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虚栄

作者: 伊坂倉葉

Loading……


『昨日も今日も明日もずっと。僕は、物語の中で生きていく』


………………


『そう。僕実は、××に会ったこと有るんだよね──』


 きっかけは何だったのだろう。

 恐らくは、ちょっとばかり見栄っ張りな体質から出た、日常的な『ウソ』。


『××やった』


『○○する』


『□□出来る』


『△△持っている』


……次から次へと溢れ出すウソは、とどまることを知らず、口を開けばウソを垂れ流していた。

 しかも偶然にも、容姿は悪くない。文武も両道。若く素晴らしい自分に酔い、その酔いが夢を恰も本物であるかのように脳裏に映し出したのも、悪要因だった。

 尤も、自分ではウソをついていることをなんとも思っていなかったが。

 どうせ皆もウソっぱちでしょう?

 そんな風に思っていた以上、ウソをつくことに躊躇いなど有る訳がなかった。

 ウソにまみれて生きている故に、どんどん人を疑うクセがついて。

 そして疑えば疑うほど、周囲から人は遠ざかっていった。


 この時に気付いていれば。



………………


 そんなある日、人生をそっくり方向転換させてしまう出来事が起こった。


「君。格好いいね」


 スカウトは、あっさりと自分の住む空間を塗り替えた。それと同時に、自分のウソに対して絶対的な自信を持つ要因となったことは疑う余地もないだろう。


『やっぱり僕は凄いんだ!』


 若い故に──いや、老いも若きも関係は無いだろう。


 やっぱり、僕を中心に世界は回っている。


 それがウソを加速させた。

 ウソは段々とスケールが大きくなっていった。


 とはいえ、真実のような虚実は力を持たない。逆に、虚実のような真実こそ、力を発揮する。


 事実は小説よりも奇なり。


 現実に小説よりも摩訶不思議な事象が存在する以上、


 真にウソのようなウソは、強大な力を持つ。


 使い分けが大事だ。

 ウソのような本当と本当のようなウソの中に、ウソのようなウソをちらほらと混ぜる。

 さらに隠し味のように本当のような本当を混ぜ込む。

 するといい塩梅にウソが本当の間に隠れる。

 更に、ウソに現実味を持たせるには、その人の人格もとても重要だ。

 一個じゃ足りない。

 少なくとも四つ。

 家用、友達用、大人用、そして回りを嘲笑う自分用。

 場合に応じて、それを増やす。

 これらが創れれば、つまりその人は所謂『世渡り上手』な人だろう。

 完璧な仮面を作り、敵を増やさないように立ち回り、それが出来れば最高だ。


 問題はそれを創り、立ち回ることすら僕には容易であったことだろう。


………………


 モデルで有名になり、芸能人となり。

 そのまま、元々の才能と、日々のウソで完璧と言って良いほどの演技力を持ち合わせていた僕は、いつの間にか俳優になっていた。

 ろくに稽古もせずに、完璧な演技。台詞の読み間違いもナシ。


 当然、嫉妬されて敵を増やすことになった。

 と同時に、今までにない演技力を得た僕のウソも、加速した。

 最終的には生い立ちから何から全てをでっち上げ。

 まるで、別物の自分を作り出したかのようだった。


 いや、僕を取り巻く世界そのものを、恰も創り出したかのようだった。


…………もう、手遅れだった。


………………


 ウソで塗り固められた僕は軈て、恋人を作った。

 可愛い可愛い、器量の良い娘、だ。


……表向きには。


 恋人になってから彼女は、僕と共にいるときには牙を剥き出しにした。

 ウソまみれ。


 最初こそ我慢していた僕もある日、文句を言った。

『君の挙動は目に余る』

『あら、貴方も私と同じよ……高貴な生まれのお坊っちゃん』

 そこで彼女は言葉を切ると、さもバカにしたように言い放った。


『嘘八百のお坊っちゃん!』


 たったその一言でとうとう、頭の良い僕は気付いてしまった。

 彼女は僕の“劣化版”であるということに。

 僕こそ、彼女から見れば狡る賢く、嫌味な男であることに。


 ただ、気付いたときにはもう、周りは敵だらけで。

 味方どころか、居場所すら無くて。


……気付いてしまった。


「そうか……」


 もうとっくに、戻れない所まで来てしまっていたということに。



………………


 今日も僕は、ブラウン管の向こう、液晶の向こうから、貴方へ微笑みかける。


「昨日も今日も明日もずっと。僕は、物語の中で生きていく。僕が主人公。僕が中心。僕が──」


fin.

短編11作目です。

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