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神様のごちそう  作者: 石田空
祭り囃子編
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神様との約束・二

 あれから数日が経った。毎日御先様にお供えをして、烏丸さんにご飯を出して、専門学校で勉強しつつ、庵さんとした約束の日を迎える。

 神社の前にいたらご近所さんに声をかけられるし、商店街での情報はすごいスピードで伝わってしまう。だから商店街から三駅ほど離れたショッピングモールで、あたしは庵さんと待ち合わせをしていた。

 普段見ている商店街の事を思えば、新規の商店街は随分と人が多くて、いいなあとついつい思ってしまう。ご近所さんは来ているんだけどね。それでも人間、皆新しいものが好きなんだ。

 手には【祭囃子とヤタガラス】の童話を持っている。さすがに延長して借りるのもどうかと思って、ネット通販で買ったら、結構いい値段がした。本ってホントに高いよね。

 約束の時間まであと五分なんだけれど、会う時の目印にしようって、【祭囃子とヤタガラス】を持っているけれど、なかなかそれっぽい人を見かけない。庵さんどこだろうなあ。そう思いながらあたしはきょろきょろとしていると「あの……」と背後から声をかけられて、思わず振り返った。

 年はあたしより上みたい。小柄でメガネ。そして蝶柄の小袖を着て頭に丸かんざしを突き刺している姿に、思わず面食らう。ここは神域じゃなくって現世だったよな……。そう思ったものの、おずおずとした感じで手にしているのは【祭囃子とヤタガラス】で、どう見ても角が丸まって読み込まれた跡がついてしまっているのが分かる。


「……結城庵さんで、大丈夫ですか?」

「夏目梨花さんですよね?」

「あ、はい!」


 あたしがこっくんと頷くと、庵さんはたおやかに笑ってみせてくれた。


「よかった、お会いできて」

「あ、あたしもです! いきなりメールしたのに、会う手筈整えて下さり、ありがとうございますっ!」


 ぺこんっと90度のお辞儀をすると、途端に庵さんは笑い出してしまった。


「こんなところで立ち話も難ですし、向こうでお茶をしませんか?」

「あ、はい……!」


 庵さんはおっとりとした様子で、和鞄を携えてしずしずと歩いていた。見るからに雰囲気がいいし、確かに小袖を着て出歩くのは珍しいかもしれないけれど、全くいない訳じゃないだろうし。

 何よりも、彼女もまた御先様をどうにかしたい人だって言うのに。どうして御先様は怒って彼女を追い出してしまったんだろう……? 御先様だってお腹空いてるはずなのに、ご飯係を追い出してしまうなんて、変な話だ。

 この辺りは聞けば答えてもらえるのかなあ。あたしは庵さんについていきながら、しきりに首を傾げていた。

 ショッピングモールの飲食店コーナーは、三時のおやつ時だったら人が押し寄せてえらいこっちゃになっているけれど、平日だったらまだそれなりに余裕がある。庵さんと一緒に入った和喫茶もまた、それなりに人が入っているけれど、ぱらぱらと席には余裕が見られた。


「すみません、白玉汁子セットをひとつ。あ、梨花さんはどれにしますか?」

「ええと……じゃあわらび餅セットで」

「かしこまりました」


 小奇麗な服とはいえども、あたしの格好はパーカーにスカートと完全にカジュアル。対峙する庵さんは小袖に丸かんざしと純和風。全然見た目が違うせいか、時々こちらに視線が集まるのを感じつつ、あたし達はお冷に手を伸ばした。


「そういえば、庵さんは今は何をしてるんですか?」

「私ですか? 給食センターで働いてるんです。だから、仕事は朝で終わりなんです」

「なるほど……あ、あたしは専門学生です。今日は授業休みなんで」

「そうですか……そう言えば、御先様の事はどこまでご存じですか? メールは一応読みましたが」


 言っている内に、白玉汁子に抹茶、わらび餅にほうじ茶が届いた。庵さんに「どうぞどうぞ」と言われつつ、あたしはそれに手を伸ばしながら、今までの事を振り返る。一応、烏丸さんから説明された事、出雲で女神様達から聞いた事、おじちゃんに教えてもらった話までだったら知っているけど。

 庵さんが真っ白な白玉にぱくついているのを見ながら、あたしは楊枝でわらび餅を突き刺しながら答えてみる。


「八咫烏神社の宮司さんが亡くなって、それと同時に神社総代さんに不幸があったって、商店街の人に聞きました。だいたい絵本に描かれていた事と一緒だったなと。それのせいで、神社が放置されて、烏丸さんが管理しないと神社がぼろぼろになったって。御先様があんまりにもお腹を空かせているから、このままだったら荒神になっちゃうからって、それでご飯を作る人が神隠しされるようになったって」

「すごい」

「え……?」


 庵さんの率直な感想に、思わず目をぱちくりとさせる。そんなすごい話なんて、した覚えがないんだけどな。あたしが誤魔化すようにして、わらび餅を頬張る。……うん、ぷるんぷるんした感触がたまらないなあ。

 あたしがはふはふとわらび餅を頬張っている間に、庵さんは言葉を続ける。


「私はそこまで神域にいる間に知る事はできませんでしたから」

「い、いや、あたしも、一部は商店街に住んでるおじちゃんに教えてもらった事で、全部が全部神域にいる間に知った訳では……」

「ううん、充分すごいです」


 あっさりと言われてしまった事に、あたしは気まずくなってもじもじとする。やっぱり大した事をした覚えなんてない。でもそう言えば。どうして庵さんは神隠しされたんだろう。あたしも、兄ちゃんも、おじちゃんも。皆商店街の人間だって言うのに。そもそも烏丸さん、あんまり鳥居の外に出られないって言ってたよね。だとしたら、まずは八咫烏神社に入らないといけないはずなのに。


「あ、そう言えば、庵さんは、どうして八咫烏神社に用があったんですか? そもそもそこに行かなかったら、神隠しなんて、されなかったですよね?」

「ああ、私? 私は、サイトを見てもらったから分かると思うけど、元々小説を書くのが好きだったから。元々は昔ながらの商店街は風情があっていいなと思って、駅を降りてあちこち回っていたんです」

「なるほど……?」


 昔ながらの商店街って、大きなショッピングモールや大型スーパーに圧されて、どんどん潰れていったりジリ貧になって寂れていったりしているから、町おこしもせずに残っているのって確かに貴重なのかもしれない。


「八咫烏神社に行ったのも、本当に偶然。神社の名前は分からないし、宮司さんもいないし、その割には綺麗だし、一体何なんだろうって興味が沸いてね。近所の人にも聞き込みをしたけど、いまいち分からないし、何なんだろうって思った時にね、あの人がいたのよ」

「あの人って……烏丸さんですよね」


 途端に。庵さんの頬が真っ赤になってしまった。って、ええ……? 思わず庵さんをまじまじと見てしまう。


「あ、あのう、あたし変な事なんて言いましたか?」

「ご、ごめんなさい。本当に懐かしいなと思って。懐かしいなあ……」


 あんまり噛みしめるように言うものだから、その手の話に鈍いあたしにだって、その正体は分かってしまった。ああ……庵さん。そう言えばメールに何度も何度も烏丸さんの事、書いていたような。そっか、そういう事かあ。


「烏丸さんは、元気ですよ。今はあたしと一緒に現世にいますけど」

「えっ!?」


 彼女が素っ頓狂な声を上げた途端、周りがぱっと怪訝な顔でこちらを見てきたので、誤魔化すように二人してお茶を飲んだ。


「そっか、そうだよね。烏丸さんは御先様に対して一生懸命だものね……うん、そっかあ」

「あの……烏丸さんは今はいませんけど、もしよかったら、会います?」

「ううん、それはできないです!」


 庵さんはきっぱりと断ってしまった。

 ……もしかしなくっても。御先様が怒ってしまった理由と、烏丸さんが困ってしまった理由、そして庵さんの烏丸さんに対する矢印も、全部繋がってるの?

 あたしは気を鎮めるために、またひとつパクンとわらび餅を放り込んだ。

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