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神様のごちそう  作者: 石田空
神隠し編
13/79

氷室の神様

 朝、日が昇っていない内から起きて、大豆を水に浸けこんだり米を洗って仕込む。まだ付喪神だって眠っている頃だと言うのに、畑に出てみれば今日もころん含めた鍬神達がせっせと野菜を取り入れているのが見えた。

 ころん、と大きな笠が見えると思ったら、ころんが出て来た。


「ああ、おはよう。今日はまだ何を作ろうか考え中なんだ。御先様に初めて美味しいって言ってもらえたんだもの。美味しいもの作りたいなとは思うんだけどね」


 こてり、と首を傾げるころんにあたしは笑う。昨日たくさん手伝ってもらったって言うのに、今日まであたしの仕事に付き合わせるにはいかないしなあ。昨日釣って来てもらった川魚を一晩味噌とみりんと水飴で作ったたれに漬けこんでおいたから、それで味噌焼きにするとして。野菜のおかずはどうしようかなと考えていた所だ。あたしが「うーん」と考え込んでいると、ころんが笠でちょんちょん、とあたしの足を叩いた。ころんの笠の中には、大豆がぎっしりと詰まっている。


「なあに? 今日の分の大豆はもうあるから必要ないんだけどな」


 そう聞いてみるけれど、ころんはあたしにぺこんと頭を下げてから、ちょこちょこと走り始めた。って、何。

 そう言えば前に烏丸さんが言っていたか。鍬神が集めている野菜は全部、神在月に出雲に行く際に奉納されるって。それを集めているって。だとしたら、ころんはそこに連れてってくれるのかな。でも……野菜の中にはどう考えたって冷やさないと全然美味しくないものだったり、逆に冷やし過ぎたら味が駄目になってしまうものがある。前者はきゅうりやトマトみたいな夏野菜、後者は大根やにんじんみたいな根野菜。そんなものを長期保管する場所って一体どんな所なんだろう。

 畑を越え、御先様の住む家屋からどんどん外れていく。鍬神って一体どこまで歩くんだろう。夜が明け始めているのか、朝靄が出始めた。林の緑に靄の白が合わさると、本当にここが神域なんだなって思わせるけれど、それはそれ。これはこれ。あたしはころんにひたすらついて行く。あんまり遠ざかると、御先様のご飯作りができなくなるんだけどなあ……。あたしが気にしていると、大きな笠が途端に動きを止めた。


「ん……ころん? どうしたの、もう着いた……ん、何ここ」


 ころんが足を止めた先には、ころん以外の鍬神がたくさんいた。前に見たころんみたいに、野菜を笠いっぱいに入れて、それをせっせと運んでいるのは、緩やかな坂になっている場所。そこは竪穴になっていて、そこに皆せっせと入って行くのだ。そして。その竪穴から風が吹いているけど、その風に驚いた。何ここ。涼しい……ぞ? いや、元々神域はあたしが普段住んでいる現世よりもよっぽど湿度もなければ暑くもない場所とは思うけれど(山奥っぽいから、山奥みたいな環境になってるのかな……?)、それよりもこう……涼しいと言うよりも寒い感じ? どうなってるんだろう。あたしが思わず訝しがっている中、ころんはあたしを見上げてから、先導するようにトコトコと走り出していた。


「あっ、ちょっと待ってってば!」


 そのまま、慌ててころんに着いて行く。

 だんだん寒い? から寒い! に変わっていく実感がして、思わずあたしは身体を抱きしめていた。普段着ている薄い白衣じゃ寒いに決まってる。下に下がるごとに寒くなってくるけれど、不思議と目は効いている。何でだろうと思ったら、地下の天井がほんのりと発光しているのだ。これって氷? でも普通に凍らせたら気泡が入ってしまうのに、発光している氷には気泡なんて見つからない。すごく高いかき氷を作る際、氷屋さんは天候を気にしながら川の氷を削り取ってそれを使うけれど、こんな天井に貼りつけるような氷なんて、どうやったら作れるんだろう? そんな事を思っていると。


「こら、鍬神。こんな所に人間なんか連れて来ちゃ駄目じゃないかい」


 ちょっとだけ棘のある女の人の声が聞こえて、あたしは思わずずっとこすりつけていた手を一瞬だけ止めた。奥に誰かいる。

 気が付けば息が白くなってるし、それ以前に寒過ぎて息するのがしんどい。それでも奥にいる人を見てみると、その人はこんな寒い中でも青白い着物を花魁さんみたいに前で帯を留めて、胸元を思いっきり露出させて、青く塗った唇を尖らせていた。雪女……? 一瞬そう思ったけれど、そんな妖怪じみた人がこんな神域って場所にいるのかなと思って考え直す。


「お、おはようございます。この子……鍬神とは、友達なんです。この子がここに連れて来てくれて……あ、あの。ここは一体どこですか?」

「あらまあ。御先様も変な人間を食事係にしたのねえ」


 色っぽい格好とは裏腹に、この雪女(仮)は姐さんと呼ぶべき蓮っ葉な口調でやけに子供っぽい顔をしてきょとんとして見せてくれた。


「ここは御先様の氷室よ? そしてあたしはここの管理人。一応氷室姐さんとでも呼んでくれればいいんじゃないかねえ」


 ああ、やっぱり氷室姐さんも正式名称名乗っちゃ駄目な訳ね。うん、ここだったら皆が皆、名前をまともに名乗らないし、烏丸さん位しか名前聞いてないもんね。

 でも……あたしはようやく寒いながらもあちこちを見る余裕が出てきた。鍬神がせっせと野菜を運んでいるのが見える。よく見たら、冷やさないと駄目なものは一番寒い氷室姐さんの近くに置いて、地上へと帰って行き、あんまり冷やさなくってもいいけど冷暗所に置いた方がいいものは、姉さんから離して置いて行くのが見える。


「ええっと、氷室姐さんはここを出ては駄目な人ですか?」

「一応ここの管理人だからねえ」

「氷とかって、氷室姐さんはくれたりしますか?」

「あらまあ、夜に冷酒を用意したいって事で時々杜氏が取りに来たりはするけど、そう言えば食事係がそんな事した事は知らないねえ」

「えっと、じゃあ」


 氷。自然と昨日の事を思い出す。やっぱり、美味しいものを御先様に食べて欲しいって気持ちは変わっていない。しかめっ面で食べても、きっと美味しいものを美味しいって感じられなくなってしまうと思うから。


「氷……分けて下さい」

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