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神様のごちそう  作者: 石田空
神隠し編
15/79

出雲へ行こう

 あたしが気を揉んでいる間に、広間に辿り着く。襖に手をかけようとして、兄ちゃんが「待てっ!」とあたしの手を掴んでしまった。


「……何よ」

「御先様、無茶苦茶機嫌が悪いな」

「やっぱり、神在月のせい?」

「多分なあ……あの人、本当に出雲に行くの嫌がってるから」


 子供か。駄々っ子か。

 そう思ってはいるものの、話を聞いていたら御先様だけが悪い訳でもないもんなあ。うーん……。

 兄ちゃんがどうして襖に手を出さないのか、よく分かった。

 ぴっちりと閉まっているはずの襖から、何かが漏れているのだ。あたしの近くをちょろちょろしているはずのころんは、その禍々しい「何か」を見た途端、「ぴゃっ!?」と言って逃げてしまった。多分これは、くーちゃんや火の神が見ても逃げちゃうような気がする。杜氏の兄ちゃんとご飯係のあたしは、逃げる事なんてできないけど。

 この禍々しいオーラを肌で感じて、自然と鳥肌が立った。態度こそ悪いものの、最近の御先様は機嫌がよかったから、忘れかけていた。この人も神様なんだから、そりゃ人よりも強いんだよなと。

 どうしよう。あたしは兄ちゃんと顔を見合わせる。


「……あの人、無茶苦茶機嫌悪いと、肌とかビリビリ切れたりするから。だから、今日は俺が膳を持って行くから」

「いっ、いやっ、あたしがご飯係なんだし、持って行かないとまずくないかな!?」

「そりゃそうだけどっ……! おじさんも前に神在月前に膳を出す際、本当にひどかったんだからな」

「どれ位?」

「神在月に出雲に行かずに療養するレベル」


 それ、一体どれだけ怪我したっつうの。あたしはおろおろしつつも、意を決した。神様が何ぼのもんじゃ。嘘です、そんな罰当たりな事は思ってません。でも怒りを鎮めてご飯食べて下さい、なんて。

 息を吸ってから、襖に再び手を伸ばした。触れた途端に静電気の何十倍もの電気が、あたしの身体を走っていた。が、我慢……。我慢するの……。あたしは歯が電気のせいでガタガタ揺れるのを堪えながら、どうにか声を上げる。


「し、つれいします……! しょ、くじを……おも……ち、しまし……ちゃ!」


 電気で歯がガチガチ鳴る上、呂律が回ってなくってまともな口調じゃない。それでもどうにかスパンッと音を立てて襖を開くと、広間にはあぐらをかいて心底不愉快そうに寝転がっている御先様がいる事に気が付いた。

 駄々っ子か。

 二度目のつっこみが頭の中で炸裂するけれど、その駄々っ子がこれだけ呂律が回らなくなる程度の電気みたいなオーラを出し続けているんだから、早く止めてもらわないと、こっちの身が持たない。何とかそのオーラの中、身体を無理矢理動かして、ずるずるとお膳を運んでいく。兄ちゃんもまた、顔を引きつらせて、と言うよりもオーラをもろに浴びてぐっちゃんぐっちゃんと揺らしつつも、どうにかお酒を運んでいく。

 御先様の前に出て、どうにか兄ちゃんは銚子にお酒を移し入れようとするけれど、オーラのせいでぶるぶると手が震えて、上手く酒を入れる事ができないでいる。途端にお酒の滴が、不貞腐れて横になっている御先様にぴちゃっと。一粒だけなんだけれどもぴちゃっと飛んでしまった。

 途端に兄ちゃんは顔を引きつらせた。禍々しいオーラは、色がもし見えたのなら真っ黒なんじゃないかって言う位に、暗くて痛くて、ビリビリとする力が強くなった気がする。


「……何だ、そちはそんなに我に不満があると申すか」


 御先様が珍しく、口角をきゅっと持ち上げた。途端にこの電気みたいなオーラが強くなるのが分かる。あばばばばばばば……こんなのずっと浴びてたら身体に悪いし、何より。

 このお酒は新酒で、その試飲だって兄ちゃんが言ってた。兄ちゃんが丹精込めたお酒がこのまま飲んでもらえないのはもったいない。

 あたしは何とか声を出そうとするけれど、オーラのせいで全然声帯が仕事をしてくれないけれど、何とか仕事をさせないといけない。あたしは思いっきり口を上げた。


「ふ……ふまんなんてぇ……ありまふぇん!! よいしんしゅを……まっさきにあじわって……ほすぃかったのです!!」

「ほう、食事係が杜氏の意見を取り上げるか」

「しょ、しょんなきはぜんぜんなくって……!!」


 御先様の笑顔が怖い。もう何なの、美形って笑っていても怒っていても迫力があるって何なの。おまけにこんなオーラ浴びてて……だんだん身体が焦げ臭い匂いがしてきてもおかしくないような気がしてきたけれど、あたしは必死に口を開けようとする中、兄ちゃんが咄嗟にあたしの膳の一つのお椀を取り上げた。

 って、それ、あたしの作った豆乳プリン!!

 兄ちゃんは何のためらいもなくオーラでぶるぶると震える手に、豆乳プリンにかけた。


「ちょ、にいちゃ……!?」

「大変、申し訳ありませんでした!!」


 あたしが思わず抗議をする中、兄ちゃんは声を大きく張り上げて土下座をした。それに御先様は笑みを拭い去り、興味ありげに寝転がった身体を起こした。兄ちゃんは畳に額を擦りつけて、大きく声を上げる。


「この新酒は大変薫りが強く、早く御先様に楽しんでもらおうと思っていました! 今はどうぞ、食後に楽しんでもまた、薫りは死にませんので、どうぞご堪能下さい」


 そう言って必死なのに、あたしも思わず土下座をした。

 ああ、そっか。あたしが思わず御先様に声を上げたから、このままだとあたしの膳まで引っくり返されそうだったから、一番好きなお酒を最後に楽しめるようにって、豆乳プリンにかけたんだ。そのまま食べてほしかったって気はしているけれど、御先様の機嫌が治るんだったら、あたしはそれで……。

 あたし達二人がしばらくひたすら畳に額を擦りつけていると、ふいにあのビリビリと身体に痛みを伴う電気みたいなオーラがふいに消えた。えっ……? 顔を上げようとするけれど、兄ちゃんは小さく短く「まだ顔を上げるな」とだけ言った。昔のしきたりって分かんないけど、大名行列みたいな事になってるのかな、これは……。

 さっきから箸を動かす音、膳が動く音が響いている。


「……ふむ、美味いな」


 箸が動いている。その中で揺らめく匂いは、かつお出汁。あたしは思わずじぃーんとした。また、聞けた。この言葉が聞きたかったから、何とか頑張れたんだし。

 しばらく淡々と音が鳴るのを聞いていた所で、「顔を上げよ」と言う声が聞こえ、ようやくあたしと兄ちゃんは顔を上げる事ができた。御先様の口元は、先程のうっそうとするような笑みは消えていたけれど、満足げに口元が緩んでいるのが見て取れた。

 膳に視線を移せば、綺麗に空になっていた。その事に、あたしは心底ほっとする。あのお酒をかけられた豆乳プリンもまた、匙で綺麗にこそげ落とされていた。


「せいぜい精進するがよい。して、りんよ」

「へっ……へあ……!?」


 あたしは思わず素っ頓狂な声を上げるのに、兄ちゃんは黙って肘鉄を脇腹に入れた。

 ……いだい。でも。偽名とは言えども、御先様に初めて名前呼ばれたら、そりゃこっちだってびっくりするよ。あたしはじっと御先様の目を見ながら、「はっ、はいっ!」と声を上げ直した。


「近いうちに、出雲に立つ。その際にそちに我の料理番を任せるが、よいか?」

「あ、あたしで、よいのです、か?」

「何分我の域には、そちしか料理番しかいないのでな。せいぜい励め」

「が、頑張り、ます……!!」


 あたしは思わずもう一度土下座をしながら、声を上げた。

 御先様、あれだけ駄々っ子みたいになって行きたくないオーラ醸し出してたのに、ご飯食べた途端に上機嫌になるんだから現金だ。でも。

 名前呼ばれた途端に浮かれるあたしなんて、もっと現金なのかもしれない。


****


 あたしと兄ちゃんが広間から退出した途端、二人揃って廊下にへたり込んでしまった。あたしなんてもう上半身すら起こす気力がなくって、廊下にだらしなく倒れてしまっている。兄ちゃんは「うへー」と声を上げながら、しんどそうに天井を仰いでいた。


「兄ちゃん、前にも御先様、あれだけ機嫌悪くしてた事あるの?」

「あの人……神在月の前は大概ああだよ。機嫌無茶苦茶悪くなって、付喪神なんかは全然近付けない位になってる」

「それだけ神格あるんだったら、わざわざ人間のご飯係なんていらなくない?」

「そうでもないだろ。あの人駄々っ子なんだもんよ」

「兄ちゃんもそう思ってる訳ね」


 ようやく身体を起こす。電気ビリビリで、いまいち自分で身体を動かしている感が出てくれない。

 そんな中、あたし達二人に影が落ちた。久々に見たような気がする烏丸さんだった。


「よっ、お前さん達も随分やられたみたいだなあ。ぴりぴりしてたろう? 御先様」

「あー、烏丸さんお疲れ様です」


 烏丸さんは烏丸さんで、気のせいかやつれていた。そう言えば、御先様が出雲に行っちゃうって事は、この辺りの管理は全部烏丸さんがやる訳だから、その分だけ忙しかったのかもしれない。

 あたしはどうにか立ち上がって空になった膳を持ち上げると、台所へと向かう。そのまま三人と付喪神の皆でご飯だ。

 野菜の煮びたしを皆によそい、がんもどきも差し出す。ご飯はおにぎりに結んで差し出すと、皆で手を合わせてからガツガツと食べ出すのだ。火の神にはおからをあげて、ころんにはがんもどきをあげた。くーちゃんは野菜くずをパラパラと差し出したら嬉しそうに食べてくれた。


「そう言えば、あたしいなくなったら烏丸さん食事大丈夫です?」

「んー? まあ一月位だったら何とかなるだろ」

「前に神社で腹減って食べてたような事になっちゃ駄目ですよ? 野菜の漬け物は物置に置いておきますけど、ご飯炊いたりとかはできます?」

「あー……何とかなる、だろ」


 明後日の方向を向いている烏丸さんに、あたしは思わず兄ちゃんと顔を見合わせる。兄ちゃんは烏丸さんを見つつ、おにぎりを頬張って笑う。


「烏丸さん、いっつも出雲から帰って来たら腹減らして倒れてるんだよな。ここだったらインスタント麺みたいなレトルト品ないし」

「あー……」


 とりあえず烏丸さんにご飯の炊き方だけは教えておこう。漬け物はちゃんと残しておくし、火の神にはいっぱいご飯を先にあげておくから。一月留守にするけど、頑張って。

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