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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
32/79

御前試合・六

 出汁をたっぷりと注がれた鮭茶漬けを、ずずりと審査員がすすり始める。美味しいだろうな、ただの出汁じゃなくって、鮭の出汁を使った茶漬けなんだもの。出汁は塩分を足さなかったら、印象はぼやけるけれど、今は塩分が加味されているはずだから、絶対に美味しいもの。

 それをズズッとすすっているのを見ながら、「次の品は」と呼ばれたのに、自然とあたしは背筋を伸ばした。


「品名を出せ」

「……南蛮漬け、です」

「ほう?」


 鮭の南蛮漬け。どんな料理でも、揚げた上で煮たり焼いたりした方が、魚の身は崩れない。これは漬け汁に工夫して、胃もたれしないような甘酢に仕立てたものだ。

 でも、欠点もある。

 柊さんの鮭茶漬けは温かくしている分、鮭の旨味や香りを十二分に出しているのに対して、南蛮漬けは漬け汁に漬け込みながら冷やすものだから、香りの分では絶対に柊さんに負けるのだ。

 これに「ふうむ?」と審査員達は首を傾げた。


「まさか、お題を鮭にした所、どちらも揚げ物を出してくるとはな」

「しかし趣向は真逆。先攻は温かくして香りを強調してきたのに対して、こちらは冷やしているために、香りの分ではやや劣る」


 やっぱり分かってるんだなあ……漬け汁の甘酢のにおいに、鮭の香りは負けている。食べなかったら、その香りの真価は分からない訳だ。あたしが思わずぎゅっと握り拳を作っている中、興味深そうに顎をしゃくっているのは柊さんだ。


「ほう……おめさん。甘酢に鮭を漬け込んだのには、どんな意図が?」

「……元々は、あたしも温かいものを作る予定でしたが、昨日と作るものが被るのを恐れて、違うものにしたかったのが一点。もう一点は神様方が昨日も酒宴を繰り広げていたと言うのが一点です」

「ほおほお……それで冷やしたと言うのは?」

「香りを抑えるためです」

「ほう?」

「あたしが漬け汁に使ったものは、香りが際立ったら、それぞれが味を主張し過ぎてしまうからです。まとめるために、一旦冷ます必要があったんです」


 お酢に砂糖、入れたスパイスにお酒……香りが主張し過ぎたら、折角の鮭の旨味が匂いで消えてしまうから、一旦冷ます必要があった。特にお酢とスパイスはにおいが際立ちすぎて、それが返って雑味に感じてしまう場合もある。

 それにふむふむと顎をしゃくる柊さん。


「なるほどなあ……本当に趣向が真逆なんだな。だとしたら、後は食べた方がどちらが好きかと言う話か」

「そうなりますよね」


 結果は端から分かっているけれど、たった一言が聞きたいな。もう出してしまった後は、そうただ思っている。

 パクリ、と女神様が食べた。ちょっとだけ目をぱちくりとさせている。


「……美味しい。もっと酢漬けだと思っていたんだが」

「味に深みがある」

「ふむ……茶漬けの場合は熱々のものをかきこむのが趣向だと思っていたが、この酢漬けも悪くはない。でもどちらも油で揚げていても、ちっとも胃に傷まないな」


 うん、そこなんだよなあ。柊さんが煎餅を粉々にして衣に使ったのは、元々煎餅自体があんまり油を吸わないと言う性質があるから。だからさくさくの衣になっても、油でべっとりとしないのだ。

 対してあたしのだけれど。素揚げした鮭に合わせた漢方は桂皮、大棗、芍薬など……カレーにも使われる成分は意外と胃に優しい成分でできていて、それを大量に使えば刺激物として胃に負担をかけるけれど、本当にちょっとの量でなおかつ冷やす事で負荷を下げたのだ。

 二つの品をもりもりと食べてくれ、美味しいと言うたった一言をもらえた後は、勝っても負けてもどっちでもいい。

 ただ柊さんがにやりと笑い、手伝ってくれた氷室姐さんが笑うだけだ。


「……どちらも面白い趣向だった。同じ題材で同じ揚げ物と言う品にも関わらず、それに当たる方向性は真逆。これより審議に入るために、しばし待たれよ」


 神様達ががやがやと審議を始めたのを見ながら、あたしは皆に朝餉を運び始めた。他の神様方も、今回は普通に食べてくれるのに、正直ほっとする。

 審査員の人達以外は椿さんが見てくれた生薬から、ユリ根を浮かべたあっさり粥を配った。出汁は干し貝に取り、浮き身のユリ根と一緒にさっくりと食べられる。

 料理人さんや巫女さん達には賄いを。出汁に使った干し貝や他の出汁に使ったかつお節や昆布を混ぜ込んだご飯のおにぎりだ。それを頬張りつつ、皆で審議を待つ。


「ん、賄いが随分と豪勢だべなあ」


 柊さんがそう言うのに、あたしは苦笑する。


「出汁取ったもんを全部混ぜご飯にしただけっすよ。もっといろいろできるといいんでしょうけど、すみません。今日は御前試合があったんで」

「いやいや。まあ、おめさんの伸びしろが怖いべなあ」

「はい?」

「年頃の女っつうのは、恋愛沙汰になった途端に他の事をないがしろにするべ。そのせいでこの数年は、神域で女が神隠しになった例っつうのはあんまり見た事がねえべ。だが、おめさんはそれがねえからなあ……」


 ……そりゃ、そうだ。

 ご飯係じゃなかったら見てもらえないのに、ご飯係の役割捨ててどうしろっつうんだ。悪気ないんだろうけれど、柊さんの言葉でざりっとなっていたら、言った張本人はどこ吹く風だ。


「まあ、せいぜい頑張れや」

「そりゃ頑張りますよーだ。本当に本当に」

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