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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
39/79

かけら語り・一

 からからからと音が鳴った。

 夏になれば、神社には自然と人が増える。氷売りが持ってきた氷を削る音、それに蜜をかけ、一生懸命食べる子供。

 

「──様にもちゃんと手を合わせるのよ」

「はあい」


 別の場所では香ばしいにおいが漂った。いかを串に刺してたれを付けて焼いている。時折香ばしい砂糖の焦げるにおいは、かるめ焼きでも作って振る舞っているんだろうか。

 そこには金魚のようにひらひらとした帯を付けた子供が、境内で笑っているように見えた。

 賽銭の音に、鈴の音。それらを見ながら、我はあぐらをかいて、供えられた握り飯を食べていた。烏丸はそれをのんびりと眺めている。

 時折霊感の利くものが我らを見つける事はあれど、祭りの光景を見ていても、誰も気付く事はない。


「盛況ですなあ」

「ふん……去年より数は減ったわ」

「また御先様もそんな底意地の悪い事を言って。子供の願いをちゃんと叶えてやっているでしょうが」

「対価を支払っているに過ぎん。くだらぬ」

「毒舌が過ぎますなあ」


 いつものようなやり取りをしていると、不意に子供がぱたぱたと棒を持ってやってきたのが見えた。手にしているのは、べっこう飴だろうか。


「これ、──様に!」


 そう言ってひょいと我の座っている拝殿に差し出すのに、思わず面食らう。


「……何の願いを叶えたいんだ?」

「御先様、御先様。多分子供はそんな事考えちゃいませんぜ。多分神様にお疲れさまとしたかっただけでしょう」

「そうなのか?」


 神が対価を支払われたら、それ相応の願いを叶えないといけない。等価交換が普通であり、人間のように気まぐれに親切にできるようにはできてはいない。

 我が困惑しきっていると、烏丸は苦笑する。


「まあ、人間は等価交換には縛られませんからなあ。それが羨ましくもありますな」

「そうか」


 人の子とは本当に訳が分からない。

 我に情けをかけたと思いきや、ある日を境にぱったりと供えられるものがなくなった。腹が減っては力が出ないと、早々に神域に引っ込んだが、待てど暮らせど、人がやってくる気配がなくなってしまった。

 力がどんどんとやせ細っていき、みすぼらしくなっていく。色が抜け落ち、今や元の姿がどんなものだったのかさえも、分からなくなってしまった。

 嗚呼……このままずるりと神を辞める事ができればいいのだろうが、それでも墜ちる事さえ叶わなかった。既に名前が思い出せない。自分が誰だったのかさえも思い出せない。

 癇癪を抱いて歩き回っても何もないと言うのに。

 あの人の子は、本当に訳が分からない。


 男神が出雲の巫女達にやましい事をしようとしているのは知っていたが、我の興味を引く事もなく、年甲斐のない奴らめと思って、無視していた。残念ながら腹が減るのには慣れきってしまっていたがため、朝餉を抜いても何ら支障は出やしない。

 そんな中、人の子は見ず知らずの巫女を助け、何故か御前試合にまで参加していた。

 ますますもって意味が分からなかった。

 今日も出会ったら最後、甘いにおいを漂わせて笑うのだ。


「また! 女神様達にも出したお茶菓子、出しますから! 今度食べて下さい!」


 本当に簡単に我には出来ぬ事を言う。

 あの人の子に聞いてみたい。

 名も忘れた神を担いで何とするのか。それを神として何とするのか。

 胸に広がるもやを振り払って、我は歩いた。

 またくだらぬ宴に顔を出さねばなるまい。早く終わり、己の神域に篭もって休みたい。ここに来てからは、心から休めた日など、ないのだから。

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