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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
22/79

神在月の朝餉の支度

 食堂の娘をしていると、意外と飲み会の席ってどんな具合なのか知る機会は少ない。飲み屋を兼ねているような食堂ならともかく、大衆食堂で昼間の働いている人の昼ご飯でやりくりしているような店だったら、せいぜい晩酌みたいな感じで、飲めや歌えやどんちゃん騒ぎって言う風にはならない。

 だからあたしが火の神をちりとりに乗せて蔵を覗きに行こうとしている中、どこからか三味線の音とか琴の音色とかが聞こえると、どうにも落ち着かない。


「一体何やってるんだろうね、宴って」

「そんなの巫女でもないのに覗いちゃ駄目なんだぞ」

「ですよねえ」


 御先様大丈夫かな、他の神様に変な事されてないといいんだけど……。そう気を揉みつつちらりちらりと音楽の聞こえてくる方向を見つつも、どうにか蔵まで辿り着いた。

 一月分の宴会の貯蔵で、古今東西津々浦々、あちこちからの食材がこれでもかと並んでいるのに、あたしは思わず唖然としてしまう。


「うっわあ……すっごいね、これは……」

「そりゃもう、年に一度、神様が日頃の疲れを慰安するための宴なんだから、これ位の食材は並ぶんだぞ」

「そりゃそうなんだろうけどさあ……」


 並んでいるものを見ていると、普段お目にかけないようなたっかい野菜やら、どう見たってすごいいいお米やらが並んでいる。日本酒とかは別の蔵に置いてあるからここにはないみたいだけれど。

 そう言えば魚や肉はどこに置いてあるんだろうと、キョロキョロと視線を動かしてみる。一部は外のいけすに入れられていて、一部は既に捌かれて味噌に漬けられている。こりゃ三日経ったらいい塩梅に使ってご飯によく合うものになってるなあと、思わずジュルリとしたくなるけれど。

 でもなあ……朝餉って言うのが悩んでしまう。お酒飲んでご飯食べて次の日ってなったら、多分胃が弱っている気がする。人間だって三が日終わった頃なんて胃がパンパンになってるから、あんまりご飯が進まないから、温麺だけで済んでしまうもんなあ。神様の場合は……どうなんだろうね。

 あたしがうろうろとしていると、見慣れた笠がぴょこんと顔を出した。


「あれ、ころん?」


 あたしがそう呼ぶと、確かに鍬神のころんが出てきてくれた。ああ、魚とか肉とかの管理は付喪神がやってたんだねえと妙に納得。見てみれば、辺りは御先様の神域では見た事ないような付喪神も、せっせと蔵の整理をしているみたいだった。

 あたしはうーんうーんと唸って「ねえ、ころん」と聞いてみる事にした。ひとまずあたしは、まかないとして持って来たおにぎりをころんに分け与えてあげると、ころんはうまうまとそれを食べ始めた。


「お酒飲んだ後って、多分胃にダメージが行ってると思うんだけど、何だったら食べられると思う? まあ800人分のご飯用意するのは大変だなあとは思うけど、その辺は頑張るよ」


 神様は神様でも、流石に付喪神だったら難しかったかしらん。そう思っていたけれど、ころんは考え込むように首を捻った後、トコトコと奥へと引っ込んでいった。一体どうするのかしらんと思ってしばらく眺めていたけれど、すぐに笠いっぱいに持って来たものを見て、思わずあたしは目をパチクリとさせてしまった。

 笠にいっぱい持って来たのは、どこからどう見てもトマトだった。……トマトを奉納するような神社もあったのねと、思わずびっくりしてしまう。御先様の神社では見た事は、確かなかったような気がする。うん。

 でもトマトかあ……。確かにうちのお父さんも二日酔いになったら、トマトジュースを飲んで休んでいたような気がするけど、これだけじゃあ朝餉にはならないなあ……。

 ……ん、温麺に、トマト……。あたしはころんにずいっと顔を近付ける。


「あのさ、ころん。肉っ気のあるようなものと、あと。小麦粉ってないかな?」


 ころんは頷くと、奥に引っ込んだと思ったら何やら塊を持って来てくれた。ヒクリ……と匂いを嗅いでみると、それは豚肉に似ているけれど、豚肉よりも脂の匂いが獣じみている。あんまり食べた事ないけど、これは猪の肉かな。

 あところんが持ってきてくれた小麦粉を見て、あたしは自然と頷く。野菜はざっと見て、ネギを使う事にした。


「明日、ころんや他の付喪神の皆も手伝ってくれる? まかないを対価に」


 あたしが周りを見ると、ころんも含めて皆が皆、何やら期待に満ちた顔をしてくれたのに、あたしはフヘヘと笑う。

 料亭の朝餉じゃないし、一品料理になるから。怒られてしまって、最悪料理長さんやうずらさんに迷惑をかけるかもしれないけど、あたしは御先様が辛くないといいなあと、そう思ってしまった。

 明日の準備として、大量のトマトと肉、小麦粉を皆で運んでいると。ふいに廊下に誰かが出ている事に気が付いた。

 えっ、神様が出てる時って、どう挨拶すればいいの。えっ……。前に御先様に会った時は、醤油を作っている最中だったから礼儀とか見逃してもらったようなもんだけど、神在月に来ている神様とかの場合は、どうすりゃいいの……!

 あたしは内心パニックに陥っていたけれど。


「何だ、そちか」


 その声でそう言われて、パニックはすぐに引いてしまった。長い真っ白な髪を夜風になびかせていたのは、御先様だった。あたしは思わずぺこんと頭を下げてしまう。


「お、お疲れ様、です……!」

「別に疲れてなどおらぬ。まだ初日ゆえな」


 そう言って、ふっと笑う。いつもみたいに傲慢な態度ではあるけれど、何でだろう。元気がないように見えた。やっぱり……他の神様にいじめられたりしたのかな。あたしは今の所、他の神様には会った事がない。地獄の獄卒(っぽい人)やら付喪神やらには会ったけれど、皆親切だった。でも御先様としゃべっている神様がそうだとは限らないし。


「ご、ごちそう……あたしもお手伝いしましたが、どうでしたか?」


 あたしは素っ頓狂な事を言ってしまったのに、しまったと思う。行きたくない宴に来てのご飯なんて、どんなに美味しくっても鉛飲んでるようなもんじゃないの……! どうしようどうしようと思っていたら、白い目をすっと細めて、御先様はあたしを見てきた。


「そちは一体何をやった?」

「えっ……? あたしっすか? あたしは……ご飯を炊いたり、蛸を捌いたりしました。……まだ全然、お役には立てていませんが」

「ほう」


 あたしをじっと見て、顎をしゃくる。あわわわわ……怒ってはいないみたいだけれども。うん。あたしは困り果てて、「あっ、そうだ」と思って懐から笹にくるんだままのおにぎりを取り出す。あたしの分のまかないだけれど、後でちょっと試作するからお腹は膨れるし。


「み、御先様は、まだ胃の容量あります……か? お酒飲んだんだったら、お腹膨れてるかもですが」

「いや? 我はあまり食べてはおらん」

「そ、そんなんじゃ、一月、大丈夫なんです?」

「暴飲暴食が宴だから、初日はそんなものであろう」

「そう、かもですけど……お腹空いたら、眠れませんし……」


 あたしはさっとおにぎりを差し出した。まかないを出すのは失礼かもしれないけれど、それでも御先様に差し出したかった。

 出雲まで来て、寂しい思いだけじゃあれだもの。あたしは、御先様の味方だから。御先様は驚いたように少し目を開くと、また細めてしまう。


「……情けはいらぬ」

「そんなんじゃ、ないです。あたし、下っ端でも料理人ですから。……残して欲しくない、だけです」


 そう言って、無理矢理それを渡すと、あたしは再び勝手場まで逃げてしまった。……失礼な事かもしれないけれど、お腹空いてどんどん不機嫌になってしまうのは、悲しい事だと思うから。

 御先様が一月経ってげっそりしてたら、見ていられないんだもの。

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