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変わり者達のささやかな日常。

私と先輩の会話が成り立った日。

作者: 久希ユウ

「空は好きだ。けど、俺は空というものが大嫌いだ」


唐突な先輩の言葉に狭い部室の一角で雑誌を読んでいた私は「は?」と思わず顔を顰めた。


「いやいや何言ってるんですか、先輩。仮にも天文部の部長がそんな矛盾した事を言うなんて可笑しいですよ? 熱でもあるんですか?」


白い開襟シャツに黒いズボン。夏服姿の先輩はすっかり錆びて動くとギシリと音を立てるパイプ椅子から徐に立ち上がると夕日の差し込む窓辺に寄り掛かった。そこは先輩の定位置だ。


(また、何も言わない……)


開け放たれている窓の外から運動部の掛け声が聴こえる。ジッとその運動部の様子を見ているのだろう先輩を見据え、私は内心ため息をつく。

ハッキリ言おう。先輩は無口だ。

天文部には私と先輩の他に部員は居ない。いや、居ると言えば居るのだが幽霊部員なので結局は私と先輩の二人きりに変わりはない。

私は二年で先輩は三年。二年間はこうして放課後毎日顔を合わせているというのに殆ど会話が成立した事が無い。入部したての頃も部活説明も要所をまとめたプリントを押し付けられただけだったし、特にこれといった活動をしないので先輩からの指示も無い。私の言葉は今のように無視される。

部活は基本的に静かだ。


(まぁ、いいけどね)


全体的に小柄で細身の私だが、こう見えて打たれ強い。先輩に毎回無視されようが気にしない。元々、特にやる事も無く、金もかからないという理由で選んだ部活だ。最初こそ先輩と私が仲良く和気藹々と部活動に勤しむ事を夢見たが、今となっては最早どうでもいい。

私は再び雑誌に視線を戻した。けれど、何故だろう。いつもなら直ぐに雑誌に集中できるのに今日は集中出来ない。

空は好きで、大嫌い。

矛盾した先輩の言葉が何となく気になって集中出来ないのだ。


(んー……)


チラリと先輩の様子を窺う。先輩は腕を組んで外を見つめたままだ。


(何が言いたかったんだろう?)


ジッと先輩の顔を見つめるが、顔色で答えが分かれば苦労しない。

先輩は見た目はいいけれど、無口で愛想が無くて不思議な人だ。というか唐突に矛盾した事を言い出す辺りで立派に変人だと思う。凡人の私には先輩が理解出来ない。


(私に人の心を読む力でもあればなぁ……)


そんな力でもあれば変人の先輩の言葉でも私に理解出来るのだろう。

ふと先輩が私の視線に気付いたのかこちらに振り向いた。意図せず目が合ったものだから私は少しだけ驚いた。

先輩が優しげに微笑む。それに対し、私は息を呑んだ。

何故、微笑むのだ。普段は滅多に笑いもしない癖に、何故?

思わず、背筋の産毛が逆立ち、鳥肌が立つ。頭の中で警戒音が鳴り響いている私に先輩が口を開く。


「探すなよ」

「は?」


何を探すなというのだ。

意味が分からないと私は怪訝な眼差しで先輩を見据え、首を傾げた。

先輩は微笑みを深めると再び外を見つめた。何事も無かったように無表情で。


(どういう意味?)


先輩を見据えたまま私は考える。

探すな。意味が分からない。先輩が何を思っているのかも私には分からない。けれど、今、私の心は何となく不安と嫌な予感が渦巻いている。もう、これは完全に雑誌を読める気分じゃない。

やがて、下校を促す校内放送が流れた。今日の部活は終りだ。

簡単に部室を片付け、窓を閉めて廊下に出た。最後に先輩が部室を戸締りすると私に鍵を渡した。後輩が鍵を職員室に戻しに行くのは何処の部活でも一緒の事だ。

鍵を渡し終えた先輩は無言で廊下を歩いて行く。私が行く職員室とは反対の方へ。生徒玄関がある方へと。


(帰るんだよね?)


先輩の遠ざかる背中を見つめ、思う。

先輩の足取りはいつも通り。一定の速度で揺ぎ無い。けれど、私の不安も嫌な予感も拭えない。


「先輩!」


気付けば私は叫んでいた。先輩が立ち止まって振り向く。


「あの……!」


何を言えばいいのか。咄嗟に呼び止めてしまったものだから何も考えていない。

赤面しながら口もごる私に先輩が怪訝な眼差しで身体を向ける。


「あの!」


こうなれば自棄だ。私はギュと拳を握りしめた。


「明日も待ってますから、部室で!」


絶対に来て下さい。

挑むような眼差しで私は先輩に叫んだ。すると、一瞬、面を食らった様子の先輩はふと耐え兼ねたように指で口を押えて笑った。

今日の先輩はよく笑う。いつもこうして笑えば愛想が無いと言わないのに。そう思ったけれど、私は直ぐに思い直した。

笑顔とは言え無い笑顔。

身体を少し折り曲げ笑っている先輩が泣きそうな、楽しそうな半々の笑みを浮かべていたからだ。


「笑わないで下さい、先輩」


赤面しながら私が抗議するが、先輩はひとしきり笑うと乱れた呼吸を整えながら軽く荷物を持ち直した。何処かスッキリした面持ちの先輩は私を真っ直ぐ見据えた。


「じゃあな、また明日」

「はい。また明日です、先輩」


手を軽く上げて踵を返した先輩に向けて私は大声で言った所でハッと気付く。

初めて私と先輩の会話が成立した。たった一分にも満たない短い会話、挨拶だったけど確かに今、会話が成立した。


(嬉しい!)


渦巻いていた暗い感情は何処に行ったのか。内心ガッツポーズをしながら私は喜びに打ち震えながら遠ざかる先輩を見送った。



後日。

先輩は相変わらず、無口で愛想が無くて不思議な先輩のままだ。雑誌を読んだり、窓の外を見たりと特に変わった様子は無い。私も相変わらず雑誌を読むだけでこれといった部活動に勤しむ事は無い。

けれど、ほんの少しずつだけど私と先輩の関係は着実に変化している。


「プラネタリウムでも作ってみようか?」


窓辺に寄り掛かっていた先輩の唐突な呟きに私は雑誌から顔を上げる。


「そうですね。良いと思います。もう直ぐ文化祭ですもんね。それに空が嫌いな先輩でも室内の空なら好きになれるんじゃないですか?」

「空は好きだぞ?」

「でも嫌いなんでしょ?」


私が小首を傾げれば先輩は何とも言えない様子で一瞬、目を細めると、何事も無かったように窓の外を見つめ出す。

不思議なというより変人な先輩。私は雑誌で顔半分を隠しながら先輩を見据える。

空は好きだけれど大嫌い。

結局、私は先輩のその言葉の意味を理解出来ていない。


(いつか理解できるといいなぁ……)


良い意味か、悪い意味か。怖いと思うけれど、いつか必ず。本気でそう思う。

そして、現在、私には困っている事がある。

少しずつではあるけれど先輩と会話が通じるようになって私の中に芽吹いたこの感情。

本当に厄介で最近は油断すると直ぐに表に出そうになる為、私はどうしたものかと本気で悩んでいる。

先輩を好きになるなんて私もかなりの変人だ。


「先輩」

「ん?」


先輩が振り向く。私は雑誌をテーブルに置いた。


「プラネタリウムの材料、明日はちょうど土曜日ですし、一緒に買に行きませんか?」


思い切って誘った。先輩が少しだけ目を瞠る。驚いた様子だったが、直ぐに楽しげに微笑んだ。

あの時の笑顔とは比べられない、自然で柔らかな笑顔に私はふと先輩に愛想がないというのは撤回しなければならないなと思う。


「そうだな。行こうか」

「そうです。行きましょう、先輩」


出来るだけ真面目な面持ちで私は頷いた。すると、先輩は空を見上げて呟いた。


「明日が楽しみだ」


この言葉に私が思わず、赤面して俯いた事は先輩には気付かれていないと思う。

そう、多分……



不思議な話を書いてみたかったんです。

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