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スキルレベルMAX!  作者: キチガイ
第一章 ウルジュラ樹海
2/4

二話目投稿です。


 芥郎は息を乱しながらも、巨狼との距離を少しでも離すために速くなった脚で走り続ける。

 しかし、巨狼は先程の二足歩行の体勢から本来の獣らしい四足歩行へと移り、逃げる芥郎を追い掛けていく。

 一人と一体の足の速さは拮抗していた。よって、この追走劇、または逃走劇に、もし勝敗をつけるのならば、先に体力を尽きさせ足を止めた方こそが敗北である。そして、巨狼はともかく、芥郎にとってこれの敗北はまさに死を意味する。


「何で追い掛けてくんだよぉぉぉおおお!!?!」


「グルゥアッ」


「ウヒィ!」


 陸上部では現役で長距離走の選手をしていた芥郎なのだが、培われた長距離走選手としての力の真骨頂はどれだけ体力を消費しない走り方をするかの技術にある。それに体力に関しては並の陸上選手よりはあるつもりである芥郎であるが、死と隣り合わせのこの状況では全力疾走する他ないので、体力は着実に減っていく。

 その上、捕食者という脅威からの恐怖は動悸の刻まれる間隔を速め興奮が無駄に体力を奪う。それを直に認識していた芥郎はさらに焦り体温を上げていく。


「……ハァッ…………ハァッ…………ハァッ……」


(……あぁくそっ!マジどうやって逃げるっていうんだよ……!)


 次第に芥郎の息が荒くなっていく。

 我ながら状況を見かねた芥郎は打開策を思い付くために、逃走に全容量を掛けていた思考力を少しばかりだけそちらにも掛けてみる。


(……先ずは地理の把握からだ……。此処は樹海だ。足場は悪いが、今の俺にとっては平地も同然だ……。…………以上、状況把握及び一人作戦会議終わり!これ以上何も思い付かねぇ!!!)


「これは割とマジで詰んだ!」


 思考を打開策に回す程の余裕がなかったのか、単純に芥郎の発想力がなかったのか、どちらにしろ自分に出来ることがないと悟った芥郎は声に出して叫ぶ。

 しかし、芥郎が状況を変えることを諦めると同時に、良い意味にしろ悪い意味にしろ状況は変わる。

 追走と逃走の拮抗が長時間続く事に痺れを切らしたのか巨狼は芥郎との距離を一気に縮める為に彼に向けて跳躍する。


「ガァァアアアアッ」


 凄まじい身体能力によって放たれた大跳躍は、巨狼の全長三メートル程の大きさの体躯を持ち上げるだけでなく風の如き速度の加速もつけて芥郎へと運んでいく。

 一拍遅れてそれに反応した芥郎は進行方向の真横方面へと跳躍してそれを避ける。芥郎の脇腹と間髪を入れて巨狼の鋭利な爪が通りすぎていく。恐らく、巨狼との距離がもう少しでも近ければ、今後の逃走劇の勝敗に関する事項で芥郎は決定的な楔を打たれるところであっただろう。

 空中でパニックになりながらも感覚のままに身をこなした芥郎は跳躍した方向にあった樹木の幹に着地し、そのまま真上にあった枝を掴んで、それにぶら下がる。枝を両手で掴むとそれを軸としながら後ろ回りの要領で身体を持ち上げ枝の上に飛び乗る。そして、枝々を跳び移っていきながら樹木の高いところにまで移動する。

 一応の安全地帯を手に入れた芥郎はようやく一息つきながら真下を覗く。

 すると、何やら巨狼は樹木の根本にて、腰を捻って腕を振りかぶっていた。さもまるで腕を薙いで前方の物体をぶっ叩く前動作のように。


「グルルルルル……」


 それを見た芥郎は背筋に薄ら寒いものを感じる。


「……はっ……ははぁ……まさか……な……?」


 今、芥郎が留まっている樹木の幹の直径を芥郎自身が目測してみた場合、約二メートル程あった。これを力付くで破壊するには、些か幹が太過ぎた。

 そして、その太さから来る樹木の体積は強靭さとなり、巨狼の打撃を圧殺してしまう。


 その筈であった。


 バコォオンッ、と耳の奥までを狂わすような爆音が樹海に鳴り響く。

 芥郎は樹木の根本で舞う木埃と木片を見てあることを確信する。


(これはまともに相手せんくて本当に良かったわ……)


 樹木の幹の根元は、その殆どが抉り削られていた。巨狼の()()()を使ったデタラメな殴打がその惨状を生んだのだ。

 そして、大幅に削られた幹の根元はというと。樹木全体を共に支えていた片側が大幅に喪失したことによって、耐久度の限界が訪れようとしたいた。

 バキバキと音を立てながら樹木が横に倒れようとしている。

 それに気付いた芥郎は慌てて隣の樹木の枝に跳躍して乗り移る。


「おいおい。チュートリアル戦闘にしては少々難易度高すぎるんじゃねーのか……?」


 と、芥郎はごちる。

 そして、直後に気付いた。

 多少傾いた事によって、まだ急とはいえ樹木の幹が斜面となっているであろうことに。

 振り向いた時には遅かった。

 巨狼は傾いた樹木を高速で駆け上がっていた。芥郎が乗り移った樹木がある方向は現在進行形で傾いている樹木の倒れる方向でもあった。故に、巨狼が樹木を駆け上がった先のすぐ近くには芥郎がいるということになる。

 そして、巨狼は既に芥郎との距離が三メートル程という距離にまで彼と肉薄していた。

 巨狼が跳躍する。

 慌てて芥郎も隣の樹木に乗り移る為に跳躍する。すんでのところで、巨狼の助走の勢いの合わさった突進を避ける。

 しかし、完全には避けきれてはいなかった。

 芥郎の背中に鋭い痛みが一瞬だけ走った。


「……ってぇ……!」


(これ、現実なんじゃねーよなぁ!?)


 巨狼の突き出された爪の先端が芥郎の背中をかすって切り裂いたのだ。

 芥郎の詰襟の黒いが学生服の背中部分には斜めに三つの線が刻まれおり、その回りは血が滲みジワリと赤黒く染まっていた。

 しかし、芥郎は背中の鋭く熱い感覚を意地でも無視をして木々の枝を跳び移って先を進んだ。

 逃げた芥郎を巨狼は追ってこなかった。芥郎に避けられた後は木々の幹を交互に蹴って落下の勢いを殺しながら地上に降りていった。

 巨狼も、流石にその巨体で木々を跳び移っていく事が物理的に不可能な事を理解していたのだ。




 

 それから、約三十分。芥郎は木々を跳び移りながらき巨狼から逃げていたのたのだが、未だ撒けていなかった。

 正確には何度か撒いているのだが、その度に巨狼はまた自分を捕捉してくるのだ。

 そして、芥郎にもその心当たりはあった。

 芥郎は立ち止まり、軽く背中を(さす)る。手の平に自らの血液が付着する。そして、その手を眼前まで持ってくると、軽く息を吸った。


「血の匂いか……」


 イヌ科の動物の嗅覚が凄まじい事など、馬鹿でも知っている事であった。狼の化け物とはいえ、狼には変わりないと結論付けると、思いの外納得出来る部分があった。

 先程、巨狼自体に付けられた傷によって、簡易マーキングをされたような状態となっていたのだ。


「……今度こそ詰んだか……?……いや、まあ、もうちょい頑張るかな?」


 立ち止まって余裕の出来た芥郎は少し頭を動かした。そして、直ぐに結論は訪れた。


「よし、これやって駄目だったら諦めましょうかねぃ!」


 直後、巨狼が芥郎の居る樹木の根元にまで辿り着く。

 そして、先程と同じように腰を捻って構える。

 恐らく、芥郎が一ヶ所に留まる度にこうして居場所を崩す事によって体力を奪っていく算段だったなのだろう。もし、これを本当に企んでいたのなら、その企みを実行出来るだけの体力と知能は凄まじい。芥郎は軽く戦慄する。

 だが、芥郎は巨狼のモーションを最後まで待たなかった。巨狼とは樹木の幹を挟んでの反対側──詰まる所である巨狼にとっての死角──の地面に芥郎は音もなく着地する。

 巨狼はまだ芥郎が近くに降り立った事などに気付いていない。

 降り立った後、芥郎は直ぐ様行動を起こした。

 足元の地面の砂を掴む。そして、樹木の側面を高速で駆け、構えをとっていて隙だらけの巨狼の目の前に躍り出て、手に持った砂を巨狼の顔目掛けてぶっかける。砂は寸分違わずに巨狼の顔に降りかかる。


「グルァ!?」


 構えを解いて直ぐ様、目を擦り出す巨狼。

 そして、その過程を待つような芥郎ではなかった。

 手を貫手(ぬきて)にして、巨狼の黒い鼻に突っ込む。血が迸る。

 これで相手は自分を捕捉する事は出来なくなった。

 しかし、それぐらいで戦意を喪失する程、巨狼は(やわ)ではなかった。

 巨狼と芥郎は極至近距離である。即ち、その丸太のように太い腕は振り回せば芥郎の当たるのである。

 当然、それを理解した上で巨狼は腕を前方にいるであろう相手目掛けて振り回す。


「グルルルァァァアアアッ」


 しかし、それは悪手であった。


「待ってましたぁ!」


 その剛腕から放たれる殴打は、その筋力に相応しく、凄まじく速かった。芥郎もそれを目で捉えるのは難しかった。実際、先程の樹木の根元を抉った一撃に関しては、遠目とはいえ全くといっていいほど見えなかった。

 しかし、視界と嗅覚を奪われた驚愕によって精彩を無くし、振りかぶりの動作無しで放たれた今回の一撃は辛うじて芥郎の目でも捉えれた。

 芥郎は素早い動作でその剛腕に触れると、


   呆気なく後方に受け流した。


 格闘術を極めた芥郎にとって、運動エネルギーが主だって原動力である攻撃である限り、受け流せないものなど殆ど皆無であった。

 受け流された剛腕はその軌道を多いに変えられて、殴打から突きへと変わっていた。それも、何倍にも勢いを加えられた状態で。そして、その突きは、容易に先程破壊しようとしていた樹木の幹に突き刺さる。


「これで動きは止め……んはぁ?」


 バキバキバキと音が鳴る、下方向から。


「グルルルルルルルルル……!」


 なんと、巨狼は自らの腕の突き刺さった樹木を根っこごと引き抜こうとしていたのだ。


「クソヤバだぜぇ……」


 勿論、芥郎はこれに驚愕した。

 しかし、巨狼の根っこを引き抜く速度は鈍重であった。

 直ぐに我に返った芥郎は溜め息をつく。


「……だが、」


 そして、一頻り巨狼を眺める。


「悪いが、ハッキリ言って長々とテメーを待つ気は皆無だぜ、クソ犬野郎が……!」


 芥郎は腰を据えて構えた。

 そして、──


「ウラァ!」


 巨狼の胴体を力の限り殴った。

 彼の身体の動きによって生じる運動エネルギーは尽く巨狼に打撃となって流れ込んだ。

 その威力は一瞬巨狼の巨体が空中に浮く程であった。


「ガフゥッ……」


「こんっの!」


 そして、それだけで、芥郎の攻撃は止まらなかった。


「クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬…………」


 極限まで洗練された拳の連打は巨狼の鳩尾を集中狙いして滅多うちにしていく。


「しばき殺すぞ、ゴルァ!」


 最後に渾身の一撃がめり込み、突き刺さっていた腕も引き抜けながら巨狼は吹き飛んでいく。


「ガフゥァッ……」


 巨狼は背後にあった樹木の幹に背をぶつけてズルズルと崩れ落ちた。

 それを見届けた芥郎は膝を突き、肩で息をし始める。


「……ハァ……ハァ……ハァ。無酸素運動なんて、柄じゃねーのによぉ……クソ犬が……」


 しかし、芥郎の気の緩んだところで不意をつくような意外な事が起きた。


「……ハハハ……クソ犬とは……言ってくれるじゃないか……」


 突如、若い男性の声が芥郎の耳に響く。

 慌てて声のした方向を見ると、そこには崩れ落ちながらも、回復した視覚でこちらを見つめる巨狼がいた。


「オマッ……喋れたのかよ……!?」


「それだけではないよ」


 突然、巨狼の身体から湯気が出始め、それは巨狼の身体を包んでいく。


「っ…………………………!」


 どのみち、抵抗するほどの体力が残されていなかった芥郎はそれを静観する。

 やがて、湯気は晴れた。

 そこにいたのは、白い髪をした深紅の瞳を持つ長身痩躯の美少年であった、全裸の。


「初めまして、強き人。僕は人狼族の異端児フランクだ」


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