とある兵士と少女達の朝
第19話でございます。
ジェフが徐晃を暫くあやしていると、徐晃がジェフの下を離れて顔が見えない位置で三角座りをして、焚き火を見つめだした。
「ごめんね、オジさん。変な事言っちゃって、オジさんも疲れてるだろうし、早く寝ちゃってね」
徐晃はまくしたてる様にそう言うと、座ったまま微動だにしなくなった。
「…ああ、お言葉に甘えさせて貰うぜ」
気まずい空気に、一瞬何か言おうとしたジェフだったが、これ以上何を言っても徐晃を傷付けるだけだと判断した為、礼を言って眠る事にしたのだった。
暫く経って、ジェフが寝静まった事を確認した徐晃は、焚き火を見つめながら、小さなため息をついた。
「オジさんに、真名、預けられなかったなぁ。こんな事初めてだよ」
今はいない家族や大切な親友に仲間達、皆に真名を預け、預けられていた徐晃にとって、ジェフに真名を預けられなかった事に、徐晃自身も少なからず傷ついている。
しかし…
「多分、オジさんにとっての優しさ、何だよね」
くしゃりと崩れてしまった顔を隠すように、太ももに顔を押し付けるとまた溢れ出した涙を流した。
暫くそうしていた徐晃だったが、急に顔を上げると、腕で顔を乱暴に拭い涙を拭くと、ニヤリと笑みを見せた。
「いいもん、絶対真名をオジさんに預けて見せるんだから。う~ん、でもどうやったら良いんだろ? まあ良いや、緑に相談しよっと」
笑みを浮かべたまま、徐晃は思う。
絶対に諦めない、と…
ジェフや少女達にとって長い夜が明けると、まだ眠りこけていたジェフは、左頬を思いっきり引っ張られて目を覚ました。
「いってぇ!? 一体誰だぁ!!」
引っ張られた方向を向くと、ひらひらと右手の平を軽く振っている沙摩柯と、カチコチに固まった顔を布で覆った少女が居た。
沙摩柯はニコニコと笑っているが、顔を覆った少女は、そう言うわけにはいかず腰が抜けたのか、ペタンと地面に尻餅をついて震えていた。
「沙摩柯、てめぇ、どういうつもりだ? 事と次第によっちゃ殴るぞ?」
寝起きでかなり機嫌が悪いのか、ジェフは半分キレ気味であったが、震えが最高潮に達している、少女を見るや態度を軟化するのだった。
「だ、大丈夫だぞ? お前さんには何もしないからな?」
しかし、その言葉には何も効果が無かったらしく、少女はごめんなさいと言いながら、大泣きしだし、この事に反応した何平がまた襲いかかり、沙摩柯が何平の首根っこを掴んで睨みを利かせ、ジェフはジェフで大泣きしている少女に対してどうあやせば良いのか分からずまごつく等、たった4人で見事な混沌を作り出していた。
この光景を見ていた少女達、特に森から一緒に居る組は、ジェフがまごつく姿は見たことがない為、クスクスと笑い始め助けられた少女達も我慢できずに、数人がクスクスと笑い出す者が居るのだった。
ひとしきりあやして、漸く泣き止んだ少女を前にジェフは四つん這いになって荒い息を吐いていた。
「な、何で朝っぱらから、疲れにゃならんのよ…」
そう言うジェフに、沙摩柯が答えた。
「…トルーマン悪い。此処まで荒れるとは、予想出来なかった」
そう言いながら、ニヤニヤ笑っている沙摩柯を、ジェフは忌々しげに見上げていた。
「まあ、判ってた事だが、やっぱりてめぇか。一体何がしたかったんだよ?」
とりあえず理由を聞くために、怒りを押し殺したジェフに対して、沙摩柯がこう答えた。
「…月英に慣れて貰おうと思って、荒療治だとは思ったけど、試してみた」
トルーマンならそんなに怒らないと思ったと沙摩柯に言われ、ジェフは何ともいえない気分になった。
(ま、まあ、仲間を思っての行動なんだよな? 沙摩柯の笑みに若干納得いかんが、確かに俺に怯えて恐慌状態に毎度なられても困るしな)
昨夜の野営地に戻る際、徐栄が沙摩柯と年齢の話をしていた事があり徐栄と同じ○代であると判明している事もあり、十も年が離れているのだから、とジェフは大人の対応をしろと自分に言い聞かせる。
「寝起きを襲うのは、流石に止めてくれ」
そう言うと、沙摩柯も悪ふざけが過ぎたと謝ってきたので、話を打ち切ると再び沙摩柯が月英を前に差し出す。
月英もまだ怯えているのか、震えてはいるのだが、顔を覆い隠している為、表情を伺い知る事は出来ないが、何かをしたそうにもじもじしていた。
沙摩柯が月英の背後で、小さく、ほらと言うと月英は意を決したのか、ジェフに声を(まだ小さい声だったが)掛ける。
「あ、あの、ぼく、黄、月英って、言います。あの、昨日は、ありがとう、でした。あ、うぅ、あの、その…」
色々言いたいことが月英にあるのだろうと慌てる月英に対して、ジェフは常に笑みを浮かべて待ちの体勢で話を聞いた。
わたわたと慌てすぎて月英が体勢を崩すと、沙摩柯が月英の背を支え一所懸命に伝えたいことを、月英はジェフに伝えようとし、ジェフもまた理解しようと無理に話を促さずに聞いていると、漸く話が判ってきた。
「なる程、昨日は俺の腰に差した道具が気になって近くで見ようとしたは良いが、暗がりで俺を見たら急に怖くなった、と。今朝は今朝で、沙摩柯に俺は怒らないからと唆されて、勇気を出して俺の頬を引っ張ったら怒られたから、びっくりした。って所で良いか?」
解読するとこうなり、コクコクと月英は頷いているので、大筋は合っているようだった。
とりあえず沙摩柯を一発殴らないと気が済まなくなったが、月英の事を優先する為に、イライラを押し殺してジェフは月英に向き直る。
「よく話してくれたな、よく頑張ったぞ」
そう優しく言われた月英は、照れているのか身体を小さく捩っていた。
すると、顔を覆い隠していた布がスルスルと取れていき、月英の素顔が衆目に晒されてしまった。
赤毛で肌は晒していた為、浅黒いのは判っていたが一番印象的だったのは、目の色が左右非対称で右目が青色、左目が黄色だったのだ。
顔を覆い隠していた布が、取れた事に直ぐさま気付いた月英は、布を顔に急いで巻くと、沙摩柯のふくよかな胸に飛び込むと、震えだした。
そんな状態を見て取ったジェフは、大体の理由を察する。
(なる程、赤毛で浅黒い肌か、インド人にあるタイプの色だな。この国は、東側だと思うから、そら西側の人間は珍しいだろうよ。しかも…)
ジェフは、頷きながら月英に話しかけた。
「なる程ねぇ、虹彩異色症とは、俺もお目にかかるのは久しぶりだぜ」
所謂、オッドアイの事だが、戦闘中に怪我をしてそうなる者が、ごくわずかだが居たためジェフも見たことがあった上、軍事教育の延長で医学も広く浅く知っているため、多少の疾患は覚えていた。
その為、ジェフは何とも思わなかったのだが、月英にとってはその事自体に驚いた。
「お、おじさまは、ぼくの事、怖く、無いの?」
月英は、肩越しにジェフにそう聞くと、ジェフは肩を竦めながら答える。
「何を怖がりゃ良いんだ? 他人様とお前さんが違うことか? んなもん、同じ人間なんぞ1人もいねぇんだから、怖がる意味がねぇよ」
そんな風に言われた事が無いのか、月英は沙摩柯の胸に顔を埋めて押し黙ってしまった。
その為、無言で沙摩柯に月英の事、指指すと、沙摩柯も心得ているのか、一度だけ頷くと月英の背中をさすり始めたので、ジェフも何平を脇に抱え(何平も流石に空気を呼んだらしく黙っていた)、その場を離れることにするのだった。
ジェフが、焚き火の方へ移動し、脇に抱えた何平を離すと、何平がジェフを睨みながら話した。
「てめぇ、何で月英の…顔見て…驚かねぇんだよ」
ジェフは昨夜何平を良く観察出来なかった為、何平をザッと見て予想を立てた。
(若干気は荒いが、間違いなく仲間思いではあるんだろうな、目つきが悪いのは生まれつきみたいだしな)
ものの数秒で何平を軽く見定めて後は話をしたりして探る事を決めたジェフは、肩を竦めて答えた。
「そりゃおめぇ、ああいう人間が居る事を知ってるからに決まってるじゃねぇか。世の中、広いんだぜ? それこそ、見たことも聞いたことも無いモンがごまんとあるんだからよ。黄月英の事だって、見たことがあるんだから、驚く必要がねぇじゃねぇの。なあ?」
そう言われ何平は、ジェフを睨みつけるが、フイッと顔を横に向けると、ありがとよ、と小声で言った後、そのまま沙摩柯の下に走り出していった。
「こっちに連れてきたのは、余計だったかねぇ?」
そう独り言を呟きながら肩を竦めるジェフは、朝の日差しに目を細めているのだった。
何時になったら洛陽に着くんだろうか…
もう二十話近くなのに、幼少期編が牛歩と言うスピード感の無さですが、頑張って書いておりますので、気長にお待ちいただけると幸いです。




