鮮血は美しく儚い花弁と散りて
タッタッタッタッタッタッタッ…
はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…
タッタッタッタッタッタッタッ…
はぁ、はぁ……どうしよう、迷子になっちゃった…日も沈んじゃって、周りが全然見えないよ……
怖いよぉ、早く……誰でも良いから、早く人に会いたいよぉ…
「……あ!」
…森の中を彷徨っていると、目の前にとても大きな建物が見えた。…孤立しているかのようにポツンと佇む一軒家。…秘密の隠れ家みたいで楽しそうだなぁ。
「…もしかしたら、人が誰かいるかもしれない!」
行ってみよう…!どの道、僕には…「目の前の館に入る」という選択肢しか残っていないんだから……
タッタッタッタッタッタッタッ…
『子供達や我が同胞達が姿を消している』
「…………」
…日光が物凄く眩しい。……もう朝か。
…今日もあまり眠れなかった。…軽くトーストとコーヒーで朝食を済ませよう。
ここ最近の不眠の原因は、僕の周りで起こっている不穏な現象だ。……子供達に加え我が同胞の騎士達までもが3日に1人の頻度で行方を晦ましている。…昨日は、僕のライバルでありながら、数年間騎士としての修業を共に経た良き親友である「エディ」までもが……消え去った。
…子供失踪事件に関する捜査。正義感の強いエディは、臆することもなく快くその命を受けた……彼は、僕に「行ってくるぜ!」と言いながら、右腕でトンと左胸を叩き、爽やかな笑顔で、使命を果たしに行った。………それが、エディの最後の姿だ。未だに彼は我等がアジトに帰還していない。
「…………」
……両親を早々に亡くした僕にとって、エディは……掛け替えの無い存在だった。…彼は、真面目な青年であったと同時に騎士としても優秀で、特に剣術に関しては当時の候補生の中では他の人の1つ上を行っていた。…もちろん、それは僕も含めてだ。…あれから、僕は彼に追いつこうと必死に……
…意味も無く、懐かしき記憶を思い浮かべ………心の隙間を埋めていった。
「…そろそろ、アジトに行こうか」
皿とカップを片付けて、赤の長袖と長ズボンに着替える。そして、騎士の正装である鎧・肩当て・剣をその身に携え、ガチャガチャと無機質的騒音を振り撒きながら、自宅を後にした。………子供が見当たらなくなってきて、酷く閑散な場所となってしまったこの町で、今日も今日とて護衛の仕事は始まる……誇り高い騎士に、哀愁や憂いなど不必要だ。不必要であるが故に、それを隠して押し殺しながらこの町のために尽くさねばならないのだ……
おいこらぁ!子供1人も守れない等辺木どもがぁ!
早く返して…!私の娘を、早く返しなさいよぉ!
…子供を奪われた親達は、そのやるせない怒りを僕達騎士団に向ける。…気持ちはわからなくない。だからこそ受け入れる事しか出来ないのだ。
「アドル、ただいま参りました!」
「おう、アドルか……まだ、エディは帰ってきていない」
「そうですか……」
「…余計な事を言ってしまっただろうか」
「いえ、隊長が悪いのではないですから…僕もエディの事が心配ではあるし、気になることであります。しかしながら、それを気に悔やんでいては仕方がありません」
たぶん、エディは……無事に目的地に辿り着いて捜査を進めているか、子供達と同じ運命を辿っているか……
「…アドルは強い奴だな。……そんなお前さえも、今回の捜査に出してやるのはかなり気が引けるが……」
ピクッ…隊長の言葉に体が反応した。……僕が捜査を?
「どういうことですか隊長?」
「あー……どうやらエディが伝書鳩を我々に託していたみたいでな……ついさっき、その伝書鳩が届いたのだ」
「……!何と書いてあったのですか!?」
隊長は、何も言わずにクシャクシャになったその紙を差し出す。
『…この手紙が、伝書鳩が届いている頃には、たぶん俺はもうこの世にはいないかも知れねぇ。まあ、確定はしていないがな。……例の事件に関わりのありそうな怪しい洋館を見つけた。俺は、これから目の前の洋館の中を調べようと思う。…俺が朽ち果てても良いように、こいつに手紙を括り付けて次の奴にこの捜査を託す。……場所は、俺達のアジトがある町から遥か南。コンパスを持っていったから、方角に関してはほぼ間違いがないはずだ。…ここは、日光をかなり遮るほどに葉が生い茂った森林地帯で、日光がなくなると洒落にならないほど暗い。……そのせいでかなり迷いやすくなっている。だが、その洋館はたぶん歩いていればすぐ見つかるはずだ。…何せ、その洋館からだけ、空が見えるからな。まるで、この洋館を月夜に照らして存在感を示してやろうかと言っているような……だが、それと言った明かりは点いていない。……本当に不気味な場所だ。…おっと、中から人が現れた。……これで最後だ。アドル、後は頼むぜ!』
「………」
…洋館か。しかも、迷いの森に潜む明かりのない建物とか一層不気味さを際立たせる。…おまけに、僕にこの捜査を託してくるとは。
「…そういう訳だ。…気は進まないが、行ってくれるか?」
…子供達もそうだが、エディもそこに行っているというなら……行くしかあるまい!
「…行きます!…エディなら、僕よりも剣の腕は立つ。彼なら大丈夫だとは思いますが……万が一の事がありますから」
「……すまない、頼むぞ。…そういえば」
…?隊長は、今回の事件とは別の事を言いたそうにしている様だった。
「どうしたんですか?隊長」
「……あ、いや。剣の腕と聞いて少し気になった事があるんだ……」
…気になること?一体何だろうか。
「何ですかそれは?」
「……当時、もう6年前くらいになるか。お前とエディがライバルとして競い合っていた頃、エディと双璧を成すほどの剣術を持った若い候補生がいたのだ」
……それは初耳だ。…エディだけが僕の目指すべき人物だと思っていたのだが。
「…なぜ、今になってそれを?どうして今までその話が広まる事はなかったのですか?」
「……あいつは、剣術に関しては類稀なる才能を持っていた。…当時指導者だった頃の俺が見る限りでは、群を抜いていたエディのさらに上を行っていた様に感じた。『…こいつは、将来我が騎士団の有能な戦力となって、最終的に隊長まで上り詰めて長く第一線で指揮をしていける奴だ』とな」
「それがどうして……」
「……先程も言ったとおり、腕前は文句無しだった。……だが、騎士としての精神と言う面では相応しくなかった。……相応しくなかったというどころではない。あいつの思考は狂っていた」
「……は?」
「我々騎士達は。民衆及びこの町を、迫り来る驚異から守る。これが我々に与えられた使命であり、自分の身を削ってでも命懸けで生涯全うすべきものである」
「はい。僕も、それを教えられて来ました」
「……だが、あいつは。騎士ではなく、殺人者だった」
「……!!?」
「…本来守るべき民衆を、使い慣れているその剣で次々と殺めていった。…私は、その顔を見て驚愕したよ。……人を躊躇なく殺していた時のその顔は……笑っていた」
「………」
「……気が済むまで暴挙の限りを尽くした狂人は、返り血を浴びたその体で高笑いを叫びながら、忽然と消えていった」
「………その人の名前は」
「すまない、大分前の事だ。…とっくの昔にそいつの名前は忘れてしまったよ。だが、特徴は覚えている」
「それは、一体……」
「…青い髪、青い眼。アドルが赤尽くめだとしたら、あいつは青尽くめといったところか。見た目は、今はわからないがあの時はお前より大人びているように見えたが」
……そんな人物が、この騎士団のにいたなんて。…未だに、隊長の話が信じられなかった。…使命に背くと言う事は、それはそのまま裏切りを意味する。
……隊長の話から推測するに、彼は普遍的な思考のもとで言えば明らかな異常人格の快楽殺人鬼だ。…人を殺していて笑っているとか正気の沙汰ではない。
「…まさか、その彼が今回の事件の真犯人と言う可能性は」
「…そこまではわからない。失踪してからどこに行ったかなぞ我々には知ることが出来ないんだから」
「……そうですね。ご無礼失礼いたしました」
…考え過ぎか。
「…それでは、僕はこれから旅の準備をしてまいります。…捜査は明日から、と言う事で」
「うむ…出来れば早めに行って欲しいものだが、色々と整理は必要だろう…」
「お許しを頂き感謝しております」
そう言って、僕はアジトを後にした。……喧騒鳴り止まない軋轢の空気を身に受けながら。
……壮絶な旅路となるだろう。出来る限りの準備はしておいたほうが身のためだ。…目的地では、何が起こるかは未知数である。…もし、想定できる限りでの最悪な事が起こったとしたら、その時は潔く死を覚悟しなければいけない。……だが、死が怖くて騎士などやっていられるものか。我々の戦場は、常日頃から生きるか死ぬかの崖っぷちだ。…今更、死など怖くはない。
…この日が、この町に僕という存在がいる最後の日になるのだろうか。
「………」
昨日は不思議と眠る事ができた。…とは言っても、目覚めは良くない。…ここ最近の不眠を経験をしている僕としたら、寝られる事は最高に幸せなことで普通は目覚めは最高になるはずなんだ。……良くも悪くも終わりを迎える旅路であるから、不安と緊張が交じり合っているのかもしれない。
一般市民の立場なら、言い換えれば死にに行って来いと言われているのともしかしたら同等であり、それはもう絶望に拉がれて心が病んで何かに当たりたくなるほどに目覚めが良くないなんて事は容易に想像できるのだけど、僕は残念ながらその立場ではない。故に、絶望と言った悲哀的感情が原因で目覚めが悪い、と言う事はない。
……無駄に長ったらしくてくどい考えと文章が頭を巡っている。両頬をパンと叩いて一気にその状態から意識を覚醒させる。……無駄な思考は不要。やるべき事をやってこの町に帰る。…それだけが、今の僕の使命。
カチャン、カチャカチャカチャカチャ
今日はたくさん腹を拵えて置こうと、フランスパン一本に牛乳2杯にサラダ付きと節制してきた朝食の中では1、2位を争う程の豪華な品揃えを用意した。…普段からパンとコーヒーだけの僕からしたらこの量は本当に破格であり、どこか少しだけリッチなホテルの朝食か何かとも思えてならない。
「いただきます」
手を合わせ、食材に感謝し、長々と横たわっているフランスパンにかじりつく。モグモグと勢い良くかじりつき、牛乳で喉を潤す。少しばかり塩で味付けをしたサラダを、口直しと言わんばかりに口内に掻き込む。
ガツガツ、モグモグ、ゴクッゴクッ……
…あれだけ多く食卓に並べたご馳走も、いとも簡単に僕の胃の中に全て飲み込まれてしまった。…さて、腹拵えもした。旅に必要な物は……ランプ、マッチ、水、食料、コンパス、万が一の回復薬、その他の必需品、すべて持った。…着替えは必要ないか、孤独な旅に人など寄って来るはずもないだろうし。火さえあれば乾かせるから問題ない。
ガチャガチャガチャガチャ!
…長年使い古した赤色の長袖長ズボンに、少しばかり色褪せが見えてきた銀色の鎧に肩当て、そして大事な剣。……よし、全て完璧だ。準備は整った。
「(…アジトに寄って、隊長だけにでも挨拶していこう)」
隊長に会い、必ずこの地に帰ってくる、と……
さあ、行こう。気持ちを奮い立たせて。我等は騎士。強い心と力を持った、誇り高き戦士だ。恐怖に打ち勝ち、死に臆することなく、己の命を果たせよ。
我等が神のご加護があらんことを…
騎士団の心構えを自分に言い聞かせて気合を高め……力強く一歩を踏み出す。
ガチャン、ガチャン!
…うん、今日も良い天気だ!…旅路の始めとしては最高じゃないか。使命はとてつもなく重いが、真っ青な空に心を躍らされた。
……待っていろ、子供達。…待っていろ…エディ。
「隊長」
「…アドル」
「行って参ります!」
ビシッと敬礼をし、隊長に旅路の挨拶をする。…暫しの別れか、それとも永久の別れか。
……隊長は俯いていた。僕の名前だけを言い残して、それ以上には口を出す事はなかった。
複雑な心境であるだろう。…エディは、たぶん既に死んでいる。その現場にアドルまで行かせる事はしたくはなかった、と言った感じの表れが今の俯きだろうか。…仮に、それを言われたとしても決意は揺らがない。隊長を一瞥し、アジトを去った。
と、出かける前に……
「レックス」
僕の愛馬である。騎士団の仲間になった時に、遠征の時の移動手段として当時の手段から贈られたものだ。ここでは、自分の馬が死んでしまった時はその時点で除隊処分をされてしまう。…一人前になるために懸命に育て、とても役に立った。今でも最高のパートナーだ。
ヒヒィィイイーン!
「はは、今日も元気だな」
僕の気持ちとは裏腹に、レックスは相変わらず元気な鳴き声を発して今すぐにでも出かけたいかのように前足を上げている。……感情なんか忘れて、僕もレックスみたいに旅を楽しみたいと思うことが出来れば良かった。
「…さあ行こう、レックス」
愛馬を縛り付けている檻から縄を外し、柵を開けて僕の身長より少しだけ大きい体を解放する。解放した瞬間に、鬱憤を晴らすかのように大きな声で鳴きながら前足を一回振り上げて、ダン!と地面を鳴らす。
「よーしよし、威勢が良いな。…それでこそレックスだ」
体の毛並みを撫でてレックスの気持ちを落ち着かせる。それに応えるように、ピタッと動きを止めて背中に乗ることを受け入れる体勢を作る。
「良い子だ……」
長年飼育し続けてきた甲斐がある。少し気性が荒いが、飼い主である僕に対して物凄く従順である。
慣れた脚捌きで、いつも通りに素早く馬の背中に乗り……レックスに指示を与える。
脚は少しずつ前に動き、町の出口にその歩みを誘導させる。
非常にゆっくりな速度で歩みを進めていた愛馬・レックス。出口までもう少しだ。
コンパスで、今の方角を確かめる。…南を向いていた。これを真っ直ぐ突き進めば良いだけだ。…準備は整った。コンパスを仕舞い……
「…はっ!」
僕はレックスに合図を送るかのように声を張り、走る指示を出す。
ヒヒイイイイイイイィィイーーン!
耳にガンガンと響く大声でけたたましく鳴き、ゆっくりだった速度が一気に速くなった。
パカッ、パカッ、と蹄の音を立て、歩幅を広くして猛然と駆ける。
……さようなら。我が愛する町よ。…僕は、たぶん帰ってこないだろう。…僕の町は、僕の手で守ってみせる!
パカッパカッパカッパカッパカッパカッ
「…そろそろ休憩しようか」
町を出てから数時間は立っただろうか。草が生い茂り川が流れている場所を発見したので、レックスの休憩のためにそこに立ち寄ることにした。それと同時に、コンパスで現在の方角を確認した。
「…南西か」
…コンパスを見ながらレックスを操縦できればこの上ないのだが、コンパスが不意の事態で壊れてしまっては致し方ないのでそういう訳にもいかない。…休み休み、方角を確認するしかないか。
レックスはゴクゴクと水を飲み、生い茂っている草を食べ始めた。数時間続けて走ってきたんだ。お腹も空いて喉も渇いていただろう。…僕も、喉が渇いた。
必要な道具を包んでいる袋を縛っていた紐を解き、中から水を取り出す。…それなりの量は持ってきたが、目的地まで足りるかどうかはわからない。川などで補給する手もあるが、さすがに全てが全て綺麗な水とは限らないし……少しずつ飲もう。
ヒヒヒイイイイイイイイイイィィィィーン!!
レックスが元気を取り戻したか。さっきまで声が小さかったのだが、いつも通りの大声が戻った。僕も結構休めたし、行こう!
パカッパカッパカッパカッパカッパカッパカッ
「…ここか?」
レックスの脚を止め、目の前に広がる広大で深緑なる森林地帯を見つめていた。…確かに、夜になったら月夜も隠れて見えなくなりそうだな。……エディが言っていた森林地帯は、ここで間違いないだろう。
「ここは、さすがにレックスの脚では奥まで進むにはキツイか」
入り始めなら馬力を借りるのも良いかも知れないが、奥に進めば進むほど通行を制限されそうな……そんな気がする。その時は仕方ない、レックスを手放すことも考えよう。
ガサッ、ガサッ……森の中に踏み入れる。…今は、昼だよな?太陽が照っているんだから、当然まだ昼だ。…それなのに、森林地帯に入り始めた途端に日光がかなり遮られて、まるで黒くて厚い雲に覆われているかのように一気に明るさを失っていった。…予想以上だ。確かに、これは夜になったら見えなくなるのも納得である。今現在でさえ、地面は少し見えにくい。……用心して進もう。
パカ、パカ、パカ……
レックスも疲れが出てきたか……水が流れているところが見つかれば良いんだけど…
「………ん?…近くに、何かが流れる音」
サーーーッ、と液体が流れるような音が耳に入る。…水か?どこだ?どこにある?
レックスから降りて引っ張るような形で進んでいく。……これだけの自然だ。食料には困らないだろう。後は水さえ確保できれば……
「……あった」
川だ。しかも、ここから見ても色が透明であるとわかるくらいに、とても澄んでいて綺麗な川だ…!これはありがたい!
「よーし、レックス…もう少しだ。もうすぐ、水にありつけるぞ!」
…相当の疲労が溜まっているのか、その歩きは普段に比べれば少し弱弱しい。…もう少しだけ、僕に付き合って欲しい。
「さあ、着いたぞ。レックス!たんと飲んで、たんとお食べ!」
それまでの弱弱しさは一転、水を見た途端に川の中に入って水浴びを始めたではないか。…暑かったんだな。…ちょっとばかり、気配りができていなかったようだ。申し訳なかった、レックス…
僕も、肩当てを外して鎧を脱ぎ、愛用の赤い長袖長ズボンと下着を脱いで川に入る。とても涼しくて気持ちが良い。…長旅だから仕方ないとは言え、風呂に入るどころか水に浴びることも出来なくてやはり気持ち悪い思いはあった。これで、サッパリ出来る。…ついでだから、鎧も洗おうか。殆ど洗えなかったんだ。垢落とししてやらないとな。
袋の中から、ブラシを取り出す。毛先が粗い結構硬めのブラシだ。これなら、汚れも結構落とせるに違いない。一応持ってきておいて良かった。
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ……
「……すっかり、暗くなってしまった」
鎧洗いに結構な時間が掛かってしまったため、日が沈んだのか周りは大分暗くなっていた。…全く見えない。レックスも視界が悪いせいか思うように動けないようだ。……ここまでか、レックスを切り離す決断を今すべきだろうな。
…待ってくれるだろうか。…待ってくれるだろう。僕の愛馬だ。
「レックス……すまないが、しばらくお前とはお別れだ。…僕はやらなくちゃいけない事がある。…待っていてくれるな?」
ヒヒイイイィィィィーーーン!
心配なさそうだ。僕の帰りを待っていてくれることだろう。
「それじゃ行って来るぞ…!」
ガチャガチャガチャ……ヒヒィン、ヒヒイイイイイイィィィィーーーン!
……その声は、僕に行ってはいけないと警告しているのか。…それとも、絶対帰って来いよ!と言っているのか。頑張って来いと励ましているのか……愛馬の遠吠えを背中に受け、僕は毅然と歩く。
歩く、歩く、歩き続ける。…僕の使命を果たすために、歩く。子供達の犠牲を止めるために、歩く。僕の親友を救うために、歩く。……故郷に帰るために、歩く。見えない足場が僕を邪魔しようとも関係なく歩き続ける。
…その光は、忽然と立ち込めた。
「……この洋館は」
…間違いない。エディが書き記した洋館そのものだ。月夜に照らされて確かに不気味に光を帯びる建物の外観。中の明かりは一切付いていなく、最早人の気配などというものは存在しないように思えてならない。……エディ。
「……行くぞ!」
意を決し、玄関の扉を開ける。
ギギギギィィィィィィィィ…………
重々しく開く扉……その中は、案の定真っ暗で明かりがないと良く見えない。
「…マッチとランプ」
手探りでそれらを取り出し、マッチを発火させてランプに火を点す。
…周りが少しだけ明るくなり、内観がそれに比例して少しだけ現れた。……そこにあったのは。
人 の 死 骸、 白 骨 化 し た 骸 骨 の 群 れ だ っ た
「……!」
目を背けようと明かりを別の方向に向けた。が、そこにも……血溜まりの中にいっぱいに積まれている人の死骸が。…それらは、徐に僕に中を見せ付けるように誇示しているようだった。……体に穴が開いている、その凄惨な光景をだ。
「う………うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」
僕は居た堪れなくなって大声で叫んだ。……覚悟はある程度はしてきたが、ここまでの惨状と言うのは想像もしていなかった。……いや、想像できてもいざ現実にこれを見たら気が触れている輩でもない限り恐怖に我が身を震わせることだろう……重々しい空気は、やがて心をも蝕み……この先は、言うまい。…それを言ってしまったら、僕がここに来た意味がこの場所で無残にも泡となる。…使命を忘れてはならないぞアドル。これしきのことでここを乱されるようではダメだ。無理矢理そう言い聞かせる。
…ゴトッ、ゴトッ、ゴトッ
……!?誰かの足音!?
「……誰だ、そこにいるのは!」
「おやおや…それは僕が言いたいですよ。…勝手に人の屋敷の中に入ってきて、いきなり大声を上げるなんて失礼極まりないですね」
…グッ、確かにそうだ。
「ふぅ……ん?君のその服装は……騎士、ですか?」
…騎士について知っているのか。
「ああ、そうだ。僕はアドル。同胞から、この屋敷で失踪事件が度々起こっているとの情報を受けて捜査しに来た」
「…ほう、アドルと言うのですか」
……落ち着き払った態度だ。…疑われてもおかしくない立場なのに焦りの色はその声からは全く感じられない。
「……単刀直入に聞く。……今回の失踪事件の犯人は、貴様か?」
「…だとしたら、僕をどうします?」
…どうするだと?…決まっている。
「…この場で、処刑する」
「……ふぅ、落ち着いてください。…確かにここは僕の屋敷ではありますが、久々に来てみたら屋敷内がこの状況になっていて心底驚いたのですよ。…まあ、見慣れてしまいましたがね」
………明かりがゆらゆらと揺らめいている。が、はっきりとその顔を拝む事は出来ない。
「そういえば、僕の名前を名乗っていなかったですね。……僕は、シアンです」
…シアン。
「そうか、よろしくな……本当に、貴様がやったわけではないんだな?」
「……はい、そうですよ。…ここには、あなたが見た通り普通の人が絶対に見てはいけないものがある…それを見せないように、明かりを消しているんです」
……なるほどな。…うそだとしても、尤もな意見だ。
「疲れたでしょう?お部屋を案内しますよ」
……どうする?こいつはとても怪しい。怪しいが……この時間、この暗さで森林地帯を無事に抜けられる訳がなかろうし、それに……レックスを置いてけぼりには出来ない。…やむを得ないか。
「……ああ、頼むよ、シアン」
「ふふ、了解いたしました。アドル」
……さっきから、妙に落ち着いていて何だか気になる。…見慣れたから、と言う理由での落ち着きはわかるのだが……何かこう、もっと暗い感じで喋っていても良いのではないかと思う。…こんな場所で過ごしているんだ。普通は気分が滅入って来るはずだ。しかし、シアンと言う青年の声はそういう陰鬱とか無気力とか失意みたいなものが全く感じられない。…爽やかな、好青年と言う印象が強い。……この場所で?爽やかな声?…何かおかしい。
「…?アドル、どうしました?」
「ん……いや、何でもない」
「…そうですか、それでは参りましょう?騎士様?」
…考えすぎたかな。
「ここが、ダイニングルームです」
…暗くてよく見えないが、シアンが点してくれている明かりで何とか少しだけその様子が見て取れる。…ちょっと埃にまみれている感じではあるが、比較的綺麗にしているのかなと思う。
「…心配しないでください。ここは食事をする所です。そんな場所に汚らわしいものなど置けるはずがありませんよ」
…少しだけ安心した。…さすがに、あれは刺激が強すぎた。
「後々、ここにも来るでしょう。…次の部屋を案内しますよ」
ガチャガチャガチャガチャガチャ
洋館と思われる屋敷内に響く、それはもうけたたましく鳴り響く無機質物の雑音である。
「(…そういえば、シアンの服装も良く見たら僕と同じような鎧なんだなぁ)」
…それなのに、騎士様ってか。…お前も十分それらしい格好じゃないか、と言おうと思ったが先にシアンの口から言の葉が発せられた。
「…そういえば、アドル」
「……何だ、シアン」
「よくよく見てみると……君の顔は、とっても僕好みですね」
……はぁ?
「…アドルの顔は、男性とは思えない。それほどに綺麗で美しい。惚れてしまいそうです…」
……!!!?
「…おい、おいおいおい!いきなり何を言い出すんだ」
「…失礼、僕は綺麗なものに関しては目がないのですよ」
…だからって、僕を好みだって……そんな恥ずかしいことをよくも平気で……!
「…美しいとか一度も言われたことがないし、綺麗だとも言われる筋合いは無い!」
「…その顔で、誰も魅了されなかったのですか?……その人たちは、目が腐っていますね。僕が見た中で、一番愛おしい顔の形をしていますよ」
…ああ、この言葉が異性即ち女性に言われていたならどれだけ嬉しい事であろうか……と落胆する。…言っておくが、声と服装から判断するにシアンはどう考えても男だ。……女性は、騎士にはなれないから。
「(…シアンって、所謂ゲイの部類なのか?)」
…要らぬ想像をしてしまった。
ガチャガチャガチャガチャ
「着きました。ここが、あなたの寝室の予定となる部屋ですよ」
…ダイニングルームよりもかび臭い。だが、寝るだけなら埃とかをほろえば済む話だ。大した問題ではない。
「…予定?」
「……あなたは久々のお客様です。もう少しだけ、屋敷の中を見てもらいたいのですよ」
……それなら仕方ないか。すんなり納得してしまった。…どうも腑に落ちないままの納得ではあるが。
…さっきから、部屋に関しては「予定」や「後々」と言った何ともはっきりしない言葉で締めくくられている。…後々はまだ良いとしてだ。予定、とはどういう事か。…何故、はっきりと「ここが僕の寝室になります」と言わない?…モヤモヤさせられる。
ガチャンガチャガチャンガチャンガチャン
「そういえば、シアンはどうして鎧を身に着けているんだ?」
「…何でって、僕も一時期騎士をしていたからですよ」
「……それなら、何故さっきから『騎士様』と?」
「…僕は、数年前に騎士をやめたんですよ。…守護の使命に疲れてしまいましてね」
…確かに、騎士は心身ともに疲労させられる職ではある。…命懸けで守るべきものを守らなければいけないこともある、1つの些細なミスで守るべき命が奪われて罵られた事もある。…僕も投げたしたくなる事は何回もあった。だが、助けた人たちからのお礼やその人たちの笑顔と言うものが僕の騎士としての気力に繋がった。…やはり、嬉しい表情は僕自身をも嬉々とさせてくれる。…だからこそ、騎士を続けられた。だが、シアンは……
「僕は、助けた人達から笑顔とお礼を送ってもらうことで…これまでずっと騎士を続けられた。……それが、僕の生きがいであり気力でもあったんだ」
「……そうですか、羨ましい限りですね。…僕には、そこまでの自己犠牲や忠誠心と言うものはなかった。…僕は、騎士としては失格だったのです」
……騎士としては失格。…確かにそうかもしれないな。…あれ?一度似た言葉を聴いたような……
「着きました。僕のお気に入りの場所です。」
ガチャッ……ドアが開けられたその先には……
「……!?」
ここばかりは、少しだけ周りと比べて明るかった。…とは言っても、ほんの少しではあるが。何せ、数個のランプで照らしていただけに過ぎなかったのだから。……しかし、ずっと真っ暗だった事を考えればこれでも十分過ぎるほどだ。
「……人形だ」
「…ええ、僕は……この人形達が好きなんです。…人形は、良いものです。自分の意思で着せ替えることが出来るし、それを行っても何も言う事はない……最高だとは思いませんか?自由自在に、自分の好みに変えられるんですから……!」
自分の意思で、好みに変えることが出来る、か……
「どうだろうな…確かに、自分の意思は大事だとは思うけど、僕にはその考えはちょっと難しいかな……」
「…そうですか、難しいものですね。…共感してくれると言うのは、非常に難しい」
…少しばかり、表情に陰りが見えたようだった。…正確には、声の感じで判断したと言った具合であるが。
しかし、この明るさでもシアンの顔を見るのは初めてだった。…僕よりも少し髪が長めで、黒い髪をしている。その目を見ると、青のような黒のような……小さな炎に照らされて瞳が朱色に染まっているとも言って良いような、そんな複雑さ極まる色彩を放っていた。
「?僕の顔に何か付いていますか?」
…!間近に迫られて、僕はドキッとした。
「あ、いや…何でもないよ!」
「…そうですか、残念ですね。……アドルも、僕のことを好きになったのかと思いましたよ。」
…本気か冗談かわからない。
ガチャッガチャッガチャッガチャッ
「ここがお風呂場とトイレですね」
……おどろおどろしい光景ばかり見てきたからどんなものかと思って不安になったけど、案外水周りに関しては綺麗だった。…この小さい明かりで見る限りでは、と言う余計なものが付くのだけど。
「ここは僕が使っているので汚くは出来ないんですよ。もちろん、ここに来る人たちのためにも、ね?」
…んー、シアンは綺麗好きなのかな?しかし、綺麗好きならあの玄関のフロアの惨状を何とかするはずだが……1人では手は回らないか。そう考えると仕方ないのかもしれない。
「…意外と綺麗にしてるんだな」
「当然です。お風呂が汚かったら誰も入りたくありませんし僕も入りたくありません。トイレだって同様に。……床の掃除は広すぎて面倒ですけど、水周りなら何とかなりますから」
…思っていることをそのまま言ってくれたようでこれに関してはすっきり納得した。
「……一緒に入りますか?アドル」
「……遠慮しとく」
…本当に、こいつ。ゲイじゃないか?…相手が男だと知ったなら、どんな優男でも受け入れる気は到底無い。うん、無い。
「次で、最後の部屋になりますよ」
意外な事に、広さの割には部屋の全体数は少なかった。…全部紹介されたのかと思うと少々疑問だが。
「あれ、たった数か所だけか?」
「……すみません、他の所はドアが壊れていて僕も入る事ができないんですよ……」
…ドアが壊れているんじゃさすがに抉じ開けるのも難しいか。
「最後の部屋は、僕の部屋です。……大好きなアドルには、是非とも紹介しておきたくて」
…本気で言ってるんだろうなぁ。
ゴトッゴトッゴトッ
ガチャガチャガチャ
……長い。結構な距離の一本道の廊下をずっと歩いている。2つの鎧のそれぞれに奏でる音が和音と鳴って共鳴する。不快な雑音にでもなると思ったが、意外と和音と言えるほどには五月蝿くない響きである。独りでの旅が続いていたせいか、単調な無機質の交響音は妙な安心感を安心感を与えてくれる。
「もうすぐですよ」
…やっと着くのか。…見知らぬ彼の寝室に駆け込み、見知らぬ男と夜を共にし………あああああああああああああああ、やめろおおおおおおおおおおおおお!僕はホモじゃない僕はホモじゃない……自分で言っている事に何か1人で悶絶しているとかバカらしいし恥ずかしい
「……?大丈夫ですか?アドル?」
「あ、ああ…大丈夫だ」
「さあ、着きました。…僕の部屋です」
…いよいよ最期の部屋のお披露目か。
カチャッ、ギギギギギギギギギギギ……随分重たそうな扉だな。玄関の扉並みの重々しさだぞ。
ギギギギ、ゴトンッ……完全に開ききった扉は、閉める意思を見せずにその場に静止した。
………僕は言葉を失った。
「…どうです!?僕のコレクションは!?」
急に視界が広範囲に開けたその部屋で見たもの。
……たぶんエディであろう、見るに耐えない人の形をしていない姿であった。
その他にも、たくさんの奇怪な形をした死体がズラリと並べられている…
ギギギギギギギギギ……ガシャンッ!
「…!?」
「ふふふ…ふふふふふふふふ……」
「…?し、シアン?」
シアンはすぐ側の机に置いてある何かの液体が入ったビンに手を掛けた。……何かはわからないが、多分物凄くヤバイやつだあれは。…突然の展開の変わりようにまだ戸惑いを抑えきれない。
「くっくっくっく……今、そっちに行きますよ…アドル」
…来るな、来るな来るな来るな!…この部屋に入って、そして…シアンの姿を見て、僕は確信したぞ?……お前がかつて僕の仲間で裏切りを持って我が騎士団を去っていった、青い髪青い眼の騎士だという事がな!?
「…お前が、隊長の言っていた青い髪青い眼の騎士、だったんだな?」
「…何のことでしょうか?」
「……お前は、騎士の誇りを捨てて守るべき市民の人達を皆殺しにした。……そうだろ?」
「………ふふふふ、懐かしいですね。そんな事もありましたっけ」
……クソッ、こいつだったのか!この部屋に来るまでにこいつがあの時の殺人鬼だと確信できていれば……!
「…どうして、市民の人達を殺した?」
「……どうして?僕はただ、自分が思うままに衝動的に人を殺めた。…ただ、それだけの事です」
……!!?…心の中で、シアンに対する敵対心や苛立ち憎しみが沸々と沸いて来た。…自分の思うがままに人を殺した?騎士として大成したであろうこの者が、か?……ふざけるな!
「……何故、騎士になった?」
「さあ、何ででしょうね……あの時はまだ、僕にも良心と言う物が残っていたのでしょうか…それとも、人の我が僕をこのような姿にしてしまったのでしょうか……」
「……僕は、いや我が騎士団は、自分の命に代えても市民及びその地を守ることを使命とし同時に至上の喜びとした。…お前には、その気持ちが、その精神が、全く無かったと?」
「…ええ、そのように解釈しても構いません。…何故、あの口うるさくを突き通してくるだけの者達を救わなければいけないのか。…どこへ行っても騎士様騎士様。反吐が出ました。……騎士と言う者に命を乞い、私達を救ってくれと何回も何回も執拗に迫ってくる。…彼らは、命を乞うだけで何もしない。平和な時を、ただのほほんと過ごすだけ。……少しでもヘマをすれば、例え自分の身が助かったとしてももう少しで死にそうだった、と文句を言い彼らの好きなように言いたい放題罵られて…彼らは、自分では何も出来ない癖に………」
「…自分で何も出来ないからこそ、僕達騎士団に頼るんだろう?それのどこがおかしいんだ?…特段におかしい事はないし、命の危機があったら僕等が責められるのは当然だと思うけど」
「……アドル、あなたのその自己犠牲的思考にはある意味の尊敬を覚えそうですね。……頭の中が能天気で羨ましいです。…本当にバカバカしすぎて逆に悪い意味で尊敬してしまいます」
……あ?
「…何の能力も無い愚かな人達を騎士団が自分の命を張ってでも助ける。これに一体どんな意味があるのでしょうか?…おかしくないですか?……僕は許せなかったです。彼らのその微温湯に浸かりすぎた思考が。ドロドロに腐ったその意地汚い思考が。…だから、殺したんです。…あんな惨めな人間なぞ、生かして置くには勿体無いでしょう?」
「(……!!…殺す!!)」
…挑発とも取れそうなシアンの言葉に、僕はそれに激高するしか選択肢が無かった。…つまりは、かなりカッカしていた。
…お前こそ自分勝手だろうと。…お前のエゴを突き通すために殺しただけだろうと。……お前こそ、屑な思考の持ち主だろうと。…その言葉から生み出される怒りは、シアンの心臓をこの剣で貫くことに僕を駆り立てた。…ただちに、こいつを殺さなければならない、と。
「お前が死ねええええええええ!!」
汚い言葉を喚き散らして、シアンに猛然と向かっていく。……彼が、謎の液体が入ったビンを所持している事を考慮も警戒もせずに、だ。
「…僕のこの考えは、アドルにとっては怒りの原動力にしかならなかった。…共感というには程遠いですね。非常に残念です…」
一直線にシアンの左胸を目掛けて突進する僕を……彼は、軽い身のこなしで避ける。
「(…しまった!外した!?)」
不覚。そして、僅か一瞬に出来たこの場面。……シアンは、一瞬の隙を逃さなかった。
「…甘いですね、そんな直線的な動きなど訓練をしている者であれば簡単に避けられるでしょう。…さて、大人しくしていて下さいね」
……!?……僕は、ビンから漂う謎の液体の仄かな香りを嗅いで……………
ガシャッ!………
「…ふふふふ」
…………ここは。
「…おや、お目覚めですか」
…!!…シアン!
「……くっ、腕が動かせない…!」
「…君の鎧を外し、僕の魔法で手足を十字架に張り付けました。……どうです?身動きが全く取れないでしょう?」
……僕は、完全に拘束されたのか。
「……アドルが僕の考えに共感を抱いてくれるなら、僕の事に興味を抱いてくれるなら、君とこの館で一緒に過ごす事も構わなかったんですが……」
「…生憎だが、僕は男好きじゃないんでね」
「…残念。そこまで言うなら、仕方がありません……」
カチャッ、カチャッ……
…!?それは、僕が身に着けていた剣…!
「…この部屋を知ってしまった者は、生かして帰す訳にはいかないのでね。…何人かの子供達と騎士団の奴等は、僕がここで処刑した。……エディとか言う奴もそう」
…エディでも勝てない男・シアン。こいつの相手が、僕に勤まる訳が無かったんだ……
「…子供達の失踪事件も、騎士達の失踪事件も、みんなシアンが……」
「…ああ、そうだ」
……口調が変わった。
「僕が殺したんだよ…!皆、僕が殺した!アルフレッド、メアリー、クレナ、ジェニファー、デヴィット、スコット、エリー、グレイス、アタラシア、ジュリア、マイケル、その他諸々……数え切れないほどの子供達を手籠めにしてきたよ。男の子は八つ裂きにし、女の子は精神的に黙殺させて僕の言い様に作り変えられる愛しき人形となった……!」
…人形。…まさか、あの部屋の人形って!?
「おい、まさか……あの部屋の…」
「ああ、そうさ!あの子らは僕が大事に手を掛けた女の子達で、立派な僕の人形だ。…彼女らは、僕が何をしようとも否定や嫌悪の言葉一つも残さずに受け入れてくれる」
……シアンの本性は、悪趣味で変態なキチガイだったか。
「…シアンの嗜好には付いていける気がしないわ。もちろん、頭の中の思考もな」
「…ちょっとばかりうまい事を言っているようだけど、そんな事で簡単に君を解放させられるとか思ったらダメだよ?……君は、もうすぐ死ぬんだから。有無を言わさずにね。…もう少し健気な奴だったら、初めての同性の人形が出来上がるはずだったんだけど……本当に残念だよ」
…僕も残念だよ。……当時の騎士候補生の首席とも言えるシアンがまさかこんな奴だとは思わなかった。
「…余計に話しすぎたね。…お待たせした、今から僕が君を神の下に連れて行ってあげる」
……死神の下、の間違いだろう?
「へぇ……殺してきた人達全員にその言葉を掛けたのか?」
「……ああ、神が創り神が護る世界が一番幸せな世界だからね。…これは、この世の人間の醜悪から逃れさせるための儀式でもある」
……何と妄信的で自分の考えに陶酔している青年だろうか。…さすがに気持ちが悪い。
「…君も、その世界に連れて行く。どうせなら、神のご加護が最も行き届くところまで連れて行ってあげたいのだがね…」
…そればかりは御免被る。
「嫌だね…そんな世界…本当に、幸せな世界かどうかもわからないしね……」
…シアンは俯いた。そして……
「そう……それじゃあ…」
さ よ な ら
…僕の腹部に、自分の剣の刃先が向けられる。…心臓を狙われないだけでも、ある意味幸か不幸か。
「くっくっくっくっ……あはははははははははははははははははははははははははははは!!」
グジュッ!…ズブブブブブブ
「!!!!!う、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
躊躇も無く一直線に向けられた刃先は、見事に僕の体を抉じ開けた。……そして、その勢いは止まることを知らずに、ズブズブとさらに深みへと侵入していって……
ズブブブブブ…グチャッ!
「…いぎぃっ!!!?」
この感覚は……剣が、僕の体を貫通したのだ。…腹から背中に掛けて、激しい痛みが容赦なく襲う。…経験した事の無い激痛。堪え切れなくて、奥歯を噛み締めて狼のように唸り声を上げる。…その声は、生を全うしている時よりもさらに深く重く、威厳のある……生のために必死に足掻いているそのものの声…
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
生死の境で必死にもがき苦しんでいる姿を見ていたシアンは……
「いヒヒヒヒひひひひひひはっははは母はっははは葉はひゃや母や葉yhyはyはyはyはyひゃはyはやはあひゃはやはyはやはやあひゃやひゃは!!!最高だ、実に最高だよ!アドルぅ!?君は本当に良い声で鳴くねぇ!?ひゃはははははははは!もっと喚け、鳴け、苦しめ!この僕に、もっと無様で醜い姿を見せてぇ!!?生に執着したその姿を…人間が一番美しく輝く今のその姿をさぁぁぁぁぁ!!あぁどぉるぅくぅぅぅぅん!?」
…シアンは、常軌を逸していた。……市民を皆殺しにした時の心境もこんなものだったのだろうか。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………んぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」
痛みは激しさを失うことなく、寧ろどんどんと蓄積されて僕の意識が耐えられるかどうかの瀬戸際までに心身を蝕んでいた。
「…つまらない。つまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらない!!!もう終わりかぁ!?アドルぅ!?お前の慟哭はこれくらいのものかぁ!!?つまらないつまらないつまらないつまらないもっと喚き泣き叫ぶようにしてやるよ!!」
つまらないつまらないシアンはそう言って、貫通させた剣をグルリと反転させた!
グリュリュリュッ!ブシャアッ!
「んがああああああああああああっ!!」
「くひひひひひひひひひひひひ!やっぱり君を選んでおいて良かったよ、アドルぅ?君の慟哭は、予想以上に僕をゾクゾクさせてくれるね……!もっと、もっと君の事が…!」
内部でぐるぐると掻き回されて、ただ単に刺されたのとはまるで違う気持ち悪い痛みを感じた。…内臓をグチャグチャに揉みしだかれると言えば良いのか、とにかく胃腸が歪な形で圧迫されているような物凄い嫌悪感と吐き気に襲われて……
「……ぐっ、ごはっ!おええええええええええっ!」
遂に、僕は中の物を吐いた。……食べ物や黄色い液体などではなかった。赤く濁る液体、血液だった。
「………はぁ、はぁ……」
………ヤバい、意識が……遠のいてきた。…血を失いすぎたか、内部外部共にぐちゃぐちゃにされたせいか……どのみち、僕は………もうすぐ…………
………………………………
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁあぁぁぁ………」
僕は、最後に…綺麗な真っ赤な薔薇の花弁が大量に散っていくのを見た。……そう思わせるほどに、アドルの最期はとても綺麗でとても美しく……腹部からの血飛沫と口からの血飛沫が、彼の最期を非常に神秘的なものにしていていた。……僕は、これまで何十人もしくは何百人の人を殺してきたが、彼ほどの最期を迎えた者はいなかった。…アドルの血飛沫をスケッチして絵に留めさせておきたかった。…それ程までに、僕の脳や心を刺激させられた。…この光景は、いかなる美術館の絵画にもそうそうないであろう。…奇妙奇天烈、繊細、力強さ、美しさ、神々しさ。これらの要素が複雑難解に織り成し、『アドルの死』という1つの絵を形作っている。
…この興奮、体全身がゾクゾクゾクッと電気が流れていっているような感覚は、この先一生忘れる事は無いであろう。……これも、アドルに対する好意もしくは愛故か。
…ただ、その好意または愛を持ってしまったが故に、僕は……『アドルの死』を燃やさなければならない。……彼の死に姿は、直視できないからだ。…好きになってしまったから。
…僅かな思考だけは、僕も通常一般人と同じ構成で出来ていたようだ。…人間が死んでいるのを見たら、死に深く関わる者以外は誰もそれを直視したくはないだろう。……「それ」の範囲が、僕と他の人では『「人間全体」と「好意を持った者」』と言った具合に違うだけ。
……もどかしい。非常に、もどかしい。僕は、史上最高作品の『アドルの死』と言う画を目の前でまじまじと見せ付けられているのに、ずっと見ていたいと言う気持ちとは裏腹にアドルを直視できないと言う究極のジレンマに陥っている。……どうして、僅かな良心が残されていたのだろうか。……何故、この者を見ていたくないと言う思いにさせられてしまったのか。
……僕は、この一作品を胸に深く焼き付けて、思い出として死ぬまで語り告げられるまで深く脳に焼き付けて……彼を燃やす事に決めた。
…形ある物は、いつかは壊れる。…これは、無機物だけではなく有機物についても同じことが言えよう。……アドルは、壊れたのだ。…僕が、壊したのだ。
「……あれ」
…目頭が熱くなり、目から何か汁が出てきた。……これは、涙…?
…「鬼の目にも涙」とは正にこの事か……
「ちくしょう……ちくしょう……」
…ポロポロと涙がどんどん溢れ出てくる。…17年間生きてきて初めて泣くと言う行為をした。
……もう、十分に焼き付けた。…涙で、絵がぼやけ、霞む。
…彼を、アドルを燃やすべき時が、やってきたんだ。
今度こそ、さよならだ……アドル……
火炎魔法を詠唱し、直後に両手の掌から激しい炎が舞い散る。……それは、ほんの少しまで生存していた1人の男を丸ごと包んでいった。
……お や す み
…炎が消えるのを待たずに、部屋を去った。
……焼き付けた思い出を、深き場所に仕舞い込むために。
初めまして、ヤンデレリらっちと申します。以後、お見知りおきを…
今回の作品は、初投稿ながら自サイトからの転載という形で書かせていただきました。今後の執筆も、ある程度は自サイトからの転載になると思われます。ご了承ください…
さて…如何でしたでしょうか。楽しんでいただけたでしょうか。
実は、この作品はリクエスト小説です。リクエストをしていただいた方からあらかじめ大まかな設定をしてもらってその流れに沿って書く形を取ったのですが…最初、鎧と聞いて「んー、ファイアーエムブレムの感じの内容にすれば良いのかな」と思い、何となくそれっぽいイメージを作りつつ執筆に励んでおりました。
…最近は、夜更かしによる眠さもあってか制作意欲を削がれている一方です。…モチベーションを保ち続けるのは本当に難しいです。もっと書きたいことが山ほどあるのに!と思っても気力が付いて行かないです…
執筆を始めた当初は、文章も滅茶苦茶で誤字脱字は当たり前と言う感じでした。…今もあまり変わっていない気もしますけどね。
間があると文章が微妙に違ってくるんです。数日開いただけでも、書き方が何か違うと感じることがよくあります。…それが、成長か劣化か、と聞かれたら自分は何も言えませんが。漠然と何となーく、自分の書き方が確立しつつあるのかなぁとも思ってはいますが……実際のところは未だにわかりません。今後、これ以上に劣化する可能性はありますし逆に成長する可能性だってあります。…ですが、現在の自分の中では今の書き方が良い感じだと思っております。…どこを意識しているとかは、あまり聞かないでくださいね?…漠然としているので。
余談となりましたが…今後も皆様に読んでいただければ嬉しい限りです。皆様が面白いと思われる文章をこれからも書いていけるように努力していきますので、今後ともどうかお付き合いくださいませ。
それでは、お休みなさい…