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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
37/79

女神のお茶会・二

 弦楽器がぴんしゃんと鳴っている。

 琴はお琴部が高校にあったし、三味線は何となくテレビでも見た事あったと思うけれど、琵琶なんて見た事全然ないし、それを演奏している女神様達の中で、ただ作務衣のあたしが正座をしていると言うのも変な話だった。

 この状態の中で、あたしをお茶に誘ってくれた女神様方の一人が、せっせと茶器に抹茶を入れてお湯を注いで、それを立ててくれている。

 茶道のどうのこうのって言うのは、流石にあたしもさっぱり……。テレビでしか見た事のない景色に、あたしはただ縮こまっていた。

 こんな状態でもからからと笑っているのは氷室姐さんだ。


「何だい、りん。男神の前ではぜんっぜん物怖じしないし、勝手場でもあちこちで料理を学んでるって言うのに、女しかいない場所でこんなに縮こまるなんてさ」

「が、顔面偏差値全然違うのに、こんな所で寛げって言われても無理っすよ、流石に!?」

「へんさ……? んー、まあ気楽にしておきなよ。今は花神様が茶を立ててくれてるんだからさ。でもこの菓子も珍しいねえ……」


 そう言いながら、あたしがころんと一緒に運んできたさつまいものどら焼きをまじまじと氷室姐さんは見る。

 話しやすい話題にちょっとだけあたしはほっとして、口を開く。


「あー……和菓子って言うと、現世では割と敷居が高いんですよね。洋菓子だったら家にあるもので作れるんですけど、和菓子は時間がかかるから。そんな中、どら焼きは割と家にあるもので作れるものなんで」

「へえ……どら焼きねえ……あたしが知ってる見た目と現世のだと、随分と違うんだねえ」

「へあ、そうなんですか?」


 そう言えば。どっかの料理の本でも言ってたなあ。

 日本人ってば何でもかんでも日本っぽくし過ぎだって。カレーだって、本場のインドカレーと日本のカレーライスだったら、もうそれぞれ違う料理になってしまっているし、肉じゃがだって、元々は作り方の分からないビーフシチューを手元にある材料と調味料で作ったらできてしまった産物だって言うし。

 確かショートケーキだって、日本仕様で今の生クリームで作ったケーキになったんだって聞いた事あるし、あたしが知らないだけで、どら焼きも形変わってるのかもしれないなあ……。

 あたしが勝手に納得していたら、すっとあたしの膝元に茶器が音も立てずに置かれてしまったのに、あたしはきょとんとする。

 顔をあげた先には、本当に綺麗な人がいた。髪の色は真っ白。でも御先様みたいに目も肌も服も真っ白って言う訳ではなくて、目尻には赤いシャドーが入れられていて、口元には紅。纏っている着衣も、あたしが見るようなやっすい着物みたいにプリント印刷されたような模様じゃなくって、真っ赤な曼珠沙華が描かれていた。それに合わせたせいなのか、帯は若草色で、こちらには草の模様が細かに描かれている。

 花神様って呼ばれているだけあり……まあ、この人も御先様や氷室姐さんと同じで、仮名なんだろうけれど……その人はあの世とこの世の境目に咲いていそうな曼珠沙華を思わせた。

 ぽってりとした唇で、あたしに対して「どうぞ」と茶器を勧めてくれる。

 あたしは「えっ? えっ?」と茶器と花神様を見比べておろおろしていたら、氷室姐さんがそっとあたしの耳元で囁いた。


「今回のお茶会の主催さんなんだから、挨拶しなよ」

「へっ! へあああああ……りん、です。今回はお招きいただき、ありがとうござま……」


 思わずしどろもどろになって挨拶すると、花神様はくすくすと笑った。


「いえいえ……すみません。現世では茶の文化がなさそうですのに、わたくしのお遊びに付き合って下さいまして」

「え……いやいやいやいや、滅相もございません! あ、あたしが無知なだけです!」

「いえ、自分が無知だと分かっている方に、知恵はない訳ありませんもの。作法とかは関係なく、茶器をゆったりと眺めてから、お茶をすすって下さいな」

「ええっと……それでは、遠慮なく、いただきます……」


 確か茶道にも作法が事細かにあったはずだけれど、花神様はそれを許してくれた。その事でちょっとだけ気が抜けてくれたので、あたしはそっと器を持ち上げて、茶器を眺め始めた。

 触れてみれば、あたしが勝手場で盛り付けさせてもらっているお皿や器と同じく、ずっしりと重くて、その癖手に馴染んでくれる。

 器って、軽過ぎると持ち運びには便利だけれど、盛り付けする際にいまいち頼りない印象になる。だからと言って重過ぎてもそれを使いこなせないし。

 きっといい作りなんだろうなあ、とあたしはしみじみと思いながら、茶器をくるくると回しながら眺める。

 それからしっかりと泡立った抹茶を一口すすった。

 美味しい。お茶って苦い印象が強いけれど、きちんと泡立つ程に混ぜれば、その苦味だって美味しさに変わる。鼻を抜ける抹茶の香りに、あたしは自然と「ほお……」と息を吐いていた。


「美味しいです」

「そうですか、それはようございました。先日から巫女達には迷惑をかけてばかりですし、料理係達にも結構な負担をかけていますしねえ。それに、ここに女の料理人が来るのは本当に久々ですので、お話をしたかったんですよ」


 そう言ってにこにこと笑う花神様に、あたしはきょとんとした。

 振り返ってみても、騒ぎは起こした気がするけれど、大した事なんてしてない。

 朝餉食べてもらうのに邪魔されたからキレただけだし、大見得切って始めてもらった御前試合だって負けている。それなのに、女神様からお話したいって思われるってどゆこと?

 あたしはきょとんとした顔のまま、ゆっくりと抹茶を飲んでいると、黙って聞いていた海神様が補足してくれた。


「わらわ達も話をしていたのだよ。神隠しされてきた娘の食事係なんて、本当に珍しいなと。そして御先殿に追い出されないのも珍しいなと」

「あれ、御先様の事……そんなに有名だったんですか?」


 あたしは思わず茶器を持って、口元に抹茶の泡をつけたまま聞くと、途端に女神様方にくすくすと笑われ、あたしは慌てて「すみません!」と口元を拭った。

 くすくすと笑うと、氷室姐さんが「そりゃそうさねえ」と更に言葉を足してくれた。


「あたし達だったら、どうしようもないもの。男共は何かにつけて、権力権力って言いたがるしねえ……。でもあたし達だってどうする事もできないよ。御先様の神社に人が来ないっつうのは」

「……前から思ってたんですけど、神社に人が来ないと力がなくなって、お供えがないからご飯が食べられないって言うの、本当だったんですねえ」

「と言うと?」

「いやあ……出雲に来てから、あっちこっちからご飯の材料が集まって、料理作るのに全然困りませんから」


 振り返ってみても、本当に困った事がない。

 料理の材料がないどころか、調味料がないと言う所から始まる事だってあったから、あっちこっちからもらいに行ったり、自力で作ったりしてたのに。

 神在月であっちこっちからお供え物がやってくるせいなのか、出雲で料理作りに困った記憶がない。

 そりゃ小豆の水煮みたいに短縮料理はできないけれど、時間さえあったら小豆を水に浸して餡子だって一から作れたと思う。

 でも御先様の神社にはまず小豆がないから、他の代用品探してひいこら言うしかないもんなあ。

 あたしがそう振り返っていると、ますます花神様が面白そうに笑った。

 ……そんな面白い事言った覚え、ないぞ?


「大抵は不平不満ばかり言う食事係のせいで、御先殿が怒って暴れ、烏殿が謝罪するって形ですもの。それがないって言うのは素晴らしいと話してたんですよ」

「はあ……」


 烏丸さん、女神様達にまで中間管理職扱いされてたよ。

 今頃は御先様の神域で働いてるだろう烏丸さんを思って、あたしは自然と首を振っていた。

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