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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
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神在月の宴・二

 出雲の神域は、あたしが今までいた御先様の神域とは比べ物にならない程、空気が冷たかった。澄んでいるって度を過ぎるとヒリヒリして冷たくって痛いもんだって、初めて知った。美形だって怒ると迫力があるんだから、何でも度が過ぎたら武器って事なんだろう。

 あたしが思わず震えていると、氷室姐さんがけざやかに笑う。


「この辺りは人間には結構きついかもしんないねえ……」

「ひぃー……でもこんなんだったら、ご飯係の人達ってきつくないですか?」

「んー……烏丸さんから聞いてなかったかい?」

「はい?」


 氷室姐さんの言いたい事が分からず、あたしは思わず火の神に視線を落とすと、火の神がプン。と火の粉を飛ばした。


「人間がご飯係をやってる所は、神格が低い神って事で、下に見られるんだ。付喪神を使役するのもな。御先様もそこらへんでいじめられ続けたからすねてるんだぞ」

「……だとしたら、誰がご飯作ってるの? それに出雲に行ったらずっとご飯を作り続けないといけないんでしょう?」

「付喪神さね。勝手場にいる奴らがちゃんと人の形を取れるようになったら、ちゃんと作れるようになるさ」

「あ……れ?」


 あたしは思わず首を捻ってしまう。

 本当だったら付喪神を使役しなくっても神域の管理はできるけど、御先様は神格が落ちてるせいで、お供えが全然ない。だから人間がご飯を作らないと駄目だけれど、神在月の場合は勝手が違うの?

 前に烏丸さんから聞いた話をどうにか組み立ててみてもしっくりこなくって、ただハテナマークばっかり飛ばしていたら、氷室姐さんはあっさりと教えてくれた。


「だって、神在月は一月まるまる宴会なんだから、人間のお供えだけじゃ賄いきれる訳ないさね。こういう時だけ、それぞれやってくる神様が付喪神を出すのさ。常時付喪神に管理させているような神域は、下と見られてしまうって訳さ」

「なるほど……」


 む・む・む・む……。

 神様って面倒くさいとは思っていたけど、ここまで面倒くさいとは思ってなかった。海神様が全然面倒臭くなかった人だったから、あれがデフォルトだと思ってたけど、御先様レベルが標準って気がしてきた。

 本気で面倒くさいな。でも。

 あたしには火の神もいるし、兄ちゃんもいるし。まだ、大丈夫。

 牛車は渋滞を起こしているけれど、やがてゆるゆると地面へと辿り着いた。ぶもーっ、と言う牛の鳴き声の後、あたし達はようやく牛車から降りると、ころん達鍬神が、せっせと中に積んである食材を運び始めた。この辺りにいる人達、いや付喪神達は皆、下働きらしくって、あたしが人間と見たせいか皆びっくりしたみたいだけれど、我に返ってせっせと食材を運び出していた。

 氷室姐さんはひらりと着物をたなびかせる。


「それじゃあ、りん。あんたは裏口から入りな。火の神、ちゃんとりんを守っておあげ」

「おうっ!」

「杜氏も酒の奉納が終わったら勝手場に集まるだろうから、そこでこじかと合流しな。それじゃあしっかりおやり」

「ありがとう、氷室姐さん」


 あたしがぺこんと頭を下げると、氷室姐さんはくつりと笑ってそのまま入り口の方へと行ってしまった。

 さて……。あたしはぐるっと辺りを見てみる。裏口って言っても、あたしの知ってる神域の神殿よりもよっぽど豪華なんだけど。木はワックスも塗ってないのに飴色でピカピカ光ってるし、寒くなる程にも空気は澄んでるし。


「りん、それじゃあ行くぞ、勝手場……!」

「あ、うん。案内して」

「おうっ!」


 鍬神達が心配そうにこちらを見上げてくれるのは、やっぱり勝手場にいる人達の事なのかしらん。あたしだってどんな人達に会うのか全然検討つかないんだけどね。穏便に済むといいなあ……。

 裏口から慎重に入り、廊下を通って行く。廊下も飴色に光っていてつるつる滑りそうで怖いけど、恐る恐る歩いて行って、勝手場へと辿り着いた。


「……うわあ」


 うちの勝手場がいかにこじんまりとしていたかがよく分かった。ぐつぐつ煮え立つ鍋のお湯。こんこんと沸き出す出汁のかぐわしい薫り。釜茹で地獄ってこんなんだろうかって言う位、湯気と食べ物の匂いが充満している。


「こらっ! そこっ! 早く着け!!」


 と、雷でも落とされたかのような怒声があたしに向けられ、思わずピシャンッと背筋を伸ばす。その白衣の料理人を見て、思わずあたしは顔を引きつらせた。

 パンチパーマを白い帽子で押さえ、太い腕は少しだけ捲り、太い足で仁王立ちしている。

 鬼だ。まごう事なき鬼だ。だってパンチパーマから角が見えるもん。


「お、鬼って……ここ出雲だよね? か、神様……なの?」

「りんー、鬼は元々神様だぞ? 地獄の獄卒とはまた別者なんだぞ? 出雲の料理長として来てくれたんだぞ?」

「そっ、そうなんだ……へえ……」


 あたしはぶるぶる震えながら、ひそひそと火の神としゃべっていると「さっさと持ち場に着かんかっっ!!」と叫ばれる。

 も、持ち場って言われても、あたし何も聞いてないんすけどっ!?


「す、すみませんっ! あ、あたし、ここの勝手場初めてで! どこに行けばいいのかなんて全然分かんないんすけど!?」

「ん? 貴様ここは初めてか……? ふむ。人間か?」

「はっ、はいっ……!!」


 思わずガタガタと震える。鬼の料理長さんはじろじろとあたしを上から下まで見る。あ、あたしは、料理を作るのが仕事であって、食べられはしません、よ。まだ腕なんて全然細いし、身だってお世辞にもついてないっすから……。

 ガタガタガタガタと震えていたけれど、料理長さんは「ふむ……」と顎をしゃくっただけだった。


「ふむ、そうか。神隠しされたばかりの子か。こりゃすまんかったな。何、今回はご飯を炊いてもらう。あちらで米を炊く準備を」

「ご、ご飯炊くだけで、大丈夫なんですか……?」


 思わずあたしはおずおずと言ってしまうが、料理長さんはにやりと笑う。


「ここの勝手場を舐めるでないぞ? 何、これも修業だと思えばいい。ほら、端の竈を使え。水は外の井戸だ。急げ。日暮れまで時間はないぞ」

「はっ、はいっ……!!」


 あたしは慌てて教えられた釜戸に出かけ、どうにか漁って鉢を取り出す。食材は次から次へと鍬神達が運んで来てくれるから、米だって積まれていく。

 八百万の神様って言うけど、一体どれだけ食べるんだろう。

 置かれている釜だって、うちがいかにこじんまりしていたか思い知らされてしまう程に大きなものだ。業務用鍋で米を炊いた事は、そりゃ食堂の手伝いしてるもの。いくらでもあるけど、見てる感じ一つの釜であきらかに100人分はあるんだ。簡単に考えれば100人×8万で、8万個の釜でご飯を炊かないといけなくなる訳だけど。

 ……ああ、怖い怖い。さっさと米洗って水に浸けてしまわないと、そもそも炊く事だってできやしない。


「火の神。あんた今日は小さいけど、火加減大丈夫?」

「りんがご飯くれるんだったら、おれいくらでも働くぞ!」

「……ご飯遅れたら、やっぱりあんた怒る?」

「そりゃ怒るぞ。ぼーぼー燃やすぞ」

「うう……燃やされないように頑張る」


 あたしはひとまず水を汲みに行く事にした。

 多分ここではあたしが一番下っ端だし、それがご飯当番ってのは結構すごいんだと思う。見ていて盗めるものは盗もう。それだけを決意した。

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