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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
26/79

神様は意地が悪い・二

 出汁の匂いが漂い、その中、きゃらきゃらとした女神様の声が響く。最初はどうなるかな、もしかしなくても怒られるかなと思ったけれど、そんな事はなく、持って来たトマト麺も順調になくなっていく。しかし巫女さん達大丈夫かしらん。助けに行かなくって。

 あたしはそう思いながらせっせと麺を茹でて、出汁を注いでくれる人に器を回している時だった。

 ズカズカと言った大股で歩く足音が響いてきたのに、あたしは一瞬喉を「ひゅん」と鳴らした。冷ややかな空気は、いつか機嫌が悪かった御先様の事を思わせた。でもこの冷やかさは、御先様のふてくされている時の否ではない。


「一体何の騒ぎかえ、この中庭のは……!」


 そう怒鳴る声は、言葉こそあんまり穏やかではないものの、声色はやけに澄んで聞こえた。一体どんな声帯しているんだろう、それとも現世じゃなくって神域に長い事いると、声色まで神様って感じになるの? あたしは全然そんな声じゃないけれど。

 出てきた人は、烏丸さんみたいな山伏みたいな格好の人だった。でも烏丸さんみたいに背中に大きな羽が生えている訳じゃなく、全体的に白粉塗りたくって真っ白だし、眉は麻呂眉、口にはおちょぼ口に紅を差している。普通に考えたら平安貴族チック過ぎてイケメンには程遠いはずなのに、顔の造形はびっくりする位に整っている。あれかな、時代を超えて信仰が強ければ強い程に美形に見えるって奴なのかな。

 あたしが思わず逃避している間に、その神様はこちらに怒鳴り散らしてきた。


「何だ、料理番がこんな所で。厨を使うと言う発想がないのかえ!?」


 ……まあ、予想はしてたしなあ。そう言いがかりを付けられるのは。料理長さんが神様に声をかけようとする前に、あたしが一声言って頭を下げた。


「すみませんっ! 朝餉当番はあたしですっ!」

「はあ? 貴様かえ?」

「はいっ! 朝餉に麺を出そうとしましたが、このままだと伸びてしまうなと思いまして、それで中庭で料理させていただきました! お騒がせしてすみませんっ!」

「ほう……女中がおらなんだか?」


 巫女さん達を! どっかに閉じ込めたのは! お前らの方だろうが!

 でもあたしが今それを言っても巫女さん達が罰と称して何されるか分からんし、本当の事を言っても巫女さん達が……で、あたしが今逆らって嘘を言った場合は……どうなるんだろう。あたしが罰を受けるの?

 あたしが思わず迷っている間に。


「そんな事を言うものではないぞ、蛇神よ。巫女殿達が見当たらなんだで難儀しておったそうだ。神域で神隠しとは、穏やかではないな?」


 そう言って助け船を出してくれたのは海神様だった。海神様……! ありがとうございます! 内心ガッツポーズを取っているけれど、平安貴族改め蛇神様はちっとも許してくれる気配がない。


「貴様も随分とはしたない真似をするな、神聖な中庭で乱痴気騒ぎなどと」

「そんなものはしていない。貴公こそ、巫女殿達を捉えてどうされるおつもりだ?」


 海の青に蛇の白。二つがばちんと合わさって火花が散ったように見えた。美男美女がにらみ合うと、美形が一人怒っている時以上に迫力がある……怖い怖い怖い……! そうは思うものの、あたしもどうやって間に入ったがいいかわっかんないよ。あたしが思わず頭を抱えている間に、氷室姐さんがちょいちょいとあたしの方に手を振ってきた。


「あの、氷室姐さん?」

「毎年毎年、蛇神は陰険なんだよ。若い女子が大好きだからね~、今のまんまあんたまで喧嘩売ってたら食われてたよ。だから海神様が間に入ってくれたって訳さ」

「はあ……!? そんなの困るんですけど!」


 まあ待てよ。今、まだ朝だよそのはずだよ。何いきなり下ネタ飛ばしてきてるんだ、不謹慎かどうかはともかく、朝っぱらから何言ってんだよって話なんですけど。あたしが思わず頭に血が上りそうになるのを、氷室姐さんは「まあまあ」と暢気に笑う。神様同士の場合はそんな事ないのかな、下ネタの餌食……って言うのは、海神様が心底嫌がってるからなさそうだけれど。

 氷室姐さんはあたしの心境はまるっと無視してカラカラと笑う。


「まあ、御先様と同じような事してれば気が済むさね」

「御先様と同じって……あたし、何すればいいんでしょ?」

「料理作ってれば問題はないさ」

「いや、そもそも。現在進行形で、揉めてるんですけど……」

「まあ。あんなんいつもの事だから。放っておけばいいよ」


 そうあっけらかんと言う氷室姐さんに、あたしは思わず頭を抱えてしまう。いや、放っておけって、むっちゃ怖いし、間に入るの嫌なんですけど……!

 でも氷室姐さんはぴんっと人差し指を差して、辺りを指差す。料理番さん達は呆気に取られた顔して、海神様と蛇神様のいざこざを見守っているけれど、一部の人達は無視してトマト麺を食べながら見物している神様達にお替わりとか出している。


「ご飯食べりゃ、落ち着くもんさ。んでもって、楽しめればいい」

「……ご飯を食べて、下ネタ以外で神様を楽しませる……あ」


 マンガの読み過ぎかもしれないけれど。一つ思い付きがあって、あたしは思わず氷室姐さんに頭を下げた。氷室姐さんは楽しげに笑っているだけだ。あたしは神様達のいがみ合いを無視してトマト麺を出している料理長さんに声をかけた。


「あのっ! すみません!」

「随分大変な事になってるけれど、朝餉は充分出せそうだよ」

「全員食べられるといいんですけど。男神様達、まだ食べられてないみたいですし」

「まあ、やった事がやった事だしねえ」


 うん、集団セクハラだしね。それで女神様達に嫌がられてるしね。って、そうじゃなくって。あたしは料理長さんに一言言った。それを聞いて、料理長さんは少し驚いた顔。


「そりゃ、過去にも例はあるが」

「あったんですか!」

「まあね、料理番は皆が皆、自身の料理を神様に食べてもらっている訳だから」

「じゃあ……!」

「……これは、私が言うべきだろうね」


 そう言いながら、「皆様に料理を出してあげなさい」と言って、鍋を残して料理長さんが二人の神様の間に立つ。


「申し訳ありません、二柱。お話の最中に。少し、料理係と話をしました」


 料理長さんが腰低く二人の間に入るのに、あたしはトマト麺を取りに来た神様にまたお椀一つ渡しながらじっと見た。


「これでは神様方にしこりが生じましょう。どうでしょうか。ここで御前試合をなさいますのは。二柱がそれぞれ選ぶ料理係で競い合わせるのです。内容は二柱が取り決めて下さいますれば。何、ここにいます者達は、皆が皆腕の立つものばかりです。存分に楽しめましょう」


 朗々とした声が響いた。途端に沸き上がるのは、楽しげな歓声。御前試合って言う名の料理勝負であり、料理をしていても大会にまで出た事がある人なんて何人いるのか。

 あたしだって調理学校入学レベルまでの腕しかないし、それでもどうにか工夫してここまで来ただけだ。それでも。やってみたいし、これの審査って形であったら、ここまで来てご飯を食べられない人達もご飯が食べられると思ったから。ご飯を食べられないって言うのの方がきついし、何よりも。御前試合している間に、巫女さん達を助けて欲しいから。

 蛇神様は料理長さんの言葉に心底嫌そうな顔をしたものの、やがて溜息をついて、袖で口元を覆った。


「……食べられるものであろうな? 朝餉のような訳の分からないものではなく」

「それは失礼。……食べられないものを出すのが料理番の仕事ではありませんゆえに」

「ふん、勝手にすればいい……」


 そう言ってぷいっとそっぽを向いてしまったのに、歓声がいよいよ高まった。

 大変な事になったような気がするけれど、でも。多分。

 楽しいはずなんだ、きっと。

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