女神のお茶会・一
抹茶を飲む際に食べる、手掴みで食べられるお菓子。なかなか難しい注文だなとは思ったけれど、材料を見たら割と何とかなりそうでほっとした。
秋の味覚の王道として、さつまいもがちゃんとあった。あと、小麦粉、蜂蜜。バターがあったらそれでスイートポテトが作れるんだけれど、ないものは仕方がない。別のものを作ろう。
醤油はうちから持って来たものを使うとして、あとみりんはないかなとうろうろしてみたら、端っこの方にお酒として置いてある事に気が付いた。
あたしはころんに「これ持ってね」と重い小麦粉や砂糖を持ってもらい、あたしはさつまいもや蜂蜜を抱える事にした。
一体女神様ってどれだけ来るんだろう。そもそもどこでお茶会するんだろう。それも聞いておけばよかったかなあ。
まだ人気のいない勝手場に入ってみると、火の神が「おっ?」と不思議そうな声を上げて、火の粉を撒き散らしていた。
「りん、もう夕餉作るのか?」
「違う違う、女神様達がお茶会するから、お茶請け作れって言われたの。リクエスト内容が手掴みのお菓子だったからどうしようって考えたけど、何とかなりそうだったから」
「前に御先様にも作ってなかったか?」
「ずんだ白玉ね。あれは食後のデザートだったから、あっさりさせたけど、お茶請けだったら、お茶に負けないような味付けにしないと駄目だから、結構考えるんだよ。そっちはあたしの専門外だし」
「大変なんだなあ……」
「そうだよー」
世の中、料理の方が得意でお菓子作りが下手って人もいれば、お菓子作りは得意なのに料理は苦手って人もいる。得手不得手ってあるんだよねえ。
そうも言ってられないから何とかするんだけどね。あたしは持って来たみりんと醤油と水を手早く器で混ぜてから、小麦粉をざるでこす。
蒸し器を引っ張り出してくると、その上でさつまいもをふかし始めた。
「何作るんだぁ?」
「うーんと、さつまいも餡のどら焼きかな。本当だったら小豆を炊いて餡子を作ったらいいんだけど、あれは超時間がかかるしね」
いくら何でもありありな神域だからって、小豆の水煮は流石にないのよね……。だから餡はさつまいもで代用する。
卵を探してきてそれに蜂蜜を混ぜ込み、その上にふるった小麦粉を加えてよく混ぜる。……菜箸だけだったらなかなか大変だよね。どら焼きってそれなりに歴史はあるはずだけれど、生地をどうやってしっかり混ぜてたんだろう。
そう思いながら、照りになる醤油だれを生地に加えてさらに混ぜてから、鉄板を持って来て、その上に油を敷いて焼き始めた。
しっとりとした生地が膨れ上がってきたら引っくり返して、さらに少し焼く。醤油とみりんがいい仕事をしてくれて、引っくり返したら茶色い艶が出てくれていた。
出来立ては熱いから、冷ましている間に、さつまいも餡の方を仕上げないとなあ。
鉄板で生地を焼いていると、火の神が目をきょろきょろとさせてくる。……大きな目を瞬かせているのは、甘いにおいを嗅いでいるみたいに見える。……今更だけど、火の神、どこに鼻があるんだろうねと、あたしは引っくり返しながら火の神を見やる。
「なあんか、甘いにおいがするんだぞ。かすていらみたいな?」
「あー……確かに材料はカステラの材料に似てるよねえ。あれは表面にかりっとさせるためにざらめ糖使うみたいだけど、ここで手に入るかなあ……」
「かすていら自体は、出雲にときどーき奉納されているのを食べるんだぞ!」
「あー……おっきい神社だったら、普通にご飯奉納してるもんねえ」
そんなのはテレビでやっているのを見た事があるから知ってる。
そう言えば。御先様の力が弱くなっちゃって、ご飯作れる人を神隠しするようになったのは、あの神社の宮司さんがいなくなっちゃって、ご飯のお供えも信仰もなくなったからだっけ。
うーん……あたしは生地を覚ますために一旦皿の上に載せてから考える。
「……御先様に、何かしてあげられないかなあ?」
「御先様に何かしたいのか、りんは?」
「そりゃね。うん。ずっとお腹空いてるのは嫌だろうし、他の神様いっぱいで肩身狭そうだなとは思ったもの。あたしにできるのは料理作る事だけれど、何かとっかかりはないかなあと思ってさ……」
そりゃいきなり知らない場所に連れて来られて困った事はたくさんあるけれど。火の神もころんも助けてくれてるし、行方不明になってた兄ちゃんにも会えた。料理人さん達ともたくさん会えていっぱい勉強になったんだから、悪い事ばっかじゃないんだよね。そりゃ蛇神様みたいに陰険な神様にも会ったけれど、ご飯ほとんど食べずに帰る客だって存在するから、ご飯食べてくれるだけマシな気はする。……まあ、セクハラは全然いただけないけどさ。
あたしが蒸し器にかけたさつまいもを濃し器にかけるのを眺め、あたしが捨てたさつまいもの端っこをころんと分けて食べながら、火の神は言う。
「神に、してあげるって言うのは、よくないんだぞ。神は等価交換じゃないと駄目だからな」
「うーん……そこらへんがよく分かんないんだよね。何かをしてもらったら対価支払いましょうっていう奴。善意を施すじゃ駄目なの?」
「神は、何か無償でしてもらえるって思ったら際限なくなるんだぞ」
「それって、火の神も?」
「おー。ご飯くれないんだったら、火は貸さないんだぞ」
「あはは……そうだねえ」
半分は木べらで潰して食感を残し、もう半分は漉して丁寧な餡子にした。
冷ました生地に餡子を挟んで木皿に載せれば、さつまいもどら焼きの完成。本当は餡子で粒あんとこしあんと作ればよかったんだろうけれど、流石に小豆の水煮もなしでやるのは厳しい。
たくさんひょいひょいと木皿に載せていくけれど、お茶会に参加する女神様方って、一体どれ位なんだろう。前にトマト麺食べに来てくれた人達と同じ位だったら、これで足りるとは思うんだけれど。
生地をひょいひょい焼いて、さつまいも餡を挟んでいく作業は、普段やってる割烹料理よりも、実家の定食屋の感覚に近い。
お茶会だから、宴会よりは気楽だといいなとは思うけれど、そうは問屋が卸してくれるのかなあ……?
あたしは不安半分楽しみ半分で、ころんと一緒に沢山用意したお茶菓子を持っていく事にした。
場所は中庭ではないらしい。じゃあどこに行くんだろう?
****
綺麗に揃えられた松ばかり見える中庭。
わびさびは効いているんだけれど、あたしにはちょっと寂しく見える場所を通り抜けた先。
ころんはあたしの前を大きなお盆を持って歩き、それにあたしは着いて行く。
しばらくすると、琴の音がする事に気が付いた。あたしは思わずきょろきょろとする。ぽちゃん、と言う音もする。
ころんが歩いて行った先を見て、あたしは思わず口を開けた。
白い菊が咲き誇っている場所に出たのだ。
葬式で見る湿っぽい花のイメージがあったけれど、むわりと漂う菊のにおいは、分かりやすい花の甘いにおいとは違うけれど、妙に頭を痺れさせるものがある。そして一輪だけじゃなく、庭全体で咲き誇っていたら、幻想的な場所に迷い込んだような錯覚を覚える……そもそも、既に迷い込んでいるようなもんなんだから、幻想的な菊の花畑だってあるだろう。
そこで御座を敷いて、女神様達が思い思いの楽器を奏でていた。
琴を弾いている人もいれば、三味線を鳴らしている人もいる。笛を吹いている人もいる。そして女神様達が座っている花畑の傍には、池。
赤と白と黒の模様のついた大きな大きな鯉が、時折ぽちゃんと言う音を立てて優美に泳いでいるのだ。
ふいに、音は途切れた。女神様の一人がこちらに気が付いたのだ。
あたしは思わず背筋をぴしゃんと伸ばす。
「ああ、そなたは御前試合の時の料理係だったな?」
「はっ……はいっ……! りんです!」
「おお、すまなかったな。急な話で。今、茶を立てるからゆるりとしていけ」
「……へ?」
もしかして、あたしも参加するの?
こんな美人だらけの中に、あたしも混ざれと?
だんだんと顔が青ざめていくのを感じながら、あたしはそっところんを見た。
ころんはこくんと頷くのに、あたしはがっくりとうなだれてしまった。こんな所で一緒にお茶って、お茶って……!
菊の花びらがはらりはらりと散るのがこんなに風流だなんて初めて知ったけれど、こんなに緊張する女子会だって、あたしは初めてだよ……!
叫びたいのを堪えつつ、「し、失礼しまーす」と上擦った声で、庭へと降りていく事にした。




