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神様のごちそう  作者: 石田空
神在月編
16/79

神在月の宴・一

「お願いっ、ちょっと神在月の間あたしいないけど、その間烏丸さんのご飯頼みたいんだけど!」

「えー……」

「えーって! そんな殺生な!?」


 既に御先様の神域の付喪神は、出雲に行くために偉いこっちゃになっていた。

 氷室姐さんはころん含めて鍬神達に指揮して牛車に奉納する食べ物乗せているし、兄ちゃんもくーちゃんと一緒に神在月の分のお酒を樽にいっぱい乗せている。

 勝手場だけは、今は火を焚いてないから静かだけれど、あたしがこうやって火の神と話し合いをしている訳で。

 か、神様の等価交換って奴は、前借りとか後出しとか、そういうのって駄目なんだっけ。火の神が全然納得してないのに、あたしは現在進行形で苦戦中なんだけれど。

 火の神はぷくーっと膨れたように頬を膨らませると、ぱちんと火の粉が飛んだ。


「だって、そうなったらりんの出来立てのご飯が食べられないじゃないか。烏丸とは契約してないし」

「だから! 一月分まかない作るって約束してるのに!」

「まだ受けてないから約束してないもんな」


 くっそー。全然折れてくれない……。あたしがぐぐぐぐぐ……としていると、「あれま、お前さんまだこんな所にいたのか」と呆れた声が背中に投げつけられた。


「烏丸さん! 聞いて下さいよー、火の神が意地悪言うんですよー」

「意地悪なんてしてないぞ烏丸! りんがご飯くれないってけちな事言うんだから」

「だから言ってないってば」

「言ったってば」


 あたしと火の神がぎゃーぎゃー言い出したのに、烏丸さんは苦笑を浮かべる。


「火の神を置いてこうって、もしかしてそんな事言ってるのか?」

「だって! 火を付けて竈起こすのってすっごい大変ですし。あたしだけ楽するって言うのも……」

「駄目だぞ、出雲の奴らはけちんぼだから、おれがいなかったらりんが大変な事になるぞ」

「でも! そしたら烏丸さん、ただでさえワーカーホリックなのに、あたし帰ってきた時に腹減らして倒れてたらどうすんの!」

「あー……そうかそうか。んー、困ったなあ」


 烏丸さんは困ったように顎をしゃくる。

 何でもいいけどこの人。いやこの天狗か? そんな中間管理職で御先様だけじゃなくって皆の言う事をいちいち聞いてるから疲れてご飯食べられないような気がするの、すごく。

 あたしがそんな事を思いながらじと目で烏丸さんを見ていたら、烏丸さんの考えがまとまったらしく、いきなりあたしの頭をポンポンと撫でてきた。って何で?


「火の神が言ってる通り、出雲の社の付喪神は、うちよりもちょっと気位が高いから、ちょっとりんには合わないかもしれんなあ。だから、付いていくって火の神が言ってるんだから、付いていってもらった方がいい」

「えー……でも、その場合烏丸さんどうするんすか。また倒れてたらあたしだって目覚め悪いっすよ?」


 ポンポンされつつもあたしが目を半眼にして睨み付けてやる。すると烏丸さんは「あー……」とやっぱり苦笑い。やっぱり放っておくとこの人ご飯食べないんじゃん! ワーカーホリック!

 あたしと烏丸さんのやり取りを見ていたのか、「りんに免じてであって、烏丸のためじゃないからな!」と火の神がいきなり頬をぷくーっと膨らませた。って、何!? 頬が大きくぷくーっと膨れる姿は、お持ちが左右に膨れているみたい。そのまま大きく膨れたと思ったらパチンッと大きな音を立てて火の神は弾けてしまった。

 って、何!? 火の神、死んだ!?


「え、ちょ……何!?」


 あたしが思わず涙目になって、火の神がいた釜戸を呆然と眺めていたら。


「りんー」「りんー」

「ふぁ……?」


 声が何故か二重になって聞こえる。

 薪の間から出てきたのは、火の神が二人だった。え、火の神1/2? あたしが唖然としていたら、烏丸さんは苦笑したまんまだった。


「よかったなあ、りん。お前さんよっぽど火の神に懐かれてるみたいだ」

「え? どうゆうことです?」

「火の神が半分は俺にご飯炊いてくれて、半分はお前さんに付いてくるって」

「え? え? その……火の神、あんたいきなり分裂して……びっくりしたじゃない、心配したじゃないの。その……大丈夫?」

「力はちょっぴり弱くなるけど」「元気なんだぞ」


 二人になった火の神はにこにこ笑いながら、火の粉をバチバチ飛ばすのだった。う、うん。元気ならいいんだ、元気なら。あたしは心底ほっとしつつ、「んじゃあ烏丸さんがご飯食べなさそうだったら、せっついてあげてね」と言っておいた。


「烏丸さん、その。ご飯位は炊けますか?」

「一応はな」

「一応?」


 思わず火の神を見ると、火の神1/2は二人ともジト目で「烏丸、ほとんどドロドロの糊食わせるんだもん」「粥の方がまだましだ」と言ってのける。

 あたしは溜息をついた。

 出立までまだ時間はあったはずだし。あたしはどっちみち牛車の準備が終わるまでここで待機って言われてるし。


「とりあえず、ぎりぎりまでお米の水の分量の計り方教えましょうか」


****


 料理のさしすせそ。

 砂糖、塩、酢、醤油、味噌。

 味噌は流石に出雲でもあるとして、醤油があるのかどうかは分かんないなあ。とりあえずここで作った醤油を樽に入れて持っていく事にした。他はあると思う、うん。包丁はあたしが普段使ってる奴を荷物と一緒に。火の神をちりとりの上に薪と一緒に乗せてあげると。


「それじゃあ、あんた達で最後だね。さっさと乗っとくれ」


 そう言ってパンパンと手を叩く氷室姐さんに言われて、あたし達は最後の牛車に乗る事にした。振り返ると居残りは本当に烏丸さんだけみたい。


「それじゃあ烏丸さん、ちょっと行ってきます!」

「あー、あんまりいじめられないようにな」

「それは分かりませんって」

「りんがいじめられたらおれが怒るんだぞ」

「ありがとね火の神ー」


 烏丸さんに手を振って、あたし達が乗り込むと、途端に巻き上がっていた簾は降りてしまった。板張りだから、正直乗り心地はあんまりよくないし、あたし達が乗り込んだ牛車は奉納用のお酒やら野菜やら漬け物やらが満載だから、正直狭い。

 それでも、ころんがあたしを見つけてきてくれると一緒に乗ってくれたので、寂しいとは思わない。兄ちゃんとくーちゃんとは乗る牛車別れちゃったのは寂しいけど、氷室姐さんもいるから、退屈はしないかな。

 牛車はゆっくりと動き始めると、途中でふいに振動がなくなる。


「あれ?」

「出雲まで行くんだから、のんびり歩いてちゃ間に合わないよ。空から行くのさ」

「え、この牛車飛んでるんです?」

「「竹取物語」の時代から牛車は飛ぶものだろう? 何なら見るかい?」

「え、ええ……?」


 ふわんと、ふいに簾の一つが巻き上がった。そこから顔を覗かしてみると。

 桜が咲いている。紅葉が舞っている。椿の花が、朝顔が、季節感が滅茶苦茶な御先様の神域が小さく小さく見えた。御先様の神殿も、普段野菜を取らせてもらっている畑も、全部絵みたいに見えた。

 霞で徐々に見えなくなっていって、代わりに空が淡く水色に見えた。


「そう言えば、氷室姐さんは」

「んー、何だい?」

「出雲に行った事あるんですよね? 火の神も烏丸さんも、皆して出雲の人達は意地悪だとか言うんですけど」

「こーら、烏丸さんはともかく、あんたまでそんな事言っちゃ駄目だろ」

「いでっ!?」


 氷室姐さんがぴちっと指先を弾くと、それで火の神が痛がる。火の神は素手では触れないと思ってたけど、氷室姐さんは氷の神様だから触れるのかな。あたしは内心「いいなあ」と思いながら氷室姐さんを見ると「そうさねえ……」と溜息をついていた。


「意地悪って言うよりも気位が高いって感じさね。御先様は神格が落ちてるからさ。神って言うもんは、人間が思っている以上に位ってもんを厳守してるのさ」

「えー……」

「人間だって帝が一番偉いし、王族が一番偉いもんだろう?」


 あたしはあんまりよく分かんないけど……そんなもんなのかなあ。身分とかなんて全然考えた事ないけど。でもそうだったらきっと、御先様がいろんなもの信じられなくなっちゃった理由が分からないでもないなあ。

 だって。御先様の神格が落ちちゃったのは神社が寂れちゃったから、御先様は全然悪くないじゃない。あたしが思わず「むぅー」と唇を尖らせていると、氷室姐さんは笑いながら尖らせているあたしの唇を手で鷲掴みした……って冷たっ!?


「まあ、人間には分かんないかもしれないけど、いろいろあるんだよ、いろいろとね。でもあんまり御先様に入れ込むのはあたしゃ勧めないねえ」

「えー……何でです?」

「あたしゃ神嫁になって幸せになれた人間ってあんまり見た事ないからねえ。御先様に同情するのは、まあしょうがない事情があるから仕方ないけど、それ以上深入りはあんたが帰れなくなるかもしれないからよろしくはないねえ」

「ん? ……ん?」


 かみよめ? かみよめって何よ。

 あたしが分からないって顔をしているけど、それ以上は氷室姐さんから話を打ち切ってしまった。


「はいはい、この話はおしまいおしまい。出雲に着いたら忙しくなるんだし、今の内に仮眠しておしまい。あたしだってしばらく胃を空っぽにしてないと、これから胃が重くなるかもしれないのに叶わないってもんだ」


 そう言って氷室姐さんは目を閉じてしまった。

 むぅー……だからかみよめって何よ。降りたら兄ちゃんにでも聞いてみようかな。あたしは本気で分からない顔をしていて、ふと火の神に聞いてみようとしたけれど、火の神は機嫌悪そうに頬をぷくーっと膨らませていた。


「ずるいんだぁー、倉庫番だからって御先様と一緒にご飯って!!」

「……え、氷室姐さんも宴会に参加するの?」

「付喪神も人の姿を取れたら宴会に出られるんだぞー」

「……もしかしなくっても、火の神も人の姿取れるの?」

「いっぱい食べていっぱい寝たら」


 ……一体火の神の言う「いっぱい」の基準って何かしら。

 あたしがそう思っている間に、簾の向こうから見える景色が変わってきた。

 緑の匂いが強くて濃い。そう言えば、あたしは現世でも島根には縁がないし、出雲だって行った事もない。神域での出雲はまた違うのかもしれないけれど。

 この落ち着く匂いが、出雲に着いたって言う証拠かしら。

 見てみれば、あちこちから牛車がゆったりと列をなしているのが分かる。あたし達の乗っている牛車よりも明らかに屋根が豪奢なものも見えれば、もっとシンプルなものも見える。あたしは簾を卸して、指だけでどうにか隙間を作って覗き見る事にした。

 空気が、明らかに変わった。

 元々神域は現世よりも明らかに空気が澄んでいるけれど、澄んでいる通り越して、だんだん漂白されそうな、謎の圧迫感を醸しだし始めたのだ。

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