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神様のごちそう  作者: 石田空
神隠し編
4/79

はじめちょろちょろなかぱっぱ

 火の神は火の粉を吹きながら笑うのに、あたしは途方に暮れた顔で烏丸さんを見た。烏丸さんはこくりと頷く。


「全部できあがったらまかないをやればいい。火の神はそれで火を起こしてくれる」

「ふうん。じゃあ、あんたにまかないをあげるね。でも今はあげられるものないけど、ご飯出来てからで大丈夫?」

「おうっ、大丈夫だ!」

「うん。じゃあちょっと待ってね」


 火の神が心底機嫌よさそうに火の粉を吹きながらひょいっと釜戸の下に潜り込んだのに、あたしは途方に暮れた顔で藁と薪を入れると、火の神はたちまちぽっぽと火を起こし始める。最初はパチンパチンと言う音だったけれど、あっと言う間に火は赤々と燃え始める。

 これで火は大丈夫かな……。さて、あたしも献立考えないとなあ。


「ねえ、烏丸さん。ここには砂糖と醤油ないんですけど、前任さんは一体どうやってたのか知ってますか? 流石にみりんと味噌だけだったらどこまでできるか分かりませんし」


 床下をもう一度丹念に調べると、干し椎茸は見つかったから、これで出汁は確保できた。本当は海の出汁と合わせ出汁にした方が美味しいんだけれど、ないものは仕方がないから、今をどうにかする方法考えないと。

 さっき見た訳の分からない庭にはみょうがは生えていたから摘ませてもらおう。干し魚は川魚で、岩魚と山女に鮎か。今日は岩魚を使ってシンプルに塩焼きにしよう。昆布や醤油があったら、炊き込みご飯にできたんだけれど、ないもんは仕方がない。

 あるもので必死に献立を組み立てていたら、烏丸さんはひょいと壺を一つ取り出してきた。


「前の料理番も苦労してたな。あいにく砂糖は作るのが面倒でうちには置いてないが、水飴だったらあるぞ」

「って、水飴っすか!?」


 ……まあ、砂糖は作る工程がすっごく面倒臭いけど。砂糖大根とか砂糖きびとかの汁を絞って漉さないとだけど。でも水飴だったらあるんだ……。うーん、でも今日の献立だったら使わないかもだから、次に考えよう。

 傍に立て掛けていた竹ざるを持つと、「すみません、庭に生えてるものって、好きに摘んでいいですか!?」と尋ねると、烏丸さんは「どれでも好きに」と言ってくれたので、急いで庭へと出た。

 私が飛んでいる(飛ばされてる?)時に見た無茶苦茶な季節感の花園と同じく、菜園まで見事に季節感がぐちゃぐちゃになっていた。山菜と畑の野菜がごちゃごちゃになっているんだ。どうしてつくしとふきのとうと一緒に大根が生えて茄子がなっているのか。どうして柿の実が育っている傍でみかんまでとか。神域って本気で訳が分からない。それでもなっているんだから使っても大丈夫なんだろうと、今日使う献立を必死で考える。小さな小人みたいな神様(これも付喪神の一種なのかしらん……ズボンみたいな袴を履いて草履で一生懸命畑を耕しているのにキュンとなるのよね)を尻目に、どうにかみょうがを取って来る。あと大葉を摘ませてもらって、干ししいたけに合う味噌汁の具を考えないとなとうろうろと菜園を彷徨う。彷徨っていると、一生懸命荷物を運んでいる付喪神と出会い、邪魔になっている事に気付いて慌てて竹ざるを抱えて道の端に寄ると、ひっくり返ってこけている付喪神に出会う。その子は笠に随分ときのこを入れて運んでいたらしかった。


「ええっと、あんた大丈夫?」


 慌てて掴んで元に戻してあげると、付喪神はぱちぱちと瞬きをしてこちらを見上げた。あたしの持っている竹ざるを見ると、ひょいと黒くって汚いきのこを差し出してくれた。


「え? ありが、とう……? でもこのきのこ何?」


 あたしが聞くより先に、付喪神は何も答えずに立ち去ってしまったのに、あたしは途方に暮れて、ひとまず味噌汁の具として外れにはならないだろうと白ネギを一本引っこ抜いて、育ち過ぎて食べられそうもないタケノコから皮だけを取って、帰る事にした。泥がすっごいから、戻ったらどうにかして洗わないと。つくづく農家の人や八百屋さん、スーパーって偉大だ。綺麗なもの売ってるんだもの。しかしこの汚いきのこ何だろう。あたしは付喪神がくれたきのこの匂いをふんふんと嗅ぐ。毒きのこは派手目なものが多いし、多分これも毒きのこじゃないんだろうけど、流石に山になってるきのこの区別なんてあたしできないよ?


****


 あたしが厨に戻ると、烏丸さんは野菜を洗おうとするあたしの竹ざるを見て「おっ」と感嘆の声を上げる。


「えのきだけ採ってきたか、いいもの採って来たな」

「えっ、えのき……?」


 あたしがしっているえのきだけは白くってひょろひょろしている奴だけれど、これはどう見ても茶色くってがっちりとしている。スーパーで売ってるひょろひょろ感なんてまるでない。でもよく考えたら養殖きのこと野生のきのこだったら、そりゃ見た目が違うよねと、今更になって思い至る。でもえのきはいい出汁が取れるし、干ししいたけと合わせ出汁で味噌汁が作れる。白ねぎも合わせたら充分だろう。

 野菜と米を洗うと、ひとまず火の神が待っててくれた釜戸に釜をセットしてご飯を炊く事にした。キャンプでしか釜戸でご飯なんて炊いた事ないから、上手くできるといいんだけどな。


「それじゃあ、こっちの釜戸でご飯炊くから、よろしくね」

「おうっっ」


 火の神はぱちんぱちんと火の粉を弾けさせながら、嬉しそうに頷いてくれた。一応、あたしの実家は炊飯器じゃなくって、鍋でご飯を炊いている。大概の人にそれを言うと「何で炊飯器買わないの?」って聞かれちゃうけれど、鍋だったら洗えば片付けられるし、火の調整が第一だって言うのを覚えるのにご飯を炊くって言うのが一番身体で覚えられるから、料理する人には向いていると思うんだよね。

 昔聞いた歌だったらこうだっけ。

 はじめちょろちょろなかぱっぱ。赤子泣いてもふた取るな。

 ご飯は最初に強火にするのが鉄則。蓋が空きそうな位に水泡が強く沸騰してきたのを見計らって弱火に替えるのだ。


「あのね、最初は火をもうちょっとだけ強めにしてもらえる?」

「おうっっ」


 火の神がぐっと火力を上げてくれるのに、あたしは目をぱちぱちさせながら、隣で鍋に水を張って、切った干ししいたけとえのきだけを入れ始めた。


「隣の鍋も火を付けたいんだけど、あんたできる?」

「そっちも強い火か?」

「ううん、こっちはとろ火がいいの……ええっと、とろ火って言うのは弱い火って意味だけど分かる?」

「任せろ!」


 そう言うと火の神は火の粉をぽっぽと吹き出して、隣の釜戸にまで火を付けたのだ。便利だな……最近は火事対策のせいで、とろ火に調整したくってもその前に火が消えちゃうのが多いのに、見事なまでのとろ火に惚れぼれしちゃう。

 ご飯ももうちょっと様子見でオッケー、味噌汁の出汁取りも沸騰するまでは放置でオッケー。その間にもう一品作っちゃおう。岩魚を焼くのはご飯が炊き上がる直前がいいね。そう思いながらざくざくっとさっき取って来たみょうがと大葉を千切りにする。ほんの少しだけきのこの出汁をすくって酢を割り、混ぜて合えれば、みょうがと大葉で小鉢が出来上がる。

 うーん……やっぱり醤油も砂糖もだけれど、昆布やかつお節がないのが痛いなあと思ってしまう。きのこの出汁は美味いけど、やっぱり出汁は山の出汁と海の出汁を割ったものが一番美味しい気がするんだよね。豚肉と昆布しかり、きのことかつおしかり。

 そう考えている間に、ご飯の蓋がふつふつと泡を吹いてきた。


「ありがとう、ご飯の火、ちょっと弱めてくれる?」

「鍋の火は?」

「こっちはとろ火を継続してくれたら嬉しいかな」

「おし来た!」


 つくづく火の神の火力調整ってすごいなあ。これが神様の力か……。そう感心しながら、あたしは炭焼きにしようと七輪を持って来て、岩魚を焼く準備をし始めた。しばらくこちらを眺めていた烏丸さんはほんの少しだけ驚いた顔をしてこちらを見ていた。


「あれ、何です?」

「てっきり魚を焼くのも火の神に任せると思ったんだが……」

「いや、魚を焼くのは自分で見ながら焼いた方が早いんで。あたしもご飯や煮込みを釜戸で作るの初めてなんで、火の神が手伝ってくれるんだったら、それで面倒見てくれた方が嬉しいですよ」

「はあ……そう言う事かぁ……」


 烏丸さん、えらく感心してるなあ。そう言えば。この人腹減らして神社で倒れてたんだから、火の神にも賄い準備してあげるんだったら、烏丸さんの分も用意した方がいいかしらん。

 火の神から火の粉をちょこっともらって炭に火をつけ、ぱらぱらと塩を振りかけながら岩魚を焼き始めた。岩魚は一夜干しだったらふんわりとして柔らかいけど、この感じからして完全に乾燥してるよね。だとしたらお酒の肴にした方がよさげだけど、お酒の準備は流石に私も知らないぞ。もうちょっとしたら魚も香ばしい匂いを放つだろうと思いながら、味噌を溶きつつ鍋に流し入れる。一口お玉ですくってみると、かつおとは違う、ひどく上品で澄んだきのこの旨味たっぷりな味噌汁になっていた。後は白ネギを浮き身にすれば完成する。

 皿にタケノコの皮を敷いて、焼き上がった岩魚を載せる。

 朱のおわんにえのきの味噌汁を入れ、みょうがと大葉の小鉢と一緒に並べる。後はご飯。

 一番心配していたご飯が炊き上がったのを見計らって、恐る恐る蓋を取ってみた。白くて艶々して、ほんのりと甘みがある匂い。普段使っている米よりも糠くさいような気がしてものすごく力を込めて研いだけど、米は割れてはいないみたいでほっとした。さくりさくりとしゃもじで混ぜてから、あたしは一粒だけすくって恐る恐る頬張った……。


「……釜戸のご飯、やっばいわ。美味しい」


 そりゃご飯はずっと炊いてきたもの。自信はあるわ。でも季節や場所、環境によっては水の量だって、米の研ぎ方だって替えないといけない。それでも大丈夫だったって言うのは、自分がお父さんやお母さんから習って来たものが間違いじゃなかったって言う事でやっぱり嬉しい。

 でも──。御先様、これで満足してくれるのかしらん?


 主食のご飯を盛り付けて、岩魚の塩焼き、みょうがの小鉢、きのこ汁。何かあと一つ位欲しいんだけれど、その最後の一つが思いつかない。うーん……。あたしが思わず唸っていた所で、ずっと見守っていた烏丸さんが「うん」と一言言った。


「これなら酒も進むだろうし、御先様も満足だろうさ」

「え、そう言えば……あたし、酒の準備なんてどうすればいいんです?」


 床下を見ていた限り、料理にも使うからありそうなものなのに、酒なんて見当たらなかった。あるものだったら出せるけど、ないものはこちらもどうしようもできないぞ。


「うちの杜氏に任せればいいだろ」

「え……杜氏って……ここ、まさかお酒作ってる場所まであるんすか?」

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