御前試合・七
皆で朝餉を食べている間に、審査員の神様達の審査がまとまったようだ。結果は目に見えているものの、あたしと柊さんは神様達の前で正座して、ぴんと背筋を伸ばしていた。
「まずは柊、そなたの鮭の煎餅茶漬けはなかなかに美味だった」
「は、ありがとうございます」
「朝餉として食べるにふさわしく、身体を温めてくれ、宴で荒れた臓物でも食べられるものだった」
うん、そうだよね。
柊さんの鮭茶漬けは、鮭を揚げているものの、煎餅を衣に使っているから、必要以上に油っぽくならない。煎餅の材料である米は、油を必要以上に吸わないから、朝から揚げ物を食べても胃が重くならない。おまけに鮭の出汁を使っているんだから、鮭の旨味は充分に引き出されている。
「そしてりん。南蛮漬けだが、あれは不思議なものだったな。あれに使われているのは大陸の香辛料だったはずだが、あれは胃を刺激しないものだった。日本のものと違って大陸のものはいささかきついものだと言う印象があるが」
「ああ……漢方で使われているものを使いました。現世では胃薬として処方されているものです」
使われているものは、市販されている漢方系胃薬でも普通に入っているものなんだから、胃には相当優しいと思う。日本の薬草って呼ばれているようなものは、そんなに強い風味やにおいのするものって案外少ないから、輸入物のスパイスに頼っている部分はあるよね。あたしの説明に神様方は「ふむ……」とうなった。
「どちらの料理も、同じ鮭と言うお題でどちらも揚げ物、そして温かいものと冷たいものと言う対比の中、どういう基準で軍配を上げるかと言うので話し合いをした所、どちらが鮭の風味と言うものを生かしているかと言う基準になった。どちらも料理の品として完成度が高かったものの、どちらの方が鮭の旨味を出しているかと言うと……」
やっぱりそう来たか……。あたしは柊さんと共に、背筋を再びぴんと伸ばしながら、ただ審判が下るのを待った。
「……柊。鮭の煎餅茶漬けは身、皮、出汁と、鮭の美味さを最大限に発揮した品だと思った。よって、勝者柊」
「……ありがとうございます」
あたしと柊さんが手をついて、お辞儀をする。
当然だ。柊さんはあたしよりもずっとご飯係として、こんなに神様達を目の前にして勝手場に立ち続けていたんだから、あたしよりもずっと料理人としては格上だ。それでも……。
悔しいなあ……。ふつふつと湧き上がってくるのは、そんな嫉妬の念だった。嫉妬する位だったら、もっと料理の腕を磨かなきゃなんだけれど、それでもやっぱり悔しいって思ってしまう。あたしが小さく歯を食いしばっていると、背中をぱしっと叩かれる。叩いたのは柊さんだ。
「おめさん、神様方の目の前だ。悔しがるのも歯を食いしばるのも、火の前でだけやれ。客に見せる顔じゃねえだろ」
「……っ、はい……!」
本当、全然叶わないなあ……でも。精進しないと。
あたしは、御先様のご飯係なんだから。
****
朝餉が終わり、もうしばらくしたら宴の仕込みをしなくてはいけないけれど、今は一息。あたしは「ふう……」と溜息をつきながら、井戸で顔を洗わせてもらっていた。
神様と女神様の揉め事も、一旦は御前試合のおかげでうやむやになったんだから、一応目的は果たせたんだけれどね。でもやっぱり悔しい。柊さんにまだまだ勝てないって分かっているし、あの人からどんどん盗めるものは盗まないとって、未だに思っているけれど。あたしは手拭いで濡れた顔をぐいっと拭いた時。
「朝は随分と騒がしかったな」
「……っっ!」
怜悧な声に、あたしはビクッと背筋を伸ばす。それは、ずっと探していたけれど会えずじまいになっていたひとだった。御先様は相変わらず美しい人だなと思ったけれど、何でそんなバッドタイミングな時に来たの、とあたしは焦って手拭いで顔を隠す。
「み、御先様……っ!! あ、あの……朝餉は召し上がられていましたか? 朝餉の席におられるか確認できなかったんですが……」
「問題ない、朝は中庭が騒がしかったが、今日は女官が持って来てくれたからな」
「そ、そうですか……それはよかった、です……」
ああ、そっか。昨日はセクハラするために捕まっていたのは、今日は管轄が女神様方に預けられたから、女官さん達は普通に仕事ができたんだ……。ほっとするのと同時に寂しいと思ったのは、内緒の話だ。
今日は、もう賄いも食べちゃったし、何も御先様に差し出せないな……。そう思っていたら、御先様はじっとあたしを見てきた。真っ白な目にあたしが映っているのか、あたしはただの背景として映っているのかは知らない。
「何だ、御前試合の結果が芳しくなかったか」
「……試合結果、御先様はご存じなく?」
「興味がないからな」
……うん、知ってる。このひとあたしに興味ないもんな、知ってる。あたしが思わずたはぁと落ち込みかけたが。
「我が神域のご飯係が下手なものを作る訳ないから、勝敗などには興味がない」
そう言ったのに、あたしは思わず二度見してしまう。……い、今言ったの、本当に御先様か? それとも……御先様のそっくりさんか? い、いやいや、真っ白な羽根生えている全身真っ白な神様なんて、あたし他に全然知らないし。いや、でもここは出雲だし、今は神在月だから、そんな人もいるのか?
あたしが勝手にうろたえている間に、さっさと御先様は立ち去ってしまった。
「せいぜい励め」
「……あ、ありがとうございます!」
あたしは泣いていたのも忘れて、首に手拭いを引っかけたみっともない姿のまま、頭を下げていた。
……でも、気付いた。何で御先様、こんな井戸の前に来たの。普段からあのひと、自分の神域でも滅多に自室から出ない人なのに。ましてや出雲なんて他のすごい神様だらけで本気でここに来るの嫌がってたのに。
あたしを励ましに……いや、馬鹿な。思わず頬をつねった。痛い。
夢じゃない。
そう考えたらだんだん嬉しくなってきて、あたしは思わず走っていた。今日も身体が痛くなるまで料理を作るけれど、早く出したい。どれか一つは必ず御先様が食べてくれるんだったら、尚更だ。
我ながらチョロすぎると思いながらも、今はまた包丁に触りたくてしょうがなかった。




