表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
24/79

神在月の朝餉

 御先様におにぎりを差し出した後、あたしはころんと一緒に急いで厨に戻った。料理長さんやうずらさんに、朝餉の試食を頼んだら快くオーケーもらえたのには、正直ほっとした。うん、あたしも記憶にあるだけのものをそのままひょいとは出せないもん。

 トマトに猪肉、ネギ、小麦粉。出汁はお吸い物を作った際の削り節と醤油で作ろう。幸いお酒はいっぱい奉納されているから、料理酒には困ってない。御先様の神域に帰った際、兄ちゃんに頼んで酒粕とか日本酒とかもらおうかな。そしたらもうちょっと料理のレパートリーが増えそうな気がする。

 あたしはひとまずトマトを湯剥きし始めた。皮がペロンとめくれたところの果肉を分けていると、トマトを見て料理長さんは不思議そうな顔をして眺めていた。


「はあ……確かにトマトは酔い覚ましにゃ効くが、まさかそれを朝餉に持ってこようとするたぁ思わなかったなあ」

「あたしも酒飲めないんで、人の酔っぱらった時の酔い覚ましでしか、感覚が分かんないっすよ。でも」


 飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。一般人だって正月の三か日がいっちばーん食べ過ぎ飲み過ぎで身体を壊しやすい頃だから、それだったら分かるんだよね。

 カロリーだけはたっぷり取りまくっているから、お腹はパンパンになっちゃって、ちょっとした刺激ですぐに嘔吐に繋がったり腹を壊したりってなっちゃう厄介な時期。

 もうちょっと宴会が進んだ頃だったら、おかゆとか雑炊とかの方が胃に優しいんだろうけれど、あんまり栄養のないものばっかり食べてたら、身体の方が弱っちゃう。

 ……まあ、神様の場合はどうだか知らないけれど、味の濃いものばっかり食べていると、味の感覚が麻痺して鈍っちゃうから、一度リセットは肝心なんだよねえ。だからちゃんと栄養摂って、五感の調子を戻さないといけない。


「今からしじみ汁とかって、かえって身体に入らないと思うんですよ。同じような味付けばっかりになったら、飽きちゃいますし。だって神様って、あたし達よりずっと長生きしてて、あたし達よりよっぽどいいもの食べてるはずですから」

「なるほどなあ……で、これを半分は麺に練り込むと」

「はいっす」


 あたしは料理長さんに頷くと、そのまま小麦粉をすり鉢に入れた。水とトマト果肉と一緒に力を入れて、必死で叩きつけて捏ねる。要はトマト入りのうどんみたいな麺って所だ。

 出汁は懐石料理で出したすまし汁と同じく、鰹節出汁に醤油、その中にトマト果肉の残りを放り込んでおいた。猪肉は日本酒とネギを一緒に煮て臭みを取ってから、出汁の方に放り込む。その出汁を一旦味見用にお椀に注いで、皆に配った。


「ふむ……トマトと猪肉と出汁ってどうなるかと思ったが……案外合うなあ」

「はい。出汁の成分がいいらしくって」


 正直、和食の組み合わせでも、最近はトマトと和食って言うのを案外馬鹿にはできないんだよね。おでんにトマトを入れる人だっているし、トマトの寒天寄せは和食の会席料理でも出す所は出すし。

 トマトと鰹出汁の相性は最強で、鰹出汁と猪肉……この場合は豚肉かな……の相性も最強、猪肉とトマトの相性も最強となれば、最強三すくみで美味しいはずなのだ。

 トマト生地は打ち粉を振るった台でしっかりと伸ばして、包丁で切り分けた。それを大鍋で茹でる。うどんみたいな食感になってるはずだけど、大丈夫かな。浮き上がった麺をお椀に入れて、トマト出汁を注ぎ入れた。トマトの赤とピンク色の麺が色鮮やかで、そこにネギを刻んで添えたら、色も鮮やかになった。

 それを料理長とうずらさんはまじまじ眺めながらすすってくれた。それを咀嚼しながら二人が腕を組んでいるのを見て、あたしは内心ひやひやとする。

 ちゃんと臭み消しはしたけれど、それでも脂っこいとかだったら、胃にダメージを与えるから、出しちゃ駄目だよなあ。

 だからと言って、普通のネギうどんにするって言うのも、ちょっと却下。栄養が偏り過ぎだもの。せめて肉追加したネギうどんだったらいいけれど。

 ドキドキしながら二人を見守っていたら、出汁をずずりとすする音まで聞こえた。


「ふうむ……ちゃんと下茹でしてあるから、もっと脂っこいと思ったけどこれだったら朝に出しても大丈夫だな。神様方は料理に関しては面倒臭い。胃が荒れ始めた頃に脂っこいものを出すと怒るし、ずっと粥みたいなものを出しても怒る。さりとて朝から会席も食べられないから、自然と一品料理に偏るが……これならば大丈夫だろう」

「はあ……ありがとうございます。あの、神様も朝からお酒を飲むって事はないんですね?」

「そりゃ八百万だったら、中にはそんな神もいるが、そんな方は事前に自分の所の杜氏を呼んで酒の用意をさせるからなあ。もし酒の肴を用意しろと言われたら、アドリブで作るしかない」


 ……わ、わがままだな、本当に……。あたしは思わずそんな無茶ブリされたらどうしよう、と内心ひやっとしたものを感じつつ、頷いた。


「分かりました……それじゃあ、明日はトマト麺で乗り切ります」

「うん、頑張りなさい」

「はいっ……!」


 明日はトマト麺で、ちょっとは驚いてもらって喜んでもらえるといいんだけれど。問題は次からだよね。朝に胃に優しくって、酔い覚ましによくって、ついでに身体によさげな栄養価のあるものって考えると……なかなか難しいもの。

 まあ、明日になったら明日の懐石料理がある訳だから、それを見ながらアドリブしていくしかないんだろうなあ。

 ……たった一日でグロッキーになんてなってられないし。ファイト、おー。

 あたしはそう心に決めながら、料理係のあてがわれた部屋へと歩いて行った。

 普段御先様の神域で使っている納屋よりも、出雲の神域の使用人部屋の方が布団がふかふかしているのは何かあるのかしらんと思いながら、ひとまずあたしは布団を敷いた。

 ここに連れて来られた人達は、人間もいれば地獄の獄卒みたいな見た目の人達もいる。幽霊みたいに顔色が悪過ぎる人達もいるし、中には付喪神みたいに、明らかに人間とも鬼とも違う見た目の人達もいる。そんな人達が畳の上で布団を敷いてグースカ寝ているって言うのは不思議な感じだ。

 横になると、今日は一日料理以外にも肉体労働していたって言うのが分かる。腕の筋と言う筋や、太股のラインが突っ張って、すっごく痛い。その痛みと疲れが、布団に横になった途端にじわじわと溢れて来たもんだから、そりゃ夢も見ないで眠りについてしまう訳で。

 神隠しされてから、一体どれだけ経ったのかは分からないけれど、少なくとも、ここでもあたしは、夢を見ないほどに、泥のように眠りこけてしまった。


****


 しゃらん

 しゃらん

 しゃらん

 しゃらん


 日の出前に起きないと、朝餉の準備ができない。懐石だったらともかく、たった一人で八百万の食事を作らないといけないんだから、それ位には起きないと間に合わないんだけど。

 まだ外も真っ暗で、神域のせいか起き上がった瞬間ブルリと震える位澄んでて冷たすぎる空気が肌を突き刺すんだけれど。

 それより先に、耳に滑り込んだ鈴の音の方が気になった。

 あれ……何の音よ。

 あたしはごそごそと服を着替えて、まだ眠っている人達を起こさないように踏まないようにしながら、そろっと廊下へと出て行った。

 人の気配も神様の気配もない洗面所で顔をさっぱりとさせてから、長いうねうねとした道を通りながら、厨へと向かう。厨に出る廊下に通りかかった途端、鈴の音がはっきりと聞こえて、思わず振り返った。


「あらあ……」


 雨がぱらりぱらりと降っていた。恵みの雨とは言うけれど、思えば御先様の神域で雨が降っているのを見た事がない。あちこちに付喪神が住んでるから、それで水には困ってないんだろうなあと勝手に思ってたけど。

 ここで見たのは、文字通りの狐の嫁入りだった。

 白無垢を着た、どう見たって狐が、留袖や袴を履いた狐達と一緒にしずしずと歩いているのだ。

 ……そう言えば、出雲大社って縁結びのご利益があるって聞いた事あるような、ないような。それのせいなのかな。狐が嫁入りしているのって。

 付喪神に住む場所提供してる替わりに、あれこれと面倒見てもらってるのが、御先様の神域だっけ。

 でも出雲だったら神域としての力が強いから、その分いろんな神様や付喪神がその神域の力を求めて、自主的にいろんな事をしてくれる。

 ……神様の世界も世知辛いんだなあ。

 あたしは首を振りながら、厨に足を踏み入れた。あたしが朝餉作るって言うのは、そう言えば御先様に会った際に伝えてないや。あたしが作ったって知ったら、ちょっとは食べてくれるかな。気付いてくれるかな。

 ……それはないか、流石に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ