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神様のごちそう  作者: 石田空
神隠し編
2/79

烏天狗の言う事にゃ

 腕を掴まれたまま、あたしはギャーギャーとわめきたてていた。神社の先は何故かぽっかりと色が全くない場所が存在して、そこをどんどんと突き進んでいくんだから騒いで声を出さないと不安で仕方がない。おまけにこの修験者コスプレさんの烏の羽根はそこをばさりばさりと飛んでいるのだ。足がついてないって言うのがこんなに怖いとは思ってもみなかった。


「ここどこ!? 何で空飛んでるの!? 色ない!!」


 霧が出ている訳でもないのに全体的に色がない場所って言うのは不気味だ。私がギャーギャーわめくのに修験者コスプレさんは怒る訳でもなく苦笑を浮かべてる。何だー、大人の余裕って奴かぁー、その余裕をぶちのめしてやりたい。そんな物騒な事を考えつつガルガルしていたら、修験者コスプレさんは私を掴んだまま空を飛んでいる。


「そりゃ神域に入るんだったら飛ぶだろ。現世と神域の境には色がないからなあ。そこが線引きになるんだな」

「何!? しんいき……?」

「神の領域だなあ」

「何それ!? と言うより、ご近所でしょっちゅう起こってた神隠しの原因はあんたです!?」

「そりゃお前さん達の町を守るためにやってるんだから、怒るって言うのは筋違いだなあ」


 さらりと言っている事がひどいんですけど、この人。あたしはジト目で修験者コスプレさんを見やるけれど、この人は涼しい顔をするばかりだ。腹立つなあ、ホント。あたしがイラッとしているのを無視しつつ空を飛んでいると、だんだんと真っ白だった空間が水彩画のように色付いてきた事に気が付く。

 ぱっと目に入るのは鮮やかな新緑。ちょうど五月の並木道のまだ頼りない葉々が顔を覗かせ、その間にぽつりぽつりとつつじの柔らかい白やピンクが入り混じる。そして白のような薄紅のような花が舞う。桜? 一瞬そう思ったけれど違う。その淡い芳香はどう嗅いでも梅の匂いだ。さらに目を奪うのは艶やかに舞い散る紅葉の紅に、彼岸花の燃えるような朱。古びた苔の生えた井戸が見えたと思ったら、その周りには朝顔の蔓が巻きついている。


「……何これ、季節感滅茶苦茶じゃない……」


 そう、生えている花もバラバラだし、飛び交っている小さい虫っぽいものも鼻が天狗みたいに尖っていたり、そもそも足や腕もなく球体みたいなものが飛び回っていたりと、日本人が考えた天国って言うものが広がっていたのだ。何であたしがそんな所に誘拐されてきたのかさっぱり分からない。あたしは呆気に取られた顔で修験者コスプレさんを再びジト目で睨みつけると、修験者コスプレさんは肩を竦めた。


「まあ、御先様もわがままだしなあ」

「みさき……さま?」

「俺もあいにく本当の名前は知らないなあ。そもそも神の真名を知るって言うのは全面的に禁止されているし」

「はあ……? 神、様?」

「さっきの神社があっただろ。お前さんはあそこの神社の本当の名前、知ってるか?」

「え……? 分かりません。おばあちゃんだったら知ってたかもしれないですけど、お父さんやお母さんの子供の頃にはもう名前分からなくなってたって。宮司さん? いなくなっちゃってましたし」

「元々それが原因なんだよなあ……あの神社が廃れてしまったのは」

「え? 原因って……神隠しの?」

「ああ」


 あたしを誘拐しているのはさておいて、案外修験者コスプレさんはいい人? いい修験者? なのかもしれない。

 こちらが聞く気になったのを確認したのか、修験者コスプレさんは空を飛んだまま話を始めた。


「あの神社の本当の名前は八咫烏神社って言ってなあ。天照大神とか太陽神を祀る神社だったんだよ。あそこにいたの、狛犬じゃなくって三本足の烏じゃなかったか?」

「あー……てっきり誰かがいたずらして烏の像があるのかと思ってました。最初っから狛犬じゃなくって烏だったんですねえ……」


 足の数までわざわざ数えてなかったけど、三本足だったんだねえ……。それは分かったけど。


「宮司さんがいなくって神社が廃れてるのと、あたしの誘拐ってどんな因果関係なんです?」

「神は元々人間とは違うもので、人間の願いを叶える義務はないんだが、人間が賽銭を入れた以上は叶える義務がある。でも、廃れた神社だった場合、その賽銭はどうなるんだ?」

「ええっと……? 誰かが持って行っちゃうとか、ですかねえ……?」

「そう。宮司がいた場合は、宮司の生活費の足しになる。宮司は賽銭やもろもろの神事で得たお金で神に奉納を行い、神社も手入れする事により、神も願いを叶えてやろうとするが……賽銭で願いを叶えろと催促されても、神の世話を行わないのに叶える義理がないと、現在御先様はご立腹と言う訳だ」

「あー……」


 何かのマンガであったような気がする。願いを叶えるためには叶える願いと同じ位の重さの対価を支払わないといけないって。でもその対価が均等じゃない場合は、願った方か願いを叶えた方、どちらかに被害が及ぶって。

 ……ん、あれ? じゃあ神隠しに合ってる原因って言うのがやっぱり全然分からないぞ?


「ええっと……その御先様が放置プレイ食らって拗ねてるって言うのは分かったんですけどぉ」

「おいおい、お前さん口が悪いなあ」

「それは地なんすよぉ。で、今現在進行形であたしが誘拐されてるのとの因果関係はまだ説明されてないです」

「うん。対価を支払えない以上本来だったら御先様も願いを叶える義理はないんだが、神社建築の際に契約をしている以上、神社に括りつけられている御先様は神社から離れる事ができない。だから賽銭払われるたびに願いを叶えないといけないんだが、神事を執り行われてないせいで、御先様は毎日空腹だ」

「はあ……?」

「お前さんは知らないのかい? 神社では日に二回食事を差し出されると言う事を」

「ええっと……知らないです。はい」


 でも大きな神社だったら仰々しく、毎日地元の獲れたての魚やら新米やらを奉納してたような気がする。神社の手入れがきちんとされてないって事は、御先様もずっとお腹減らしてるって事なのかな?

 修験者コスプレさんはあたしが考え事してるのを理解したのか、淡々と語ってくれる。


「そんな訳で、対価が全く支払われてない上に空腹なものだから、すっかりと力を失ってしまってね。このままだとお前さんの町が穢れてしまうんだよ。御先様も対価が不完全な願いばかり叶え続けたせいで」

「えっ? 穢れって……」

「さっきも言ったように、神は対価の支払われた願いを本来なら叶える事ができない。でも神社が建った頃に交わした契約の関係上御先様も願いを叶えるしかできない。不完全な対価の災厄をずっと御先様が被り続けているせいで、もう荒神になりかけてしまっている訳だから」

「ええっと……つまり荒神になっちゃったら御先様ってどうなるんでしょう?」


 何だ、言ってる事がだんだん物騒になってきてるぞ。あたしが思わず顔を引きつらせていると、修験者コスプレさんはさも当然と言う具合に答えを投げてくれた。


「ああ、そうなったら神社の守護下にある町は当然人が住めなくなる程度には穢れるだろうなあ」

「ちょっ、その人が住めなくなる程度に穢れるって!」

「そうだなあ……お前さんは流行り病が横行している町やら人が突然いなくなるような町にずっと住んでいられるのかい?」

「い、今も既に神隠し起こってるじゃないですか!」

「あー……そう来たか」


 あたしの思わず言った言葉に、一瞬修験者コスプレさんは困ったように眉を潜ませたけれど、すぐに涼しげな顔に戻ってしまった。


「違う違う。それは穢れが原因じゃない。御先様の使いである俺は、あの方が荒神にならないようどうにか人間側が対価を支払う方法を考えたって言う訳だ。それが、神隠し」

「ちょっと待って下さいよ。あたし、そもそも神社で全然賽銭入れた事もなければ、願い事した事もないですよ!?」

「お前さんの時代にはないのかい? 他の人間のやらかした事も、末代まで降りかかるんだよ?」

「そ、そりゃ……大昔には一人の罪は一族末代までかかるとかはあったかもしれませんけど……!?」


 何だそれ、むっちゃくちゃ理不尽だよ。おい。でもちょっと待ってよ。

 神隠しされたのがどうして、対価の支払いになるんだ?


「……仮にあたし、御先様に差し出されたら一体どうなるんです?」

「決まっているよ。食事を作ればいいんだ」

「って、ええ……?」


 何だそれ。涼しげな顔でそう言い切る修験者コスプレさんを見て、あたしはまたも目をぱちくりとさせてしまった。正直、あたしには拍子抜けする位に「楽」過ぎる願いなのだ。


「でも……それだったらお兄さん……ええっと……?」

「ああ、俺は烏丸」

「御先様の名前は聞いちゃ駄目なのにお兄さんは名乗っていいんですか!?」

「偽名に名乗っていい悪いもないだろ」

「って人に名前聞かれて偽名っすか!?」

「神域で自分の真名をぶら提げてたら、そんなもん自分を好き勝手に使って下さいと言いふらして回っているようなものだろ」

「って、話逸れてる! 烏丸さんが言うように、食事を作るって言う、それだけでいいんですか?」

「まあな。御先様がそれで許してくれたら、だけれど」


 おい。おいおい。

 あたしは思わず口を引きつらせる。もし許してくれなかったらどうするんだ。神様にさらわれた挙句に嫁にされたって言うのは、絵本の神話で読んだような気がするし、神様がわがまま起こしたせいで引きこもりになったとか、嫌がらせでムカデをばら撒いたとか言うのははっきりとは覚えてないけれど読んだような記憶がある。

 怒らせたら何されるんだろう……。

 そう思っていると、だんだん地面が近付いてきた。すとんと降ろしてもらえた場所は、土がふかふかしているのが靴越しからでもよく分かる。立った場所は京都に観光に行った際に歩いた事があるような、さっきまでいた寂れた神社と繋がっているとは全然思えないような大きな神社。白い壁で囲まれて、真っ白な石造りの鳥居が建っている。その下の端っこを先導して歩いて行く烏丸さんに、あたしは着いて行った。

 と、そう言えば。


「そう言えば烏丸さん。あたし以外にも神隠しに合っていた人達って今どうしてるんですか?」

「あー、彼らか。元気に働いてるよ」

「働いてるって……ご飯作り以外にもあるんすか」

「まー……いろいろいろいろあるって話さ」


 ……この人、案外中間管理職で大変なのかもしれない。御先様は荒神一歩手前だし、あたしみたいにぐちゃぐちゃ文句言ってくる神隠し対象がいるんだし。いや、全然謝る気はないけれど。うん。

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