甘い物は贅沢ですか
さて、今晩は随分とご馳走っぽくなるぞと思いながら、あたしは昆布で出汁を取りつつ考える。豆腐はひとまず水にさらしておき、必要な分だけ後で切ろう。おからは……うーん、これは栄養の塊だけれど、どうしても舌触りがパサパサしてしまうのが難点。これはあたし達の賄いとしていただいてしまおう。
昆布で出汁を取り、かつお節を削ってさらに合わせ出汁にしたものに、醤油をたらーりと入れる。塩分を入れただけで、出汁は劇的に旨味が増す。元々昆布もかつおも相当いい出汁なんだから、一口味見をした途端、あたしは思わず「くぅ~……!」と唸り声を上げてしまった。醤油、おお醤油、醤油。あるのとないのと大違い。現代日本万歳、醤油がリーズナブルに手軽にスーパーに行けば売ってるんだから、現代日本最高、最高。味噌汁が美味しくないと言う訳ではないけれど、出汁の旨味を味わうには格段にすまし汁が向いてるもの。醤油をたらりと垂らして混ぜただけで、かつおと昆布の旨味がぐんっ! と増した気がした。おまけに醤油の香ばしい匂いが、本当に食欲をそそるのだ。生醤油は醤油の倍は匂いがいいものだから、余計に出汁の味が活きるのだ。
「そんなにうまいのか、りん?」
「うん。でもあんたは流石に飲めないよねえ、すまし汁」
「み、水は、禁止!」
「だよね……知ってる」
火の神に吸い物あげたら、確実に火が消えちゃうよね。火が消えちゃったらどうなるんだろうとも思ったけれど、可哀想だから試す気にもなれなかった。ころんとくーちゃんはじぃー……と見上げて来るので、小さな木杓子にすくって「熱いよ」と言いながら口に入れてあげると、ころんは目をうるうるきらきらとし出した。対してくーちゃんは「あつーい」と言うだけで反応が乏しい。うーん、くーちゃんは発酵させられるものじゃないと興味がないもかもしれないな。
お吸い物の具はふきのとう。あらかじめ塩水を入れた鍋で茹で、しっかりと水洗いした上で、あくをしっかりと取る。それを刻んだものを椀に入れて出汁を入れたら、もうそれだけで美味しいお吸い物になってくれる。
豆腐はどうしようと考えた結果、それはまずはみょうがを切り刻み、醤油をかける事にした。豆腐はまずはそのまま食べて、豆の甘さを噛みしめて欲しいと思った。生醤油に豆腐。大豆の上手さが凝縮された最高の取り合わせだし、みょうがの千切りは大豆特有の臭みを取り払って尚且つ上手い匂いを与えてくれるから、食欲もそそられるようになる。
さて、問題は今日のメインだけれど。川魚は淡泊だし、それは干物にしても変わらない。海の出汁に負けない料理って何だろうと考えた末、せっかく醤油があるからとかば焼きを作る事にした。佐藤はここでは水飴とみりんを代用する。糖分も醤油も焦げやすいから、たれ作りは慎重にしないとね。
「ただいま……まさか釣りをさせられるなんて思いもしなかったぞ」
「あー、お帰りなさい、烏丸さん。仕方ないじゃないっすか。あたしも土地勘ないのに釣りなんてできないっすよ」
「はいはい……これが主役だな?」
「まあ、そうですね……」
「ん、まだ何か作る気か?」
「まあ……一応」
小麦粉があるし、バターはない、卵はないけど、油はある。流石にケーキは膨らませるためのものがないと難しいけど、クッキーだったら作れそうなんだよね。でも砂糖がない。砂糖がないとケーキって膨らまないしクッキーだってさっくりとはいかない。洋菓子はひとまず置いておくにしても、水飴で餡だったら作れるし、ここでだったら枝豆は取れるって分かってるしねえ。
さて、取り立ての岩魚を三枚におろして、たれを塗る。それをぶっすりと串に刺してから、慎重にタレを塗りつつ皮が香ばしくなるように焼いていくんだ。うなぎだって川魚だけれど、かば焼きにしてしまえば海魚に負けない旨味が味わえる。皮をパリッと。そして中身はふっくらと。それで美味いかば焼きはできる。魚の肝は、後で炙ろう。これもあたし達の賄い行きだね。後はきゅうりを昆布酢で締めたものを出せば、一応今のメニューはできる。けれど。
本当だったら懐石料理の場合は、ここでおしまいなんだけれど。御先様に出すものはこれでいいのかなって思ってしまう。何か出してあげたいなと思ったら、もう一品できてしまったのだ。
朝に茹でた枝豆を漉して漉して、水飴を混ぜてよく練れば、ずんだ餡が完成する。そして残っている豆腐に白玉粉を混ぜて、よく捏ねる。お湯に入れて浮き上がったものを水でしめてから、ずんだ餡をかければ、ずんだ白玉が完成してしまった。少し目を見開いたのは、やっぱり烏丸さんだ。
「……珍しいな、甘味を付けるなんて」
「あたしもどうしようって思ったんですけどね。料理を作って、あれもこれもって出してって考えてて。今日、初めて広間以外で御先様に会ったんです。
この人……いや、この神、でいいのかな? 寂しくないのかなって思ってしまったんだ。あたしが家が大衆食堂だからかもしれない。皆で机を囲んでご飯を食べるのが当たり前な中、一人でご飯を食べて、酒を飲んで。
そりゃ神様って言うのはそういうものかもしれないけれど。あの人、ご飯だけが楽しみなんだったら、楽しいって思えるようなものを出してあげた方がいいんじゃないかなあ……なあんて。罰当たりです?」
「……いや、むしろ。あの御先様が喜んでくれるかもなあ」
「うはあ……そうだといいんですけど」




