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神様のごちそう  作者: 石田空
祭り囃子編
57/79

祭囃子が聞こえる・三

 桜の蕾がぽつぽつと現れ始めた。

 寒くて仕方がなかった冬も、スーパーの店先でぽつぽつと菜の花を見るようになってからは空気が緩み、沈丁花、木蓮と続いて桜が咲くのを待つばかりとなった。

 あたしが神隠しに遭ってから、もうちょっとで一年になる。あの頃は他所だともう桜が終わってもなお花を残した桜の花びらがはらはらと散っていた頃だったもの。

 商店街でお祭りをするよと動き始めたのはいいものの、肝心のお祭り開始まで難航していた。放置されてしまっていて結構な年月が経っていたせいなのか、罰当たりな泥棒がいたせいなのか。神社にあるはずのご神体がなくなってしまっていたのだ。


「ご神体がなかったら、神社としてどうなの?」


 一応烏丸さんに聞いてみたけれど、本人はのんびりとしている。


「信仰対象は御先様であって、ご神体の方じゃないからなあ」

「そんなアバウトな……」

「でも現世だとこんなことわざがあるんだろう? イワシの頭も信心からって」


 ……納得したような、できないような。烏丸さんはあたしの様子にカラカラと笑った。


「まあ、細かい事は気にするな。どちらかというと、人が神社に行き来するようになることの方が、よっぽど御先様には嬉しいだろうしな」

「え……」

「……庵の書いた童話のおかげで、御先様の姿は固まった。神社を見物にくる人間たちのおかげで、地元の人間も見過ごすことはできなくなった。幸か不幸か地域再生って大義名分もできたしな」

「まあ、そうですよねえ……じゃなかったら、お祭りなんてできないし」

「だから、どうにかなるだろうさ」

「……そうですね」


 氏子の人達も、ご神体がどんなものだったのかは知らないというおかしなことになっているのも、ここで祀っている神様の身内が言っているんだからなんとかなるんだろう。……神様のものだからむやみに調べたらいけないと思って、誰も知らなかったらしい。

 とりあえず他の神社からお祓いの道具一式をもらいうけて、それをご神体の代わりにすることにしたらしいけれど。まあ、なんとかなるのかなあ。

 むしろ氏子さんが神輿一式を残していたことの方に驚いた。商店街の人達が持ち寄った昔ながらの神輿に、神輿を担いで回るルート作り、屋台を出す場所の整備……お祭りの準備は着々と進んでいったのが、本当に見ていても驚いた。

 あたしは桜の枝を眺めながら、「ふう……」と息を吐く。それに烏丸さんは腕を組みながら見下ろす。


「ん、どうした?」

「いやね、あたし。本当になんにもしてないなと。御先様のために最初に動いてくれたのは庵さんでしたし、お祭りし始めたのは商店街の人達。御先様に「お祭り開いてくる」って豪語したのに、これじゃあなと思ってたところです」

「ああ、そういうことか」


 途端に烏丸さんはあたしの頭に手を伸ばすと、わしわしと撫でた。


「子供じゃないんですけどぉー」

「なに、俺たちから見たら、そんなに大差ないさ。庵もそうだが、りんも。「なんとかしたい」って思って動かなかったら、どうにもならなかっただろうさ。この神社もずいぶんと放置されていたしな」

「そりゃそうかもしれませんけど、それって結果であって、その過程はぐだぐだで……」

「俺から見たら、お前さんが声を聞いてない、姿も見えない。その相手に本当に毎日のように食事を持って行ったことは、誰かに声をかけて大きな事をするのと同じ位すごい事だと思ったがなあ」

「……あ。でも、あたしは普通に御先様の事、知ってますし」

「まあな。約束をしても、それを守りとおせなかった者たちだっていた訳だし、な」


 そうしみじみと言われてしまって、気が付いた。

 一日が忙し過ぎたら、約束を煩わしく思う人だっていたのかもしれない。会っていない人なんだもの。御先様の姿が見えなくなったら、途端にその約束をなかった事にしてしまった人だっていたのかもしれない。

 そこでぷちんと糸が切れてしまって、罰が当たってしまった人だって、烏丸さんの言い方だったらきっといたんだろうな。

 あたしはようやく立ち上がって、辺りを見回した。

 普段烏丸さんが定期的に面倒を見ていて、雑草が生えすぎたり梢が伸び過ぎたりする事はなくっても殺風景だった場所も、今は違う。

 お祭り用の提灯があちこちに吊るされて、風で揺れている。その様はいかにもお祭りだ。商店街の方を見渡せば、提灯だけじゃない。あちこちに桜の造花が飾られているのだ。桜祭り、だからだ。


「……あたしは、馬鹿ですから。料理の事は人よりちょっとは知っていると思いますけど、まだ全然技術もありませんし、先人に追いついているとは思えません」

「発展途上って奴だな」

「……格好いい言い方したらそうなるんですけど。でも、神様方にご飯を作ったり、獄卒さんたちに混ざってご飯を作らせてもらったり、自分はまだまだなんだって知ってから、ずっと思ってたんです」

「ほう?」

「……御先様、無茶苦茶怒りそうなんですけどね。あたし、やっぱり──……」


 お父さんに進路の事を聞かれてから、ずっと悩んでいた。

 あたしがやりたい事って一体なんだろうって。

 烏丸さんと話をしていて、あたしはようやく思い出した。自分がどうしてこんなに料理に対して執着しているのか。自分の原点がどこなのか。

 そう考えて、何度もずっと悩んだら、簡単にぽんと答えが飛び出てきてしまったのだ。

 烏丸さんはあたしの言葉に目を一瞬丸く見開いた後、ふっと細めた。


「……ああ、そりゃ怒りそうだ」

「そうです。御先様の事だから、絶対に怒りますよ。でも、もう決めたんです。だから御先様に会ったら約束してしまうんです」

「まあ……それは祭りが終わってからだなあ。明日からだろう」

「はい」


 そうふたりでしゃべっている時、神社の拝殿の方に人がやって来たので、あたしは慌てて立ち上がった。烏丸さんは普通にばさりと羽ばたいて、屋根の方に移動してしまった。


「なんか騒がしいね。人多い」

「今度お祭りするって張り紙あったよ」

「お祭りするんだあ……屋台並ぶ?」

「そうなんじゃないの」


 カランカランと鈴を鳴らす音に、こそばゆい思いをしながら、あたしは立ち去る事にした。明日はお祭り。人が集まるといいなあ。そう思いながら、家に帰る事にした。

 桜の蕾はまだ、薄紅色を見せてもまだ綻んではいない。


****


 普段だったら全然そんな事はないんだけど、今日に限って寝坊してしまった。あたしが目が覚めた時、窓の外からキャラキャラ笑う子供達の声が聞こえた。思わずガバッと起き上がって、窓に貼りつく。


「……うわあ」


 自然と声が漏れた。

 屋台がぽつぽつと店開きを始め、それに合わせて商店街の店も営業を始めている。そして、屋台目当てで商店街の外の人達が集まってきていたのだ。屋台は神社の方角まで真っ直ぐに伸びている。その屋台の並びに合わせて、ゆるゆると人波が進んでいるのがわかる。

 あたしは慌てて服を着替えると、そのままドタドタと階段を降りて行った。


「お父さん、お母さん、おはよう!」

「おはようー、梨花今日はやすみだからって寝過ぎよ。今日は一時間早く店を開けるから、それ以外の家事お願いって言ったでしょう?」

「ああ、ごめーん!」


 お祭りをするにあたって、商店街の実行委員会の人達が集まる。早めに食べる人達の出前のために、一時間早めに店を開けてって商店街から頼まれたんだ。お父さんとお母さんは出前の方にかかりっきりになるから、他の家事はあたしがしないといけないという訳。

 屋台で全部食事済ませる人達だっているけど、商店街の規模の関係上、座って食べるスペースはないから、座って食べられるうちの食堂にも人が流れ込んでくるという寸法である。意外とこすいな、うちも。

 朝ご飯は昨日の残り物で終えたあたしは、洗濯や掃除を済ませると、「ちょっと外出るねー!」と、お父さんとお母さんに声をかけてから、商店街へと出て行った。

 並んでいる屋台は、春先でまだ花冷えする頃だ。たこ焼きやお好み焼き、焼きそばの店の間に、甘酒やらお汁粉やらを売っている店が出ている。一部の屋台は業者さんのものだけれど、一部の屋台は商店街の人が出している店だ。

 あたしは甘酒の店に近付いてみる。店を出していたのは古巣のおじちゃんだ。


「おじちゃん、こんにちはー。甘酒くーださい」

「ああ、ちわ。梨花ちゃんも神社にかい?」

「はい、これから顔を出そうかと思ってますけど。あの……」


 あたしはちらっと甘酒の分のお金を支払いつつおじちゃんを見る。兄ちゃんは普通に神域で杜氏の仕事をしているけれど、そんなことは当然おじちゃんが知る訳がない。神隠しされた中で、蕎麦屋のおじちゃんやあたしみたいに帰ってきている人だっているけれど、兄ちゃんは帰ってきてないし……。あたしはちらっとおじちゃんを見ていると、おじちゃんはふっと笑いながら甘酒の入った紙コップを差し出してくれた。


「雲雀のことか?」

「あ、はい。兄ちゃん、まだ帰ってきてないのに」

「この間、うちの前に酒瓶が置いてあったんだよ。うちのじゃなかった」

「……あ」


 あたしが兄ちゃんに託されたお酒だ。あれは御先様も何度も褒めていたお酒だったはずだ。おじちゃんは笑いながら首を掻く。


「なんでだろうなあ。あの酒を舐めてみたが、うちの奴と同じ味がしてなあ……あいつもどこかで酒つくってるような気がしてなあ……」


 それにしみじみとした顔をしているのに、あたしはほっとした。

 今時日本酒なんてってことで、家を継ぐ継がないで相当揉めて、似合わない暴走族やって、さんざんおじちゃんを困らせていた兄ちゃんだったけれど、今は元気に神域でお酒を作ってる。兄ちゃんは普通に今も修業中のつもりだし、それがおじちゃんに伝わったんだったらよかったんじゃないかな。

 あたしはそれに、一言言う。


「多分、兄ちゃんはきっと元気でお酒作ってますよ」

「そうかい、そうだろうな」


 おじちゃんはふっと笑うのに、あたしは手を振りながら、ちろりと甘酒を舐めた。桜祭りだからだろう。ほんのりとピンク色の甘酒には、桜の塩漬けが入っていて、それがほんのり優しい匂いを移してくれた。

 そのまま屋台を眺めつつ、甘酒を舐めながら神社に向かったところで、あたしは見慣れた鳥居の前で、足を止める。


「うわあ……」


 昨日はまだ硬い蕾のままだったと思ったのに。桜が咲いている。その下では、桜の写真を撮っている人たちや、参拝している人たち、お祭りの実行委員会の人たちが揃っている。

 いっつもガラガラだった神社に、こんなに人が入っているのははじめて見た。まるでその桜は、人がたくさん来たことを喜んでいるようだった。思わずあたしは、あの皮肉めいた表情を浮かべている全身まっ白なあの人が頭に浮かぶ。

 今まで神社の桜が、不吉の象徴だった。でも、今日は違うんだ。

 あたしは迷わず神社の参拝列に並んで、鈴をガランガランと鳴らす。ふっと屋根を見たら、集まっている人たちを満足げに眺めている烏丸さんの姿があった。あたしはそっと手を振ってから、手を合わせた。


「御先様、桜が咲きましたよ」


 小さな声は、神域にいる御先様に聞こえれば、それでいい。

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