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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
29/79

御前試合・三

 食糧庫を見ながら、あたしはあれこれと考えていた。

 今日作ったのはトマト麺。恐らく柊さんは自分の得意料理で来るんだから、正統派の割烹料理で来るはず。正統派で行ったらあたしはまず負けるから、柊さんに勝てなくってもいい。ただ今のあたしの精一杯を作らないと、あたしの事を勝ってくれている柊さんにも申し訳ないし……御先様に申し訳ないなって思う。あたし、あの人の料理係だもの。

 鮭に合うのは、やっぱり季節のもの。キャベツ、玉ねぎ、にんじんも季節のものが一番栄養価があるし、美味しい。でもそれと和食はなかなか結び付かないな。

 鮭は無駄な所がまずない魚だし、できる事だったらまんべんなく使うのがベストだとは思うけれど、どうしたもんかな……。

 野菜を一つ一つ見ながら、うーんうーんと考え込んでしまう。

 何より問題なのは。

 正統派の割烹は出汁が命。十中八九、柊さんは美味い出汁で鮭の旨味を余す事なく出してくるだろうから、鮭の美味さを最大に出さないといけないと言う事。

 酒で荒れた胃に優しくって、鮭の旨味を表現できるって何よ。

 あたしが「うーんうーん」と悩んでいる中。


「あら、あなたは」


 弾んだ声をかけられて、あたしは思わずびっくりして振り返ってしまう。

 いたのは付喪神でも神様でも、料理係をしている獄卒でもなく……人間だった。しかも、兄ちゃん以外では久々の。緋袴を履いた巫女さんの女の子だった。ええっと、もしかしなくっても、神様にセクハラされて閉じ込められてた子の一人かな。

 セクハラされかけてたのを「大丈夫ですか!?」と言うのも変な気がして、あたしは思わず押し黙っていると、ぺこりとその子は頭を下げてくれた。


「今朝はありがとうございました……!」

「ええっと……」

「蛇神様、結構アレな神様だとは聞いていましたが、まさか皆で倉庫に閉じ込められるとは思ってませんでした。料理係の人達が助けてくれなかったら、どうなってたかと思うと……」

「い、いやあ……無事でよかった。あたしは単純に、ご飯作ったのに食べてくれる気ないし、セクハラするきっかけ与えるって言うのも気に食わなかっただけなんだけどなあ……」

「それ、女神様達も言ってた事ですよ」


 そう言ってニコニコと笑っている女の子に、あたしは自然とほっとする。もしも「怖かった」と泣かれてしまったら罪悪感があるし、そこで逆ギレされちゃってもしょうがないもんなあ。

 でもどうしてこんな所にいるんだろ。お酒だったら杜氏の兄ちゃんが取りに来るだろうし、食材だったら料理係以外出番ないだろうし。肴? それはそれで、蛇神様の一件を思うと香ばしい気がする……。

 あたしが思わず首を傾げている間に、彼女は「失礼しますね」と言いながら、戸棚をがさがさ漁り始めた。


「そう言えば……巫女さんは出雲大社の方ですか?」

「ああ、私も元々は巫女のバイト募集で来たんですけれど、まさか神様の接待役とは思っていませんでした。まあ巫女バイトって、奉仕って言うんですけどね」


 いいのか、それは。あたしは思わず遠い目になったけれど、あたしみたいにのっぴきならない状況で神隠しよりは合意があった分だけマシなような気もする。

 そして彼女が漁っている棚を見て、あたしは思わず首を捻る。そっちは乾物置き場で、干し椎茸やら昆布やら、出汁に使うようなものしか置いてないはずなのに。


「そう言えば巫女さんがこんな場所に来るなんて意外でした。ここ料理用のものしか置いてないって思ってたんですけど」

「乾き物ですからねえ、ここに置く方が都合いいのやもしれません」


 そう言いながら彼女が取ったものを見て、あたしは目が点になった。


「ちょっと神様方の中で胃が荒れた人がおられたので、生薬を調合するんです」

「これって……シナモンですよね?」

「ああ、そう言えばそうですね。生薬としては桂皮、ですけれど」

「けいひ……ああ」


 彼女ががさがさと取り出した一連の生薬の材料を見て、あたしは思わずはっとなる。


「これって、料理とかに使ってもいい奴ですか!?」

「ええっと……まあ、ここにあるものは神様方のためのものですし、料理に使うのも生薬に使うのも、大丈夫ですよね……」

「ありがとう……! あ、巫女さんはどうして生薬を?」

「一応、趣味で薬膳勉強しているから、その影響で神様方の体調管理も任されて……」

「そうですか! ええっと……名前は大丈夫ですか、聞いても。本当の名前じゃなくって、愛称で……あ、あたしはりん、です」

「知ってますよ。今朝の一件はもう、皆知ってるんじゃないですか」


 あたし、そこまでやらかしてたのか!? いや、訂正。やらかしたような気しかしないわ、これは。あたしの反応に巫女さんはちょっとだけ驚いたような顔をしたけれど、すぐに微笑んでくれた。


「私は、椿です。大丈夫、ちゃんと愛称ですから」

「じゃあ椿さん、ここの生薬、ちょっと下さい……!」

「いいですけど……これで料理作るんですか?」

「はいっ!」


 あたしは胸を張った。

 そっか、薬膳って言うと中華料理の系統になっちゃうから、すぐには思いつかないけれど。薬膳に使われてるもののほとんどは、スパイスの名前の方が知られてて、日常使いされているものだ。

 元々トマト麺作っちゃった位だし、スパイスを使っても問題ない。でも、全部を全部、そっちには寄らせない。

 考えよう、明日のご飯を。


「多分、日常使いのスパイスと違って荒目だから、ちょっと使いには向いてないと思うの。だから使う際は、乳鉢でちゃんとすりおろして、適量使ってね。薬もスパイスも、多量に使うと逆効果だから」

「ありがとうございます!」


 生薬についてちょっとだけ椿さんに助言をもらうと、あたしはもらった生薬に、材料を取りに行った。本当は早朝からの準備が妥当だけれど、今晩から仕込んでないと、もう時間が足りないや。

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