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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
38/79

女神のお茶会・三

 あたしがお茶をすすっている間に、花神様は他の女神様方にもお茶を振る舞い始めていた。皆丁寧な仕草で茶器に口付けつつ、どら焼きを楊枝で切って食べていた。

 ああやって食べると、もっと庶民的なイメージのあるどら焼きも、立派なお茶菓子だなあと、あたしは思わず感心してしまう。

 で、何故だかあたしは女神様達に囲まれていた。


「で、りん殿は御先殿とは?」

「へあ? あたしはただのご飯係で……」

「いやいや、随分と健気な女子だなとは言われていたし」


 ……どうして神域だろうが現世だろうが、女の人って集まったら人の愚痴か恋バナをするんだろう。何故か女神様達の中だと、あたしは御先様に恋する健気な女子って言う設定がまかり通ってしまっていた。

 いや、恋しないと、人に優しくしちゃ駄目なの? ってそう思うんだけど、そんな事流石に女神様方に言っていいものかどうか……。

 あたしは助けを求めるように、氷室姐さんや海神様の方に視線を向けるけれど、氷室姐さんは軽く手を合わせて頭を下げるし、海神様は笑顔のままだ。あ、駄目だ、助けてくれる気はないみたい。

 どうしたもんかなあ……あたしは答えを考えあぐねていたら、花神様はにこやかに笑う。


「でも御先殿をもう少し自由にしたいのであろう? ご飯係が必要ない程度には」

「……まあ、それはあります。だって、そんなのあんまりじゃないですか」


 でも……。現世にある近所の神社は、既に名前も分からない位にボロくなってしまっているし、宮司さんなんてもうどこに行ってしまったのかも知らない。そこを管理できない事には、ご飯係が必要なくならない事なんて、ないんだよなあ……。

 あたしが思わず眉を潜ませていると、花神様はまたくつりと笑う。


「できない事もない。ただ、それはご飯係や烏殿の力が必要になるがな」

「……え、本当にそんな方法、あるんですか?」

「ああ。神格が落ちたのは、信仰が足りないからだ。信仰が足りないのであれば、信仰を補えばいい」

「ええっと……それがそもそも分からないんですが」

「でも、人間はするだろう? 我らもするが、人間ほど頻繁にはしないぞ?」

「え……?」


 あたしは意味が分からなくって、思わずまたも氷室姐さんと海神様の方を見ると、海神様がにこやかに教えてくれた。


「祭りの事だ。神域では神在月ほどの大祭は存在しないが、人間達は何かにかこつけて祭りをしているであろう?」


****


 白菊の綺麗な庭から離れて、あたしは腕を組んで考えていた。御先様の神格を取り戻すためには祭りをすればいいって、簡単には言ってくれたけれど、これ簡単にできる事なのかなあ。祭りのためにはどう考えてもあたしは現世に戻らないとできないし、あたしを誘拐した烏丸さんに協力許可取り付けない事にはどうにもできないぞ、これ。

 あたしが腕をうんうんと組んでいたら「りん!」と声をかけられた。氷室姐さんと海神様だ。


「花神殿に言われた事を気にしてか?」


 海神様にそう問いかけられて、あたしはコクンと頷いた。


「あたしだったら、難易度が随分と高いなと思って。そもそもあたしも、祭りなんてそう簡単にできるのかなあと」

「おや、りん。あんた花神様に言われてやる気はあるんだ?」


 氷室姐さんが意外そうな顔するのに、あたしは思わず「えー」と唸った。

 やりたいって思っちゃ駄目な事だったのかな、御先様の神格上げられるんだったらって。


「やりたいですよ。ただ難しいから、どうすればいいんだろうって言うだけで」

「羨ましいな」

「ああ、羨ましいねえ」


 二人にそう言われてしまって、あたしは訳が分からなくなって、思わず目をパチクリとさせてしまった。今の話のどこにそんな羨ましがる部分があったの。

 あたしが思わず固まっていると、海神様があっさりと言ってのけた。


「神は等価交換で以外、願いを叶えたりはできないよ。だからこそ、御先殿は弱ったのだし、付喪神だって消滅してしまわないよう対価の支払いを要求するのだしな」

「あ……絶対に絶対……なんですか?」

「絶対の絶対にだな。でも……人は対価には縛られない。動物も付喪神も、神すらも等価交換の原則に乗っ取っているのに、人は情けだけで動けるのだからな。わらわ達はそんな人間が時には羨ましく思うぞ」


 そう言われてしまい、あたしは思わず呆気に取られてしまった。

 大した事なんて全然できないって思っていたのに、思っているよりもすごい事なんだなって今更気付いた。


「……あたしのせいで、御先様嫌がる事はないかな」

「それはないそれはない」

「むしろ、言われない立場の方が御先殿は嫌がるだろうな」

「そうだと、いいな」


 あたしは最後は独り言のようにぽつりと言ってから、二人に別れを告げて、自分の雑魚寝部屋へと移動しようとした際。

 白い菊が揺れているのが中庭から見えた。……違う、さっきまで見ていた綺麗な白菊じゃない。

 肌も、髪も、服も……目すらも真っ白な、御先様の姿がそこにはあった。また他の男神様に何か言われたんだろうか。あたしは思わず「御先様……っ!」と声をかけていた。

 真っ白な羽が揺れ、御先様がこちらを向いた。


「……何だ?」

「ええっと……! 先程まで、女神様達にお呼ばれをしておりました。はい」

「何だ、男神だけでなく女神にまでいいように使われていたか」

「う……あ、あたしがやりたいと思った事ですので、大丈夫、です」

「そうか」


 そのまま会話は途切れ、しばらく沈黙が続く。き、気まずい。あたしはどうにか会話の糸口を探そうとバタバタして、さっきまで女神様達と話をしていた事とは全く違う事を口にしていた。


「お、お茶会って、割と自由なんですね。全然知りませんでした」

「茶会は腹の探り合いの場であろう。宴と何ら変わりはない」

「そんな事言わないで下さいよぉー……御先様は、宴が楽しかった事、本当になかったんですか?」


 思わず言ってしまい、あたしは内心「しまった」と自分の言葉が過ぎた事に気付いて青ざめた。

 そもそも出雲に行くのが嫌だからあんなに神経ビリビリさせていた訳で、嫌じゃなかったらあそこまで抵抗しないんだ。

 あたしは何か取り繕った方がいいのかと、手をバタバタとさせたけれど、それより早く真っ白な目に視線がとらえられた事が気付き、思わずばたつかせた手を降ろしていた。


「あった。が」

「え、ええっと……」

「過ぎた話だ。忘れろ」


 それだけを言い残して、御先様はさっさと行ってしまったのに、あたしは思わず口をあんぐりとさせてしまった。

 御先様は皆から遠巻きにされてしまっているし、何に対してそこまで拗ねているのかも、未だに図りかねているけれど。でも。

 自分の事を口にした事って、本当になかったような気がするぞ。


「また! 女神様にも出したお茶菓子、出しますから! 今度食べて下さい!」


 もう聞いているのか分からないけれど、あたしは必死でそれだけ叫んで、今度こそ自分の雑魚寝部屋へと帰って行った。

 嫌な思い出だけじゃなかった。いい思い出がちゃんとあるんだったら。やっぱり何とかしたい。本当にいろんな人の手助けが必要になるかもしれないけれど。何とかしたい。

 それだけが、私をひたすら突き動かしていた。

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