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神様のごちそう  作者: 石田空
神隠し編
1/79

神隠しの噂

 ビルの谷間にひっそりと、その神社は存在する。既に鳥居や石碑に書かれているはずの名前の部分は割れたり剥げたりしてしまって、本当は何と言う名前なのかは商店街に住んでいるあたしにだって分からないし、本当の名前を知っているおじいちゃんやおばあちゃんだって年々少なくなってしまっている。

 お父さんの子供の頃は普通にその神社にも宮司さんがいて、夏祭りとか正月とかにお祭りをしていたらしいし、商店街の方でもきちんとお祭りを盛り上げるために組合も作られていたらしいけれど、神社を継ぐ人がいなかったのか、神社の寄付金が足りなくって維持できなくなったのか、大人の事情の詳しい事までは知らないけれど、あたしが小さい頃には既に神社はもぬけのからになってしまっていたし、人が神社の面倒を見る事だってなくなってしまっていた。

 それでも取り壊しの話が出ないのは、ひとえに神社なんて壊したらばちが当たってしまうんじゃないかと言うのが一点、そもそも神社を取り壊すお金がないと言う世知辛い理由が一点だ。

 そして、もう一つ。


「既にこの神社は呪われている」


 それが、神社を取り壊す話が出ない最大の理由だった。

 既にほとんど人の手が入っていないにも関わらず、植物がボーボーに生えてみっともなくなる事が何故かない。そして春先に桜が咲けば雨が降ろうが風が吹こうが、普通だったら一週間も経たずに咲いた桜が散って青葉が顔を出すのに、一月まるまる花見が楽しめる程度には桜が長持ちしてしまう。それで酔っぱらった人が花見をすると言うのはつい数年前まではそれなりにあった光景だったけど、この数年はそんな花見客だってお目にかけなくなってしまった。

 この神社の鳥居を潜ったら、何故か人は神隠しにあってしまう。そんな噂が流れてしまっていたのだ。

 最初はそんなのでたらめな誰かが作った話だろうとは、多分商店街以外の人達だったら他人事だからそう一蹴してしまうだろうけれど、残念ながら私達は「本当に神隠しじゃないか?」と疑ってしまって、怖くって神社の傍には近付かなくなってしまっていた。

 商店街の中にある蕎麦屋のおじさんが、ある日突然いなくなってしまったのだ。おじさんは真っ当な人で、別に借金取りに追われるような程ギャンブルにはまってもいなければ、浮気をしておばさんやお姉さん達を泣かせた事だってないし、結婚して他所に行っていたけれど、子供が生まれるからと里帰りしてきていたお姉さんはもうすぐ子供を産む。初孫の顔も見ずにいなくなるなんて事は考えられず、近所ではとんだ騒ぎとなってしまった。

 騒ぎと言えば、近所に住んでいる造り酒屋の兄ちゃんも急にいなくなってしまった。ちょっと前まではやんちゃして似合わないリーゼントをしてバイクで走り回っていたらしいけれど、高校を卒業してからは真っ当になって杜氏として酒造りに励んでいた兄ちゃんが行方不明になったと言うのは、折角更生したばかりだからと言う事で、これまた近所では大騒ぎになってしまっていた。

 そのせいで商店街に住む子供達にはきつくきつく言い含められていた。あのもぬけのからの神社には絶対に近付くなと。だから桜の花びらがひらりと舞っても、春を感じても花見をする人などいない神社は、いつもぽつねんと立ち尽くすばかりで、ちょっぴり寂しそうに見えていたりする訳だ。


****


「うーっし!!」


 まだ肌寒い三月の終わり、まだまだ日の入りが早くて既に薄暗くなっている路地を、あたしは元気に家路を急いでいた。高校も無事卒業し、四月から調理学校の入学が決まっていた。今日は必要な教科書と白衣を学校まで取りに行っていたのだ。

 うちは昔ながらの大衆食堂で、値段は高校生でも手頃なレベルで、ボリュームは大人一人分だって多く出すのを売りにしている。値上げが続いている中、昔ながらのやり方をずっと続けていたら採算が取れないんじゃないかって声も聞くけれど、幸いな事にそのやり方を続けているおかげでSNSでもそこそこ評判になり、それなりに繁盛を続けている。

 昔っから料理で生計を立てるのが夢だったんだから、ちゃんと学校で勉強したかった。そりゃ高校卒業してすぐ店で修業するって言うのも考えた事には考えたけれど、他の人がどんなご飯を作るのかを知りたかったし、うちのお父さんだって昔は料亭やホテルの厨房で修業していたんだから、あたしだってちゃんとした場で経験を積んでから店を継ぎたいんだ。

 こうやって学校の教材を持っていると、ようやく夢の一歩を踏み出せたんだと実感する。早く学校に行きたい。そしていっぱい修業したい。そう思って胸を膨らませている中。

 ひらり、と薄紅の花びらが私の鼻にくっついた。


「うぐっ……!」


 鼻の穴を塞がれてうがうがして、思わず「ぐっちゅん!!」とくしゃみをした所で、あの名前が分からなくなった神社の朱い鳥居が目に入った。まだテレビでも開花宣言されて間もないって言うのに、既に神社の桜は見頃になっていた。

 相変わらず誰も見ていない桜だけれど、薄暗い中誰も見ていなくても咲き誇る桜には、人を引き寄せてしまう魔力がある。私はしばらく外灯で真っ白く浮かび上がっている桜を見ていたけれど、すぐに我に返ってしまった。

 いっけないいっけない、さっさと家に帰らないとね。もう今日はそこまでお客さんは来ないだろうけど、店の手伝いだってあるし。そう思いながら回れ右をした時。


 ぐるるるる…………


 耳に入った音に、あたしは思わず耳を疑った。一見すると獣の鳴き声にも聞こえるけれど、残念ながらご飯ものの店の多い商店街だったら保健所が厳し過ぎて野良犬一匹生息だってできやしない。その音は、どうも大きな腹の音だったのだ。あたしは思わず神社の鳥居の向こう側を目を細めて覗いてみた。既に外灯だってついている位には暗い時間帯だ。灯りの入っていない神社の向こう側に誰がいるのかなんて見えやしない。

 あたしの鞄の中には、今日学校に教材を取りに行く際、待ち時間用に人に振る舞ったお菓子の余りがある。家に帰って家族に振る舞おうと思っていたけれど、こんな腹減りの音を聞いたんじゃあね……。

 もし神隠しになんてあったらどうしよう。そう思いながら、あたしは恐る恐る神社の鳥居を潜り抜けた。砂利を踏みながら歩いていくと、境内は人なんてほとんど入っていないって言うのに、相変わらず雑草一本だって生えてはいない。神社だから神威が宿るのよとはお母さんが言っていたような気がするけれど、それにしても桜の花びらすら端っこに寄せられて積もっていないのはどういう事なんだろう。

 あたしが首を捻っている間も、唸り声のような腹の虫の音は鳴り響いている。一体どこからだ。そう思って首を捻っていると、ふと賽銭箱の後ろから足が見える事に気が付いた。足袋で包まれた足に分厚い下駄が見え隠れしている。


「あのぉ……大丈夫です……?」


 おずおずとあたしは声をかけると、足の主はばっと起き上がったかと思ったら、賽銭箱に頭を打ちつけた。ガンッと言う音の後に「いっだぁぁぁぁぁぁぁ

!!」と悲鳴が上がるものだから、まさかと思うけど春の夜長にこんな場所で眠ってたのかと思わずにはいられない。


「あのぉ、ここって神隠しに合うとか言われてる神社なんで、あんまりここでうろうろしてたら危ないですよぉー?」

「……痛っ……あー、すまないすまない、驚かすつもりはなかったんだがなあ……すぐに退散するから、なあ」


 返って来た声は意外と若くてびっくりした。若いからと言ってこんな所で寝てたら風邪引くよ。せめてダンボール被ろうよ。なんて訳の分からないツッコミが沸いてきた所で、またも犬の威嚇のような腹の虫が鳴り響いた。


「……ええっとぉ、あたしお菓子持ってますけど、よかったらいりますか?」

「あー……聞こえてたか?」


 いや、こんな神社の外まで響く位に腹鳴らせておいて、何だこの人は。ここで溜息の一つでもついてやりたい所だけれど、男の人って変な所でプライド高くって面倒臭い。面倒臭いから、さっさとお菓子を渡して帰ろう。そう思って鞄を開けるとさっさとお菓子を取り出す。タッパに入れているのは、残り物のキンピラで作ったケーキだ。


「こんな所で隠れてないで出てきて下さいよー」

「あー、すまない」


 そう言いながら賽銭箱の裏からのっそりと出て来た人に、あたしはどう言えば分からず、ただ口の中で「げ」とだけ言った。

 身長はあたしよりは高い。多分180cmはありそうなんだけど、下駄が元々分厚いから正確な身長は分からない。着ているのは分厚い袴に下駄に……修験服? そんなのを着ている人なんだけれど。その人は何故か天狗のお面で顔をすっぽりと覆っているし、修験服から突き出しているのは、どう見ても黒い羽根なのだ。何でこんなコスプレ? している人が神社の賽銭箱の裏で腹鳴らして寝てるのか。意味が分からない。

 さんざん頭の中でツッコミを入れている間に、その修験者コスプレさんは長い天狗の鼻をタッパの中身に向けてきた。


「何だ、これは?」

「あー……残り物で作ったケーキっす。キンピラなんぞケーキに入れるなあって声もありますけど、最近だったらケークサレとか全然甘くないおかずケーキだってありますし、それっぽいの目指して作ったんですよ。食べます?」

「いただこう」


 そう言ってお面に手をかけた修験者コスプレさんの顔を見た瞬間、私はまたも「げ」と口の中でつぶやきそうになったのを必死で飲み込んだ。切れ長の目は涼やかだし、鼻だって通っている。何でそんな色男が天狗のお面を付けて、尚且つ修験者コスプレしているのか、理由があったら教えてほしいと思わずにはいられなかった。

 あたしが思わず見惚れている間に、その人はひょいとタッパの中のケーキを取ると、それを頬張って咀嚼し始めた。あたしはそのもぐもぐと動く口を思わず眺めていた。

 我ながらキンピラは上手にできてたし、ケーキの味付けだって醤油の匂いが飛ばないように苦労して作ったのだ。ケーキはバターを使うのが基本だけど、バターで作ったらキンピラの匂いが消えちゃいそうだし、だからと言ってごま油だったらケーキの匂いがきつくなってしまうから、シンプルになたね油で作り、小麦粉と米粉を配合して焼いたのだ。料理を習う予定の子達からも評判だったんだから、不味いはずはないと思うんだけど……。


「……驚いたな、美味い」

「あ、よかったです」


 その一言にほっと胸を撫で下ろす。料理を作ったら、やっぱり「美味い」が一番嬉しい言葉だって思うんだ。


「それじゃあ、あたしそろそろ帰りますね……」

「よかった、これで替わりが見つかった」

「はいぃ?」


 ちょっと待って、今何を言った。あたしが思わず鞄を抱きしめて後ずさりしようとするけれど、それをこの修験者コスプレさんは許してくれそうもなかった。意外と大きい手でぐいっと私の腕を掴まれる。


「じゃあ行こうか」

「どこに!?」


 おまわりさん、こいつです!

 なんて言っている間もなく、あたしはこの人にずるずると引きずられてしまっていた。

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