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神様のごちそう  作者: 石田空
神隠し編
14/79

神在月がやってくる

 あたしが頭を下げると、きょとんとした顔で氷室姐さんがこちらを見た。今まで氷を欲しいって言う人いなかったのかな。それとも、昔ながらの和食だったら、確かに氷で締めた方が美味しいものもあるけれど、御先様に気を使ってキンキンに冷やす事がなかったのかな。氷室姐さんの反応が怖くって思わずビクビクとしていたら、「あらまあ……」と氷室姐さんが声を漏らした。


「それって冷水じゃなくって氷の方がいいのかい? わざわざここまでやってきて料理するのもいたけどねえ」

「へ? ここで料理してもよかったんです?」

「あたしだってそりゃあんまりいい顔しないけどねえ。冷やした方が美味いもんは美味いし、逆に火の神連れてるんだったらこんなとこに来られたら他のものが傷んじまうから追い返すけどねえ。その発想がないって事はまあ、それで何か作りたいんだろう?」

「ええ、まあ……」


 氷室姐さんは首を傾げた後、奥に引っ込んでいったかと思ったら、藁をいっぱい敷き詰めた桶を持って来てくれた。


「この中に氷を入れておいたから、溶けない内に持っていきな。台所は熱いんだろう?」

「わっ!」


 持たせてくれたものは、随分と重い。急いで持って行かないと、すぐ溶けちゃうかもしれない。あたしはペコンと氷室姐さんに頭を下げる。


「ありがとうございます! これで、御先様にお菓子が作れます!」

「おやまあ……御先様に甘いもの、ねえ……」

「あの……駄目だったんでしょうか。御先様に甘い物って」


 烏丸さんの言い方からしたら、あたしみたいに食後におやつを出した例ってなかったみたいだから、これでいいのか不安だった。昨日は随分と御先様が喜んでくれたけれど、いつもとは限らないし。あたしが不安げな顔をしていると、氷室姐さんは「いんや」と笑ってくれた。


「むしろ逆さね。本当は甘いもん大好きだし、今ほど鬱屈もしてなかったんだけどねえ……出雲でいじめられてきたみたいだから、すっかりとひねくれちまってねえ。甘いもん出して慰めてやりなよ」

「え? それって本当……ですか?」

「嘘ついちまってもしゃあないよ」


 烏丸さんは知らなかったのかな、御先様の甘い物好き……。でもあの人も御先様がひねくれてしまった経緯は知ってても、ひねくれる前の性格は知らないのかもしれない。神様の年齢って言うのはあたしも全然わっかんないけど。

 氷室姐さんがくれた氷を、あたしは大事に抱えるものの「あ……」と思う。対価って姐さんには何を出せばいいんだろう。朝餉は食後のお菓子以外は温かいものばっかりの予定だし。


「あの、氷室姐さんには対価を何支払えばいいんですか?」

「じゃあ御先様と同じもんをおくれよ」

「え? 朝餉、です?」

「いんやいんや。御先様に出すお菓子の方さね」

「え? それで大丈夫なんです?」

「この数十年はあたしも甘い物のお相伴に預かってないからねえ」


 そう言ってにこにこと笑うのに、あたしは思わず「あはははは……」と乾いた笑いで頷くしかできなかった。そりゃひねくれる前の御先様なんて、同じ神様の氷室姐さん位しか知る訳ないや。そう思う事にした。

 あたしの足元ではころんは「そろそろ行かないの?」とでも言いたげにとんとんとくるぶしを突いてくる。うん、そろそろ食事の用意をしないと。あたしは氷室姐さんに「持ってきますね」と言ってから、急いで台所へと戻っていった。


****


 朝餉には、ころんに手伝ってもらって野菜を取る事にした。出汁と醤油が使えるって言うのは本当にありがたいな。これで料理のレパートリーがぐーんと増えた。なすにかぼちゃ・しいたけを取って、にんじんと大根・さつまいもを引っこ抜き、それをころんに運んでもらう。

 油で皮を剥いて揚げた野菜を、どんどん作ったばかりの温かい出汁醤油の中に漬けていく。これで一品。豆腐をすりこぎで潰した所に千切りにしたにんじんとしいたけを加えて混ぜ合わせ、それをたわら風に成形すると、それを野菜を素揚げした油で揚げていく。これでがんもどきが出来上がった。たくさん作っておけば、夕餉にも使えるし。できたばかりのものは、大根おろしと醤油で食べると美味しい。

 後は獲って来てもらった鮎を塩を振って炭火で焼いて……。

 あたしはにがりを加えていない豆乳を取り出した。


「これは豆腐にしないのかあ?」


 火の神が不思議そうな顔をするのに、あたしは頷いた。


「うん、こっちは違うんだ。あ、ちょっとこっちの鍋を沸騰させてくれないかな」

「くんくん……甘いな、水飴か?」

「そ、あと寒天ね」


 鍋に水飴と井戸水。それに寒天を入れて溶かす。寒天があったのはよかったかな。地下の物置を漁ったら乾物の中に混ざっていたから。豆腐も氷室姐さんと知り合いになれたんだから、氷室姐さんに頼んで凍り豆腐にすれば長持ちするようになるし、煮物のバリエーションができるし。

 さて。溶けた所で火の神に「ありがとー、ちょっと止めてー」と火力を弱めてもらった。そこに豆乳を加えながらゆっくりと混ぜていく。後はこれを氷室姐さんからもらってきた氷で冷やす訳だけど……。あたしは氷を入れた物置まで急いで鍋持って入っていった。

 鍋から器に入れて、それを氷の上に並べる。豆乳プリンって言うか豆乳寒天だよね、これは。これで冷めてくれれば完成だけれど……。そう思いながらふうと溜息をつく。

 氷室姐さんから聞いたし、烏丸さんも前に言っていたけど。神格が落ちちゃったせいで、神在月で他の神様達と超気まずくって性格捻くれちゃったって言う御先様。

 食事係のあたしがこんな事思ったら、罰当たりかもしれないけど……。

 素直にご飯をおいしいって食べて欲しい。神隠しして人を悲しませる事をしないで欲しい。笑ってて欲しい。

 おこがましいのかもしれないけど、あたしは「美味しかった」の言葉にほっとしたもの。また「美味しかった」が聞きたいって思うのは、わがままなのかな……。そう思っていたら。


「りんー!! 魚焦げちゃうぞー!!」

「はっ!? 待って! すぐ行くから!!」


 火の神が呼んでくれたのに、あたしは慌てて走っていった。膳に盛りつける時に、一緒に豆乳プリンも持って行こう。

 食べている時位、幸せでいてほしい。本当に。


****


 白いご飯をお椀に盛って、がんもどきには大根おろしと醤油を添えて。汁物として野菜の素揚げを煮びたしにして紅葉が底に見える器に淹れた。

 そう言えば。あたしは最後に豆乳プリンを膳に載せながら外を見た。季節の花が滅茶苦茶に咲くこの場所では、季節感が滅茶苦茶な上に、一日が一体何日なのかが把握できない。あたしの中では五日間位のはずだし、あたしがさらわれたのは春先だったはずだけれど。今って季節はいつなんだろう。神在月は神無月。十月の事だって聞いたけれど。

 そう思いながらあたしが膳を持って歩いていると。


「おーい、りん」

「あれ、兄ちゃん。なあに?」


 兄ちゃんがいつものように酒を持ってこちらに寄って来たけれど、兄ちゃんの様子がいつもよりも緊張しているように見える。

 あれ、いっつもここまで緊張してないと思うけど。あたしと違って、兄ちゃんは堅実に堅実にお酒を作ってたと思うんだけどな。あたしが首を捻ってると、緊張した顔をして兄ちゃんはあたしと一緒に廊下を歩く。


「兄ちゃんどうしたの、緊張して」

「そりゃ緊張すんだろ。これ、出雲に持って行く酒なんだから」

「あれ、それって神在月に出雲で宴会って奴……だよね? 兄ちゃんも行くの?」

「と言うより神域の住民は強制的に全員参加だよ」

「はあ……大変だねえ」

「ばっか」


 兄ちゃんは手さえ塞がっていなかったら、あたしにデコピンの一つでもしてそうだったけれど、今はお酒の準備で手が塞がっていた。あたしはまずます分からないって顔で唇を尖らせていると、兄ちゃんはきっぱりと言う。


「食事係のお前が行かなくってどうすんだよ。神様の宴会の食事当番、お前もじゃん」

「は? ……はあ?」


 何ソレ。

 烏丸さんからもそんな事、あたしゃ聞いてはいません、よ?

 何を言われたのか分からず、口をぱくぱくさせていると、兄ちゃんは溜息をつきながら教えてくれた。


「神域に神隠しされてる人間も強制的に全員参加なんだよ。杜氏は最低一種類は新酒を持って行って奉納しないと駄目だし、食事係は宴会用に食事を作らないといけない。もう小さい神も人間みたいな神も、何かもう訳分かんねえ神もいっぱいいて、とにかく一月俺らは地獄を見る訳だよ」

「そ、そんなに……いっぱいの人に……?」

「そりゃいるだろ。日本は八百万の神がいる国なんだから」

「聞いてないんすけど!」

「……だって、烏丸さんは御先様が留守の間、この辺りの神域を守らないといけないし。あの人、中間管理者みたいな役割だから」

「お疲れ様です!」


 それを聞いてて、ますます心配になってきた。

 ……御先様、荒れてないといいな。折角……折角励めって言ってもらえたのに。そう思わず唸ってしまうあたしは、ちょっとだけ浅ましい。

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