りに行ったりからスタートだったりしたら、そりゃ材料は新鮮かもしれないけど、時間がかかり過ぎて御先様の怒りを買いかねないし。それはすごーく困る。

 なあんて思っている矢先。鼻がつんとする生臭いにおいを拾った。最初はそれが生臭いってだけだったけど、寄せては返す波の音や喉を鳴らす海鳥の鳴き声で、それは海だって分かった。ぽつんぽつんと海の上に何かが浮いているのが見える。それは漁火のように幻想的な火の玉だった。それを怖いと思わないのは、多分うちにいる火の神の親戚か何かだと判断したせいだと思う。


「……神域って、マジで何でもありね。御先様の住んでるとこなんて山の中なのに、ちょっと歩いたらすぐ海って!」

「俺もさっぱり理屈が分かんないわ。何でも烏丸さん曰く、神社で祀ってる神様の属性がぶつかり合ってるとそんな不条理な事になるんだってさ。御先様の祀られてる八咫烏神社の近所に海の神様祀ってる神社があるんだと。そんなんあったっけなあ」

「えっ、あったっけ。そんな所」


 うん。地元民も忘れてるような神様だったら、そりゃ御先様だって力失くすし、他の神様もちゃんと管理されてなかったら御先様みたいにすねて神隠しとか起こしてるのかもしれないな。

 たゆたう波の泡を眺めている所で、海の見える場所に御先様が住んでいる本殿よりも明らかに豪奢な建物が見えてきた。あれでも御先様の元に住んでる付喪神が世話してるし、あたしの知ってる神社よりはよっぽど綺麗なんだけどな。これが地元でちゃんと管理されてるかされてないかの差だったら、ちょっと寂しい。


「ごめん下さーい、酒の奉納に上がりました」


 と、兄ちゃんが白い建物に向かって大声で叫ぶ。って、そんな宅配サービスみたいなノリでいいのか!? あたしがぎょっとしているのをよそに、奥からひらりと風が吹いてくる。


「おお、御先殿の杜氏か。待っておったぞ。早う入れ」


 返ってきたのは、女性の声だった。どうも海の神様は女性らしい。でもうちの近所の海にまつわる神様って誰だろう。まあ、御先様と同じく、名前は伏せられてるんだろうから、海神様って事でいいのかなあ?

 あたしは兄ちゃんについて門を潜って建物に入っていく。ここはあんまり付喪神がいないのに、あたしは思わず「あれ」と目を瞬かせる。


「兄ちゃん、御先様のとこには付喪神がたくさんいたけど、海神様のとこにはあんまりいないね」


 門番らしい甲冑をつけた海鳥はいても、御先様みたいにあれこれ世話を焼いている付喪神は見当たらない。それに兄ちゃんは「あー……」と唸った。


「烏丸さん曰く、御先様は自分で何もできないからだって」

「ええ……?」


 わがまま? 子供? 一瞬はそう思ったけれど、兄ちゃんの反応はそんな感じじゃない。兄ちゃんは歩きながら淡々と言う。


「御先様、付喪神に住まいを提供する対価として働いてもらってるんだと。付喪神は社がなくっても勝手に生きていけるが、社持ってる神様だとそうはいかないんだってさ」

「うーわー……」


 一人で何でもできないって言うのは、そりゃ卑屈になるのかもしれない。あれだけ綺麗でぞっとする人なのに、それが何だか随分可哀想に思えてしまったのは、あたしが人間だからなんだろうか。

 そう思いつつ長い長い廊下を抜けた先。

 柔らかい音が聞こえる。寄せては返す波の音。海の色はびっくりするほど透明で、ここの神様の社は管理が行き届いてるんだなと思ってしまう。その先でのんびりと海を眺めている女性の髪は、わかめのように緩やかな艶を帯びた黒。長い白い着物を着て、肌は鱗のようなものが見え隠れする。こちらに振り返ると、にっこりと笑った。


「おお、御先殿の杜氏に……料理番だな。ようこそ」

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