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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
31/79

御前試合・五

 次の日、あたしはいつもよりも早めに起きて(それこそ、未だに狐の嫁入りが中庭を横断しない位の早さだ)、急いで朝餉の下ごしらえを済ませた後、今日の御前試合の課題作りに取り掛かる。

 鮭を三枚におろしてみると、ぷりんと脂肪の詰まった身が顔を覗かせて、あたしは思わず「くぅ~……!」とうなった。

 これだけだったら、正直焼いて食べただけでも充分美味しいと思うけれど、これを課題として作ってしまわないといけない。

 あたしは急いでもらったもので調味液を作ると、鮭の方にも下ごしらえを済ませてしまう。

 本当に純粋な割烹料理の場合は、スパイスってあんまり使わないんだよね。確かに七味唐辛子はあるけれど、あれも唐辛子を日本の料理に合うように調合しているから。一味の純粋な唐辛子だけだったら、どうしても一点だけ尖ってしまって、味が割烹料理に合わなくなってしまう。

 だからあたしの料理は、邪道と思われてしまってもしょうがないけれど。

 菜種油を鍋に入れると、火の神に声をかける。


「それじゃあ、これ。温めてくれる? 菜箸で叩いたら、ちょっとだけ温度を下げて欲しいの」

「分かったんだぞ。でも一体りんは何を作るんだ?」

「いろいろ考えたんだけどね。直球勝負だったら、絶対に柊さんに圧勝されちゃうから、変化球」

「でも……こんな時間から仕込むのか? 朝餉……なのに?」

「今からじゃなかったら、流石に間に合わないもん。氷室姐さんにも無茶を言ったしねえ」

「ふわあ……まあったくだよ……」


 あたしが油に鮭の切り身を投下していると、あくびをしている氷室姐さんが出てきた。あたしはぺこんと頭を下げる。


「本当、今日は無茶言ってすみませんっ」

「ふわあ……まあ、いいんだけどねえ……でも、あたしに頼まないといけないもんって、何だい?」

「あ、ここって冷蔵庫がないから。そりゃ野菜や食べ物を入れるための倉はあるし、確かに涼しいけれど、料理のために冷やすって肯定を、ここだとできないから」

「冷やす……のかい?」


 氷室姐さんは随分と眠そうに、目を擦り上げながら、不思議そうに目をパチパチとさせていた。まあ、そうだよね。朝も早過ぎだし。

 あたしはパチンパチンと揚げた鮭を取り出す。

 鮭にはうっすらと片栗粉をまぶして揚げた。これで、調味液が絡みやすくなる。

 調味液には、駅と一緒ににんじんと長ネギを細切りにした。これと一緒に鮭を漬け込む。

 料理って言うのは、冷やす肯定が一番味が染みやすくなるんだ。だから、氷室姐さんを呼んだんだ。

 器に入れたそれを、氷室姐さんはまじまじと見た。


「はあ……これを冷やせばいいんだね?」

「はい、お願いします」

「ふうん……でもこれって」

「あ、はい。南蛮漬けです。柊さんが何を出すのかは分かららないけれど、あたしの今の精一杯は、これで」

「ふうん……でも不思議だねえ……朝から揚げ物って、宴会二日目には結構きつめに感じるんだけれど」

「だから、椿さんにもらった香辛料があるんです」

「ふうん……?」


 氷室姐さんは本気で分かってなさそうだけれど、まあいっか。

 冷えるとにおいって鈍くなるから、どうしても食べなければ、香辛料の真価は発揮されない。

 でも、それでいい。


****


 朝になって、昨日も通った中庭に出てみて、思わず「うわあ……」とうめいてしまった。

 昨日は女神様達の立ち食い広場と化していた中庭には、あたしと柊さんが座る席。向こうには審査用の席だろう、赤いシート? それが敷かれて、そこの神様、女神様が座っていた。あの人達が今回の審査員って事らしいけれど。

 氷室姐さんに冷ましてもらったものを取りに行った際、まだ柊さんは来ていなかったのを見て、あたしは「んっ」と思う。

 ギリギリにならないとできないって事は、柊さんの料理は昨日の仕込みに加えて、審査ギリギリに出さないといけないものって事だ。

 昨日作っていた鮭の出汁……あれを使って作るものって何だろう。

 あたしも自分の分の南蛮漬けを、にんじんと長ネギを添えて、南蛮漬けらしく盛り付けた後、恐々と待っていたら。


「よっと。お待たせしました」


 柊さんが意気揚々と出てきた。

 漂ってきたにおいを嗅いで、あたしは自然とお腹が鳴るのを感じる。

 湯気はほこほことしていて、香ばしいにおいが漂ってくる。この料理は……。


「ふむ。品名を示せ」


 蛇神様は仰々しく言うのに対して、柊さんはどこまでも飄々とした口調だ。


「はい、鮭の煎餅茶漬けになります」

「ふむ。煎餅?」

「はい、どうぞ」


 そう言いながら、審査の神様達に柊さんはお椀を配って行った。

 表面は明らかに分厚い衣でカリッと揚げられた鮭が乗り、ご飯には出汁がたっぷりとかかっている。これ……。

 あたしは内心ギクリとしていた。

 ……あたしとコンセプトが真逆だけれど、料理、被ってる。

 どっちも揚げ物。どっちも汁の方が本命。

 しかも。

 温かいのと冷えているの、薫りが強いのは明らかに温かい方だ。

 衣は多分、神社に奉納されている煎餅を叩いて潰して粉にした奴を使ってるんだろうね。普通の米粉を使ってもさっくりとした衣になるけれど、煎餅を使えば煎餅自身についている醤油の香ばしさをそのまんま茶漬けに再現できるし、米自体が油をあんまり吸わないから、身がべったりとしない。

 おまけに。鮭の骨から取った出汁。鮭に鮭の出汁を使うって、旨味が倍増して、絶対に美味しい。間違いなく美味しい。

 うーわーあーあー。

 神様方が柊さんのお茶漬けを食べているのを見ながら、あたしは慌てていた。

 においだったら、絶対に負けた。頑張ったけれど、負けた。

 あたしがそうパニックを起こしていたら。


「もう、りん。あんたひっどい顔してるよぉ」


 さっきまで手伝ってくれていた氷室姐さんがポンッと肩を叩いてくれた。

 あたしは涙目で氷室姐さんに振り返る。


「いや、あたしも考えたけれど、昨日出したものと被りそうな気がして、避けたんです。鮭茶漬けは」

「トマト麺とかい?」

「はい……どちらもすすって食べるものなんで」

「ふうん、だから避けるだろうものをわざと作ったんだね。あの料理人も。経験も勘も技術もあっちの方が上なんだからねえ、まあ、負けても勉強にはなるだろうさ」

「そうなんですけど、コンセプトが一緒っつうのが、そもそも」

「でも、あんたの食べてからじゃなかったら、結果なんて出ないだろうさ」

「……っ、まあ、そうなんですけど……」


 氷室姐さんがざっくりと言うのに、あたしはうな垂れる。

 手伝ってもらったのに、酷評だったら悔しいなあ。せめて。

 せめて、「美味しかった」だけでももらえたらいいのに。

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