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神様のごちそう  作者: 石田空
祭り囃子編
50/79

神様との約束・一

 烏丸さんはあたしの差し出した童話とあたしを見比べると、童話を手に取って、それをぱらぱらとめくった。そして「なるほどなあ」と言いながらうなり声を上げる。


「心当たり、あったんですか?」

「一応なあ。確かに彼女だったら、そんな事をしそうだと思い出してたよ」

「あ、あれ……? おじちゃんの前の人って、女の人だったんですか?」


 女のご飯係はあたし以外いなかったとかって言ってなかったっけ。あたしの覚え違いだったか? 頭にいっぱいハテナマークを飛ばしていたら、烏丸さんはあっけらかんと笑った。


「御先様が怒り心頭で、彼女をご飯係には認めなかったからなあ。御先様に会わないよう、次のご飯係を見つけてきて、彼女を返したから。それ以降はご飯係も男ばかりだったしなあ」

「あれ……おじちゃんの前の人……ではなく、何回か前の人って事で……あってます?」

「ああ、そう取ってくれると嬉しい」

「なるほど、そなんですね」


 烏丸さんをちらちら見たら、何とも言えない顔をしている。いつも飄々としているのが味な人だと思っていたから、困り果てたように目尻を下げて眉を寄せるのなんて、思いもしなかった。

 それにしても……御先様が怒り心頭で追い出した人がいるって、一体何をしたんだろう。この人に会っても大丈夫なのかどうか不安になってきたな。

 あたしは烏丸さんと一緒に家路に着きながら、どうしたもんかと返してもらった童話を鞄にしまい込んだ。


「あ、今日は御先様に何を出しましょう」

「あの人は季節ものが一品入っていたら、何を出しても喜ぶぞ」

「そうなんですか?」


 他愛ない話をしながら、今日のメニューを組み立てる。

 今日はかぼちゃの黄金飯に、茄子の田楽、カブの味噌汁。メインはさんまがあったと思うから、カブの葉っぱと一緒に梅煮にしてしまおう。


****


 かぼちゃをご飯に炊き込んで、その間にさんまと梅干しを日本酒で一緒に煮る。梅干しと日本酒は偉大だ。この二つを炊いただけで、充分に万能調味料になるし、さんまの臭みは消えて旨味だけが残るんだから。さんまに完全に火が通ってから、かぶの葉もさっと火を通してしまえば完成だ。味噌汁の中ではカブがとろりと入っている。荷崩れするギリギリのタイミングで火を止めれば、りっぱなカブの味噌汁だ。

 茄子に田楽味噌を塗ってあとはご飯が炊けたらその間に焼き付けてしまおうと段取りを済ませつつ、携帯でネットを覗き込む。

 あの自費出版の童話作家さんは他にも本を出していないか、その人と連絡は取れないか。そう思いながら検索をかけてみたら、その人のサイトが出てきた。


【結城庵】


 何だか料亭のような名前の人は、どうにもあの童話みたいな話を何作も自費出版で出しているような人で、時には一般的な出版社からも本を出しているみたいだった。ブログやSNSは見当たらなくて、唯一の連絡先はメールアドレスだけだった。

 どうしよう。烏丸さんは既におじちゃんより前にご飯係の仕事をしていた人ってあたりをつけてくれたけれど、いきなり「あなたは神隠しになった事がありますか?」なんてメールを出したら、あまりにも電波過ぎる。あたしだって本当に神隠しになったとは言っても、そんなメールになんて返信しない。

 烏丸さんがちょっと困っていて、御先様が怒った人。この人に連絡を取って大丈夫なのかなとは思わなくもないけれど。おじちゃんは本当に困ってしまうだろうし、宮司さんが事故で亡くなったせいで、神社総代が誰なのか分からなくなっている以上は、他の方法を考えた方がいいだろうし。

 あたしはちらちらとご飯の炊く加減を見つつ、メールを打ち始めた。


『はじめまして、旭商店街にあります夏目食堂の夏目梨花です。

【祭囃子とヤタガラス】を読みました。

 すごく懐かしい話だなと同時に、そんな話を知っているような気がしました。これのモデルの神社は、旭商店街の外れにあります八咫烏神社でしょうか?

 私の知っている神様は、毎日お腹を空かせています。時にはその人は雷を落としますし、拗ねて全然自分の部屋から出てきません。神在月の時は出雲に行きたくなくって周りに当たり散らしていました。それでも私はその神様の事をなんとかしたいと思います。

 意味が分かりましたら、連絡をください。メールアドレス:──】


 ……これ、大丈夫なんだろうか。あたしがこんなメールをもらったら、何だこの変に浮ついたメールはと呆れるし、神隠しになる前だったら絶対相手にしないぞ。

 烏丸さんが「そうだ」って言ってくれているから信じているけど、もしただの人違いだったらどうしよう。あたしはふるふると震えながら送信ボタンを押した。

 押したと同時に、炊飯器が完了アラームを放つ。あたしは慌てて茄子の田楽を焼き始めた。これ全部、御先様に持って行かないとなあ。そう思いながら、急いで台所を走り始めた。


****


 日がすっかりと傾いてきて、真っ赤な夕焼けの中、あたしはタッパを持って歩いていた。持っているのは供え終えた御先様のご飯……お下がりだ。既に外灯がぽつりぽつりと灯り始めた頃、あたしは自分のポケットからちかちか光が見える事にようやく気が付いた。

 携帯が着信ランプだ。専門学校で一応の顔見知りはできたものの、まだそんなに仲がいい子はいない。誰だろうと思って見てみたら、全然知らないメールアドレスが液晶画面に流れてきた。あたしはそれを怪訝に思いながら見る。

 スパムメールだったらさっさと消そう。そう思いながらメールを開けて、思わず目を見開いた。


【夏目梨花様


 初めまして、結城庵です。

 八咫烏神社の事をよくご存知ですね。御先様の事を知ってらっしゃるんですね】


 御先様。その言葉にあたしはドキリとする。

 神様と打ったのに、御先様とわざわざ直している以上、この人は本当に知っているんだ。思わずスクロールしながらメールを舐めるようにして読む。


【【祭囃子とヤタガラス】の話は、烏丸さんから聞いて書きました。

 戻ってきてから私も調べましたが、氏子さん達は未だに出てきませんし、神社の取り壊しや移設、別の大きな神社から派遣、という話も出てきてないようです。

 御先様は本当に、寂しかったんだろうなと思いますし、烏丸さんも何とかしたいっておっしゃっていましたから、信仰が集まればいいんだろうかと思いながら、これを出版しました。

 御先様をどうにかしたいって事は、何かあなたも考えてらっしゃるんですか? もしメールでできない話でしたら、私も直接商店街の方に出向きます。お会いできないでしょうか?】


 それを何度も何度も読み返しつつ、あたしは自分の授業の予定を思い出しながら予定をメールで送った。

 メールの返信はそうすぐには来ないだろうけれど。亀のような歩みでも進めた事にほっとしながら、あたしは家に帰る事にした。

 それにしても。どうしてこんな御先様の事を考えている人だっていうのに、御先様は怒って現世に追い返してしまったんだろう? ご飯を作れる人なのか分からないから、単純に御先様の口に作ったご飯が合わなかっただけ? 本当にそれだけ?

 そういえば烏丸さんが家に着いてからまたもどっかに行っちゃったんだけれど、あの人本当どこ行っちゃったんだろう。あたしは首を捻ったけれど、分からないものは分からない。

 烏丸さんに相談して決めてもよかったけれど、氏子の人達が怖がって出てこない以上は、他の方法を試してみるしかないしなあ。


 本当あたし、ご飯以外の事には疎いなと後悔するのは、もうちょっと先の話になる。

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