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神様のごちそう  作者: 石田空
祭り囃子編
47/79

宮司はどこに消えた・二

 既に外は日が暮れている。あたしは電柱に落ちる影を眺めながら烏丸さんを連れて家に帰ろうとして……「あ」と気付く。こんな修験者の格好をしている上に、カラスの羽を出している人と歩いてたら、たちまち商店街が大騒ぎだ。どうしよう……。あたしがちらちらと未だに鳥居をくぐっていない烏丸さんを見ると「ああ」と烏丸さんが手を打った。


「心配するな。お前さんみたいに皆が俺を見える訳じゃないからなあ」

「えー……烏丸さんって見えない……もんなんです?」


 天狗って見えないもんなのかな、そういう理屈はちっとも知らないぞ。日本の魑魅魍魎とか八百万の神様とかの事なんて、一緒にご飯作って食べていても全然知らないものだ。あたしが口の中で「むむむ」としていると、烏丸さんは困ったように目尻を下げた。


「お前さんは御先様の神域に足を運んでいるから見えるだろうが、本来なら俺の姿は人間には見えないもんさ。普通の人間には、だが」

「はあ……そういうもんなんです?」

「そうなってるな、一応は」


 そりゃ霊能力者やそれこそ神社の宮司さんや巫女さんだったら見れるかもだけど、そうなってるんだな。そういうことにしておいて、あたしは烏丸さんと一緒に家に帰る事にした。

 商店街でも、さすがに夕方になったら家に引っ込んでくれて、いちいち声をかけてくれる人も少なくなり、それにあたしはほっとしつつ、裏口から家に帰っていった。茶の間には、既にお父さんがあたしの作ったご飯を食べている。

 ちょうど店が混み出す前だから、今の内に食べておこうと思ったんだろう。


「お帰り。どこ行ってたんだ?」

「うーんと、ちょっと散歩。いきなり行方不明になってたから、皆に心配かけたし!」

「そうか」


 そう言いながら、あたしの作った筑前煮をもぐもぐと食べるお父さん。お父さんはあたしの煮たレンコンを食べながら、眉を寄せている。……あたし、食べられないものを作るような真似はした事がないぞと、思わずこちらも眉を寄せ返すと「なあ」と声をかけられる。


「何よ」

「お前、この筑前煮どこで覚えてきたんだ?」

「へえ?」


 ……確かに筑前煮は、あたしは材料ごとに鍋を分けて、それを一番最後に器に盛って作ったけれど、家庭料理ではそんな事はしない。うちは食堂やってるから鍋もボウルも一般家庭より多いけれど、普通の家庭にはそんなに鍋の数ないから、アクの強いもののアク抜きだけは別の鍋でやって、出汁で煮る際には一緒の鍋でやってしまうのが普通だ。それをしたら色の白い野菜なんかは出汁の色でくすんでしまう場合があるけど、その方が早い。

 あたしの場合は御先様や神様方に料理を作っていたせいで、見た目を考えていたら自然と別の鍋で煮る方法を採用していたもんなあ……。料亭だったらいざ知らず、食堂でもなかなかそんな手間暇かかった筑前煮は出さない。

 まさか神様のご飯係してたから、そんな手間かけていたなんて言えないし、どうやって誤魔化そう。思わず視線を泳がせつつ「おいしくなかった?」とだけ聞いてみる。


「いや」

「そっ、そっかあ……よかった」

「もったいないなと思っただけで」

「へあっ!?」


 お父さんが言い出した謎の言葉に、あたしは思わず目をしぱしぱとさせた。お父さんはしみじみとした顔で里芋を口に放り込みながら咀嚼する。


「うちの食堂を畳む時は畳むし、継ぐなら継ぐで構わんが、ひとまず先に他所の店で修業してきた方がいいなと思っただけだ」

「お、大げさな……だってあたし、学校にだって……」

「俺が調理師免許取った時だって、こんな筑前煮作れたとは思えんがなあ……知らない間に成長してるなと思っただけだ」

「へあ……」


 あたしは自分もちょん、と座って、筑前煮を温め直すと、そこから人参を一つ取って食べてみた。うん、ほくっとした食感だし、よく出汁が染みておいしい。皆においしいおいしいと言われながら作って食べていただけだったから、まさか本職の人に褒められるとは思ってもいなかったんだけれど。

 もりもりとご飯を注いで食べているのを、烏丸さんは苦笑して見守ってくれていた。……普段履いてる修験服の草履、気付いたら脱いで足袋で立ってる辺り、この人本当律儀な人だなと思いつつ。


****


 自室に戻ってから、高校時代からお世話になっているノートパソコンでネットに接続してみる。あたしがノートパソコンを眺めているのを、烏丸さんは不思議そうな顔で覗いている。……いろいろ詳しい烏丸さんも、さすがに技術革新については疎いらしい。


【宮司がいない神社】【祭り】【八咫烏神社】


 思い付く限りの言葉を打ち込んで、それを検索にかけてみるけれど、めぼしい情報は引っかかってくれない。仕方がないから、言葉をバラバラにして調べてみる事にした。

【宮司がいない神社】で引っかかったのは、神社の運営手段だった。


「烏丸さん、烏丸さん。これって知ってます?」


 烏丸さんにトントンとモニターを指差してみると、烏丸さんはまじまじとモニターの文面を読み始める。


「神社は宮司がいない場合は、大きな神社の場合は総本山が宮司を派遣して神社の面倒を見るが、それができないような小さな神社の場合は、氏子が面倒を見る……ああ、確かに祭りの面倒を見ていたのは、氏子だったなあ」

「その……氏子って何です?」

「そうか。神社に馴染みがないと氏子を知らないか」

「あたしが小さい頃には、既にあそこの神社、人がいなかったし、地元民も足が向かなかったんで……」


 あんなに近くに神社があっても、神社の事はほとんど知らずに育ったんだよなあ。あたしも、この商店街に住んでいる子達も。あたしが肩を竦めて言うのに、烏丸さんは「なるほどなあ」と腕を組みながら言う。


「元々、人間の信仰がないと、神は力を出せないっていう話を前にもした事があるな?」

「ええっと、あたしが神域に行く際に聞いた話でした……よね?」

「そうだ。本来、この土地を治める神は氏神やら土地神やらと言われ、信仰を集め、お供えを集め、それの等価交換でその土地を治めていた。その信仰を集めているのが、氏子だ」

「ええっと……つまりは神社の参拝客の人?」

「厳密には違うんだが、りんの場合はその理解でいいかなあ」


 烏丸さんはあたしの勉強机の椅子にもたれつつ、話を続けてくれる。


「神社一社につき、氏子の代表である神社総代がいて、宮司がいない場合はそれが神社の管理をしているはずなんだがなあ……」

「なるほど……じゃあ、その人を探すのと、宮司さんを探すの、並行すればいいのかな」

「そう上手くいくといいがなあ……」

「ええっと?」


 日頃から飄々としている烏丸さんが、珍しく弱気な事を言うのに、あたしは思わず首を傾げたが、一瞬感じた不穏な空気は、烏丸さんが笑顔であっさりと拭い去ってしまった。


「まあ、お前さんも明日はがっこうだろ。早く寝なくていいのか?」

「そりゃ寝ますけどー。あ、そう言えば烏丸さんの寝る場所どうしましょう」

「俺は屋根で寝るから問題ない」

「それっていいんですかー」


 ぎゃいぎゃいと言いながら、あたしは「そういえば」とぼんやりと思う。

 兄ちゃんも言ってたけど、烏丸さんって御先様やあたし達神隠しされた人間に対して、どっちに対しても礼儀を払ってるんだよなあ。中間管理職みたいな立場だ。

 氏子の話もそうだ。あれは現世の人間の話だったけれど、宮司の立場を御先様に置き換えたら、烏丸さんの立場って氏子の立場になるんだよな。烏天狗の烏丸さんがどうして御先様の神社の面倒を見ているんだろう。

 思えば、あたしを神隠ししたのはこの人なのに、あたしもこの人の事さっぱり知らないんだよなあと、今更ながら思い至った。

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