神様は意地が悪い
昨日、試食会をした通り、あたしは打ち粉を振るいながら、麺を作り始めた。トマト麺だし、八百万分をたった一人で作るとなったら大変だ。巫女さん達に伸びないようにできた分をすぐに届けてもらわないと駄目だしなあ……。
とりあえず先にトマトの湯剥きを済ませておき、出汁を作っておく。巫女さん達が来たらすぐに運んでもらうようにしないとな。大人数分を作るって言うのは、実家の時の仕込みでさんざんやったから問題はない。麺を手早く茹でて湯切りするって言うのも何とかできるけれど、出すタイミングだけは料理人じゃなくってカウンター……今回の場合は女中役をしてくれている巫女さん達になるんだけれど……になる訳だから、あたしでどうこうなんてできないもんな。
出汁の味見をし、いい塩梅になった所を火の神に猪肉の端っこをあげつつ、巫女さん達を待つ。
……日がだんだん昇ってきている。既に外をしゃんしゃんと鳴っていた鈴の音は途切れ、現世であったらチュチュンとすずめが鳴いていそうな時間だって言うのに、未だに巫女さん達が来ない。ちょっと待ってよ。
流石にこれってまずくないかなと思ってあたしは火の神を見る。火の神はマッチ棒みたいに細っこい腕を組んでいた。
「……やられたな」
「ちょっ……やられたって、何が?」
「言っただろ、何度も。出雲の神は意地が悪いって」
「聞いてたけど……それと巫女さん達が来ないのと、何の関係が?」
「多分、巫女さん達、閉じ込められてるんだぞ。普通ここまで来ないとなったら、巫女さん達だって罰が与えられるはずなんだぞ。それが来ないのはいくら何でもおかしいんだぞ」
「そんな……何でそんな意地悪するの」
「意味なんかないんだぞ。そんなのに」
「ちょっ……」
「だって神は意地が悪いんだぞ? 気に入った人間はさらうし、自分より下には威張り散らすしな」
火の神に言われて、あたしはくらくらとしてきた。頭が痛い。何でそんな意味のない、意地の悪い小学生じみた事を、一応はうやまうべき存在がさも平然とするのよ。
でもこれじゃあ、運べないし、伸びてしまう。今から別のものを作ったら、確かに伸びないけれど。でもそれじゃあ巫女さん達が仕事しなくって怒られる事には変わりないし、今作った出汁が無駄になってしまう。
どうする? どうする?
そう思って頭が痛くなった、その時だった。
「おう、どうしたんだい? まだ朝餉が出されてないじゃないか」
気遣わしげにやってきたのは料理長さんだった。あたしは思わず火の神を見ると、火の神はあっさりと言ってくれた。
「ここの料理人達は、大丈夫なんだぞ。おれがずーっとりんの替わりに見張っててやったからな!」
「そっか、ありがとね」
あたしは意を決して、料理長さんに口を開いた。
「すみません、全然運んで下さる人達が起きなくって」
「ああ……神様のいたずらが始まったか」
「何ですか、それ」
「巫女達に仕置きする動機が欲しいんだよ」
「はあ? 何するんすか」
「あー……年若い子は気にしない方がいいよ」
あたしは一瞬意味が分からず、料理人さんを見る。が、次の瞬間意味が分かってしまった。
はあ? 巫女さんにセクハラアーンドパワハラを強いて、仕置きする? はあ? その上あたしの料理が食べられないと?
じょーうだんじゃない! つうか、御先様はこれに関わってはいないわよね!?
あたしは思わずギュンッと火の神を見ると、火の神はビクッと火花を飛ばしてあたしにない首を振る。
「多分御先様、そんな事より帰りたいって思ってると思うんだぞ……」
「うん、ありがとう、センキュー」
「せんきゅう?」
火の神があたしの英語にはてなマークを浮かべている中、あたしは肩を怒らせて、捏ねて切って、後は茹でるだけになっている麺を竹ざるに乗せていた。そして出汁のたっぷりと詰まった鍋を、どうにか火から降ろす。
「……どうするんだい、もうすぐ朝餉の時間になるが」
「ふっふっふ……神様が朝餉前にえっちぃ事するために巫女さん達に嫌がらせして、それが原因であたしの料理が食べられないぃ? 料理なめんじゃねえわよ。料理係なめんじゃねえわよ。御先様がそれに関わってないのは安心したけど……」
あたしは「ころーん、ちょっと運ぶの手伝ってぇぇぇぇぇぇ!!」と叫ぶと、ころころところんが走ってきて、あたしが熱くないよう布巾を敷いた大鍋を担いでくれた。あたしは水を張った鍋に、ざるに乗せた麺を持つ。
それに料理長さんは引きつった顔をした。
「……何をするつもりだい」
「エロい事考えてた神様達に、お仕置きしようかなあ~っと。あたし、つくづく今日の朝餉の献立、トマト麺にしててよかったと思いましたよ」
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料理長さんと、話を聞いて手伝いに来て下さった料理係さん達で、庭に出る。狐の嫁入りの後で湿った庭はつやつやしていて、秋桜や野菊が咲いているのがとっても雅だ。
ころんに頼んで飛び石の上に大鍋を降ろしてもらうと、薪と一緒に火の神に火を起こしてもらう。たちまちトマトと猪肉、昆布の混ざった甘酸っぱい出汁の匂いが立ち込めてきた。
もう一つの水を張った鍋も飛び石の上に置いて、薪を置くと「火の神、大丈夫?」と聞いた。あたしが神様達にお仕置きなんて言うものだから、たちまち火の神はいきいきし始めたのだ。
「それじゃあ、やるぞ」
「うんっ」
出雲に行く前と同じく、ぽんっと言う音を立てて、火の神は分裂してくれた。それでお湯を沸かし始める。料理係さん達は持って来てくれた卓上の上に器を並べてくれるもんだから、どうにかこれで体裁は整えられた訳だ。
あたし達の立っている場所の向かいが、神様達の宴会場がある訳だ。
「おやおや、何だい。りん。料理がぜんっぜん来ないから何かあったんじゃないかと心配してたんだよぉ?」
ひょいっと宴会場から顔を覗かせて出てきてくれたのは、氷室姐さんだった。やった、女の神様だ、話がまだ分かってもらえそうな! あたしは「おはようございまーす、今から麺を茹でますけど食べますか?」と笑いかけた。
「そりゃ食べるけど……巫女さん達はどうしたんだい?」
「それが……」
あたしはひそひそと氷室姐さんの傾けた耳にそっと耳打ちすると、呆れたように顔を歪めた。
「はあ……とぉきどき阿呆な事やってると思ったら、それまた阿呆な事をやるもんだねえ。あっきれた」
「そんな訳だから、ここで立ち食い状態で出そうかなと思うんですけど……これってあたし、上の神様達をむっちゃ敵に回しますかねえ?」
だって。偉いからって巫女さん達にセクハラパワハラするわ、それでご飯くれって癇癪起こすわって、たまらないし。御先様だってパワハラはするよ。でもセクハラなんてしないもん。
あたしのその言葉に、「はあ~……」と氷室姐さんは溜息をついた後、けたけたと笑った。
「女神連中は皆あんたの味方をするだろうさ。だから大丈夫。立ち食いなんて品がないとか言う奴は食わなきゃいいんだから問題はないさね。ご近所の海神様にもお声かけてくるからさ、ちょいとお待ちよ」
「わっ! ありがとうございます!」
あたしはペコリと頭を下げた。
氷室姐さんは一旦座敷に引っ込んだけれど、すぐに戻ってきた。そしてざわざわとこちらにやってくる人達が見られた。皆色とりどりの着物を纏っていて、明らかに人間よりも美形に見える人達。いや、女神様だ。
「おお、いい匂いがしていると思ったらそなただったか、久しいな」
「海神様! お久しぶりです!」
氷室姐さんが連れてきた中には、以前に昆布とか乾物をわんさか兄ちゃんのお酒と交換して下さったご近所の海神様もいた。出汁の鍋を眺めて、海神様は何だかうきうきしている。
「これは一体何じゃ?」
「ええっとトマト麺を出そうと思うんです。出来立てじゃないと麺が伸びてしまいますから、すぐ運んでもらおうと思っていたんですが……」
「ああ、ああ……男衆がすまない事をしたな。料理番よ。でも安心せよ。女神はそんな事はせぬ故な。さて、並べばよいのだろうか」
「あっ、そうですね。あちらです」
氷室姐さんが女神様達を呼んだ時から、既に料理係さん達がお椀の準備を整えてくれていた。女神様達が並んで下さったら、お椀にすぐに出汁が注がれ、それを見ながらあたしは大鍋に麺を入れて湯切りをする。
食堂形式だし、立ち食いだし、女神様達怒るんじゃないかしらんと思っていたけれど、女神様って言うのは柔軟な姿勢の人が多いらしい。最初は卓上に持たれながら食べると言うのに驚いていたけれど、すぐに「美味しい」「美味しい」と食べ始めてくれたのには、正直ほっとした。
「やれやれ……一体どうなるかと思ったけど」
「すみません、巻き込んじゃって」
「いやいや、これで巫女さん達も嫌がらせはされないだろうさ。だがまあ……男神様達はどうなるんだろうねえ」
「そうっすねえ……」
エロい事しようとした男神様達は、いい匂いと女性陣のうふふきゃっきゃな声を聞いて、腹を減らせていればいいと思うんだ。そのためにわざわざ中庭で立ち食い麺やってる訳なんだから。伸びた麺なんて食べられる訳ないでしょ。
……御先様、来れるといいなあ。男神様達は多分歯ぎしりしてるだろうけど、御先様はそんな事しないもん。しないって、信じてるもん。




