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神様のごちそう  作者: 石田空
祭り囃子編
44/79

課題は山積み

 ひとまず先に、兄ちゃんの実家の造り酒屋の裏口へとあたしは出て行く。

 お父さんとお母さんに見つかったら、どこに行ってたんだって無茶苦茶心配かけちゃうよなあ……。そう思いながらキョロキョロとしながら兄ちゃんの実家の方へと出る。

 商店街の端っこにある【古巣酒造】は、本当に昔ながらの作り酒屋で、地元密着型の酒蔵でお酒を作っては売っていると言う事で知られていた。

 古めかしい木の建物で、酒造りのシーズンになったらいっつもお米の甘いにおいが漂っているそこ。あたしは裏口の方にひょこっと顔を出すと、そこで働いている杜氏さん達がタオルで汗を拭っているのが見えた。発酵したお米を混ぜるのは重労働だもんなあ、お疲れ様ですと、自然と手を合わせたくなる。


「あれ、梨花ちゃん?」


 そう呼び留められて、あたしはギクッと肩を跳ねさせる。あたしの声をかけてきたのはおじちゃん……兄ちゃんのお父さんだった。


「どうしたんだ。本当。うちのバカ息子に続いて行方不明になったと聞いた時には大騒ぎになってたのに!」

「お、お久しぶり、です……」

「何でこんな所にいるんだ、そうだ、すぐに夏目さん家に連絡を……!」


 や、やっぱり商店街でも大騒ぎになってたぁ……。兄ちゃんに続いてあたしだったんだから、そりゃそうなっちゃうよね……。お蕎麦屋のおじちゃんは戻ってきた際どうなってたのかしらん。

 おじちゃんが慌てて店の方に行ってうちの家に電話しかねないから、あたしは慌てて声を張り上げた。


「お、お父さんとお母さんには、ちゃんとあたしから会いに行きますから! あ、お土産です、これよかったらどうぞ!!」


 兄ちゃんの作ったお酒を入れた瓶を無理矢理押し付けると、そのまんまあたしは逃げ出した。


「おい、梨花ちゃんこれ……!」

「あたしの事はお気遣いなくぅぅぅぅ!」


 おじちゃんがびっくりしているのに申し訳なく思いながら、あたしはいよいよ商店街へと足を踏み入れる。

 うう……。商店街って、よくも悪くも地元密着型なコミュニティーで、すぐに情報が回っちゃうんだよね。おじちゃんに会ったと言う事は、もう既にあたしが神隠しから戻ってきた事、知られちゃっているかもなあ……。

 パチンパチンと油の弾ける音。この匂いは、肉屋のおばちゃんがレンコンと肉のはさみ揚げを揚げているにおいだろう。あたしが歩いていると、「あらぁ、梨花ちゃん!?」と、案の定声をかけられた。

 今度は金物屋のおばちゃんだ。


「こんにちはー」

「あらあらあらあら、行方不明になってたって言うけど! 大丈夫? お父さんとお母さんものすごく心配してたわよぉ」


 あたしが包丁を買いに行ったり器具を買いに行ったりしていたから、おばちゃんは何かにつけてうちとは家ぐるみで付き合いがある。これは、絶対今日中にあたしが戻ってきた事が商店街中に伝わるなと、思わず顔を引きつらせながら、ひとまずあたしは笑い続けていた。


「もう、あそこの神社に行ったの?」

「ええっと、はい。そうです」

「危ないから行っちゃ駄目って言ってたでしょう? あそこで雲雀君行方不明になったけど、梨花ちゃんは雲雀君知らないの?」

「さ、さあ……」


 兄ちゃんは今頃神域で酒造ってるよ、元気だよとは。さすがにほら話と思われると思って言えなかった。おじちゃんには兄ちゃんの作った酒を渡せたからいいのかな。うん。

 あたしはどうにか金物屋のおばちゃんの手を押しのけて、「お父さんとお母さんに会いに行ってきますから!」と言って、走り出した。

 あたしは必死で走る。

 肉屋のおばちゃん。びっくりして目を丸くしている。

 豆腐屋のおじちゃん。ぽかんとしている。

 果物屋のさっちゃん。あらら、あたしがいない間に式挙げたみたい。指輪が光っている。

 商店街を半ばまで走ったところで、夏目食堂の前へと出た。

 商店街で働いている人達をターゲットにした、大衆食堂。最近は出前の数は減ったけれど、それでもありがたい事に客足が途切れる事がない、あたしの実家だ。

 あたしは戸に手をかけつつ、思わず身が竦む。

 お父さんは怒りそうだなあ、お母さんは泣きそうだなあ。それはすっごく困るんだけれど。あたしが戸を開けるのを躊躇っている間に。

 ガラッと戸が開いた。出てきたのはお母さんだ。


「梨花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「お母さん、ただいま……」

「あんた本当どこ行ってたの!? 一年と半年も行方不明だったのよ!?」

「ふ、ふぁい……」


 あたしは思わず顔を引きつらせていた。あたしの感覚だったら、三ヵ月位しか経ってないはずなのに、もうそんなに経ってたのと、そればかり。

 お母さんに抱き締められ、「ぐるしいぐるしい、ギブ、ギブ……!」と背中に腕を回してバンバンと叩いていると、厨房の方からお父さんも顔を出した。

 相変わらず年の割には真っ白な髪に、いかつい顔をしたお父さんだ。


「……ちゃんと警察行けよ。取り調べられるかもしれないが」

「お父さんただいま……って、何で!?」

「捜索願い出してるに決まってるでしょ!?」


 お母さんにワンワンと泣かれつつ、あたしは必死に「泣かないでー」と背中を撫でる事しかできなかった。


****


 警察で捜索願いの届けの取り消しに向かい、途中で警察官さんに簡単な話をした。取り調べってほど仰々しいものじゃなくって、本当に「ちゃんとご飯食べてたかい?」とか、「お母さんを泣かせちゃ駄目だよ」とか、そんな話だ。

 全部終わって家に帰ってから、あたしは自室に戻ってひとまずノートを広げてみる事にした。

 一応あたしは調理学校に途中からとは言えど通うって言うのが一点。調理師免許は欲しいから、これは必須だ。

 もう一つは神社の事……八咫烏神社の事を調べる事だ。使えるようになったから、ざっと携帯で検索をかけてみたけれど、ローカルが過ぎて地元の神社の事に関しては欲しい情報は手に入らなかった。だとしたら、蕎麦屋のおじちゃんに話を聞いた方がいいかな。


「……朝と夜、神社にお供え」


 やらないといけない事、調べないといけない事をガリガリと書き出してみる。


・最終目標:八咫烏神社でお祭り


・必要な事:協力者を募る、神社の事をもっと調べてみる


・疑問点:そもそも今の神社の管理者は誰、お祭りってどうやってするのか分からない、人が集まる方法、お年寄りの説得


・その間やる事:神社に朝と夜お供え、調理学校に通ってコネを作る、図書館通い


 書き出してみると、疑問もどんどん出て来るし、やらないといけない事も増えていくけれど。これを全部やらないとお祭りなんてできないもんなあ。

 あたしはノートを見てから、それを一旦閉じる。

 出雲大社と違って、うちの神社にそこまで人が集まるのか分からないよ。花神様も無茶言うなあと思わなくもないけれど。やらずに後悔するよりはずっといいや。

 そう思いながら、あたしは台所に出る事にした。お父さんとお母さんは夜まで店を切り盛りしているから、晩ご飯を作るのはあたしの仕事だ。

 冷蔵庫にあるものを見ながら、冷蔵庫もガス台も便利だなあと思わず見入ってしまう。氷室姐さんや火の神が頑張ってくれていても、文明の機器に慣れてしまっているあたしにはこっちの方が使いやすい。

 鶏肉に根野菜があるから、それで筑前煮を作ろう。あと半端な豚肉ともやしがあるな。これは出汁に突っ込んで味噌を溶けば豚汁になる。緑のものが欲しいから、キュウリと梅干しで浅漬けを作れば足りるかなあ……。

 釜で炊いたご飯に慣れた舌だと、いくら釜で炊いたようなご飯になるって謳っている炊飯器でも嘘だあってなってしまうけど、ガス台の数が足りないんだから仕方がない。

 最初にご飯のセットをしながら、あたしはおにぎりに筑前煮を入れようと心に決めた。

 今晩の御先様のご飯、こっそりとお供えに行かないと。そう思いながら。

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