事件3~4
3
家に戻ると、さっそく彼女が姿を見せた。僕の生気をなるべく吸い取らないようにと、昼に出没することは少なくなっていたが、彼女の夫と思われる人物に会いに行く話をしていたせいで、さすがに気になっているらしかった。
<どうだった?>
「古寺洋介が、君の夫であることは間違いないね」
<で、どんな人?>
「感じがよくて、感じの悪い人」
僕は簡単に洋介のことを話した。詳しくは夜話すからと言いおく。
しぶしぶそうに彼女は消えていった。
消えている時どうしているんだろうと思い、彼女に質問したことがある。眠っているというのが彼女の返事だった。やはり幽霊にも休息が必要らしい。
壁のひとつに、僕はポスターを裏返したものを貼って、ホワイトボードの代りみたいにして使っていた。要点や考えを直接書き込んだり、メモやコピーをピンで留めたりしている。調べたことを、いつでも確認し考えることができるようにと始めたことだったが、彼女に見てもらうためでもあった。僕がいない時には、それらを見ながらなにか思い出すように言ってある。
僕はいま見聞してきたことを簡略にメモすると、それを壁の紙に留めた。それから卒業アルバムを開いて、若原礼子さんの住所を調べた。アルバムの最後に、卒業生たちの連絡先として住所が掲載されていた。電話番号は記されていない。
あの夜の彼女といい、さっきの洋介といい、若原さんに対する反応はかなりのものだった。若原さんが、彼女たちとどのような関係があるのか知る必要があった。とくに洋介が最後に見せた動揺は、僕に大きな疑いを抱かせていた。なぜ彼はあんなに驚いたのか。
調べてみると、若原さんの住所は高宮になっていた。そういえば、古寺洋介も古寺貝蔵という人物も高宮だった。洋介と貝蔵につながりがあるのかどうかはわからない。同じ姓の他人ということもある。それに若原さんの住所が高宮だからといって、それが即洋介と結びつく理由もない。しかし三人とも高宮であることが気になった。偶然かもしれないが、そこになにかあるのかもしれない。考えるより、若原さん本人に聞いてみるのが一番だった。僕はバッグをからうと表に出、高宮に向かった。
住所にあった若原さんのアパートを探り当てたのは、それから四十五分ほど経ってのことであった。高宮に着いたのが三十分で、探すのに十五分を要していた。道の脇に自転車を停め鍵をかけた。
右側に外階段の設置された、二階建てのモルタル造りであった。道に対して斜めになっているせいか、両側の民家に挟まれ窮屈そうに見えた。一階と二階にそれぞれ三つドアがある。若原さんがここから高校に通っていたのかと思うと、自分が過去へ遡る気持ちがした。若原さんのことをなにも知らない僕がいた。
来る途中で買った使い捨てカメラで、外観を角度を変えて二枚写した。それからアパートのほうへ歩いて行き、一階から順に表札を見てまわった。若原という苗字はどこにもなかった。アルバムに記載されていた住所は3号室になっていたが、該当するその部屋の表示は別の姓になっていた。卒業して十五年が過ぎている。若原家がどこか他の土地に移転したとしても不思議じゃない。それにいまは僕と同じ三十三歳である。結婚して嫁いでいる可能性のほうが高い。予想しないことではなかったが、やっぱりね程度の落胆はあった。
さてどうしようかと思案していると、外階段をハイヒールが打つ金属製の甲高い足音がした。派手な服装の女が階段をおりてきている。化粧の仕方から見て、お水の人ぽかった。年齢がまったくわからない。僕が声をかけると、女はけだるそうに僕を見やった。口紅のどぎつい唇から、いかにも面倒くさそうな声が出る。
「なあに」
僕は若原さんのことを尋ねてみた。知らないし、そんな人は住んでいないと思うという返事だった。そして歩み去ろうとし、足が止まり、僕を振り返った。
「一階の立山さんに聞いてみたら。ここじゃ一番古いはずだから。一階の左端の1号室よ」
やはり面倒くさそうな声だが、親切な人である。
僕は礼を言って、教えられた部屋をノックしてみた。
太った、人のよさそうな感じの女が出てきた。トレーナー姿で主婦に見える。
「なんでしょう。新聞なら間に合っているけど」
新聞の勧誘員と思われたらしい。若原という名を出すと、女の丸い目がなつかしそうに細くなった。
「若原さんね。ええ住んでいたわよ。でも、ずいぶん前に引っ越したわ」
「どちらにいかれたかご存じないですか」
「知らないわ。急な引っ越しだったし、これといった挨拶もなかったから」
急に興味をおぼえたらしく、女の視線が僕に注がれた。
「若原さんのこと聞いてどうするの?」
礼子さんと同じ高校に通っていたことを告げ、わけがあって彼女と連絡を取りたいのだと話した。
「探偵かなんか?」
いいえと笑って答え、ふと気づいた。
「どうしてそう思われるんです」
「いえね。出て行くとき確かに妙だったの。礼ちゃんにしてはおかしいなと思っていたから、なにかあったんじゃないかって気になっていたのよ」
「その時のことを詳しく話してもらえませんか」
女はためらいを見せた。顎をふくよかな胸のほうに引いて、考えてから言った。
「だいぶ前のことだし、話してもかまわないわよね。それに、なにか悪いことしたわけじゃないんだから」
言い訳めいたことを口にしてから立山さんは話していった。
「うちがここにきてから十八年ほどだけど、来た当初から若原さんとことは親しくさせてもらっていたの。礼ちゃんのお母さんが、保険の外交員で話好きの面倒見のいい人だったのよ。若原さんとこは、そのお母さんと礼ちゃんの二人暮らしで、ご主人はだいぶ以前に亡くなったって聞いたわね。暮らし向きはそれなりよ。質素だったわ。高校生のころは、お母さんが働いて、礼ちゃんが家のことなんかはやっていたみたい。うちの娘も礼ちゃんによく遊んでもらっていたっけ。修学旅行から帰ってきた時は、京都のお土産って、生八ツ橋を持ってきてくれたこともあったわね。そういうふうにわりと仲良くしていたものだから、礼ちゃんがなにも言わずに引っ越ししたのは妙としか思えないのよ。普通一言ぐらいあるわよね」
「具体的にどういう引っ越しだったんです」
「突然引越し屋のトラックが来て、そのまま荷物を運んでいったの。なにも聞いていないし、急なことだったので、わたしびっくりしたわ。見ると、礼ちゃんの姿もないでしょう。なにかの間違いじゃないかと思ったの。それで業者の中に混じって、年配の女性がいたのでその人に声をかけてみたのよ。その人が依頼主みたいだったから。すると、礼子の伯母ですって返事なの。急なことですが、礼子は自分たちと一緒に住むようになりましたからって。あまりにも急なことで挨拶もできませんで申し訳ありませんって。疑うわけにもいかないし、そうですかと答えるしかないじゃない。そしてそのまま引っ越して、それ以来音沙汰なしというわけよ。どうみても変でしょう。それにあの女の人、伯母とか言ってたけど、お母さんのお葬式にも来てなかったのよ。それに礼ちゃんも、身寄りはないと言っていたし」
「お葬式っていうのは、礼子さんのお母さんはその時亡くなっていたんですか」
「ええ。あの年は礼ちゃんにとって災難続きの年だったわね。二月にお母さんが亡くなっちゃうし」立山さんはため息をついた。「血圧が高かったらしく、職場で脳溢血で倒れたの。すぐに病院に運ばれたけど間に合わなかったのね。そしてそれがすんだと思ったら、今度は礼ちゃんの会社が倒産しちゃったの。高校卒業して印刷会社に勤めていたんだけど、もともと小さな会社で大手に食われてしまったの。ほんと弱り目に祟り目というのはこのことよね」
初めて知る若原さんのことに、僕は驚いているばかりだった。
「それじゃ、引っ越しの時若原さんは働いていなかったんですか」
「職を探している最中だったわね。いいとこが見つからないってこぼしてたわ。お母さんの保険金が入っていたはずだから、お金のことで困っていることはなかったみたい。でもね、お母さんいなくなって、礼ちゃん身寄りのない天涯孤独な身でしょう。伯母さんと一緒に住むと聞いておかしな話しだとは思ったけど、もしそれがほんとうなら、礼ちゃんのためにはそのほうがいいと思ったわ」
「その伯母さんというのはどんな人でしたか」
「年齢は五十ぐらいかしら。物腰のやわらかな品のある人だったわ。悪い人には見えなかったわよ。詳しい事情は知らないけど、礼ちゃんのお母さんと亡くなったお父さんは、一緒になったのが駆け落ちみたいなものだったみたい。で、いろいろあったらしく、遠方に親戚なんかはいるにはいるらしいんだけど、礼ちゃんも一度も会ったこともないなら、どこに住んでいるのかも連絡先も知らないってことだったの。お母さんに聞かされたこともないって言ってたしね。だから、急に伯母さんという人が現れても不思議ではないんじゃないかという気もしたのよね」
「引っ越しをしたのがどこの業者だったかはわかりませんか」
「だいぶ前だし、さすがにどこだったかは覚えてないわね」
「引っ越しがいつだったかは」
「そうね」立山さんは考えるように上を見て、それから右の指を折って言った。「うちの娘がいま二十一歳でしょう。だから八年前になるわね。そう、八年前よ」
彼女が殺された年だった。その同じ年に若原さんも引っ越している。しかも慌ただしく突然に。
「時期はわかりませんか」
「そのあと下の子の運動会があったから、十月ごろじゃなかったかしら。日にちまではわからないけど」
いやな予感がした。新聞にあった、警察が探している行方のわからなくなった女のことが浮かぶ。
「若原さんのことを、警察が聞きに来たりしたことは」
「いいえ、そんなことはないわよ」立山さんは驚いた。「礼ちゃんのことで、やっぱりなにかあったの?」
僕は首を横に振った。少しほっとした。警察が来ていないとしたら、たぶん、行方のわからない女と若原さんは別人と思っていいみたいだった。
それから若原さんの友人関係などを尋ねてみたが、これというものは聞けなかった。最後に僕は質問した。
「古寺裕子という名に聞き覚えはありませんか」
「心当たりないわ。聞いたことがあるような気もするし、ないような気もするわ。そうそう。もしかしたら不動産屋が、礼ちゃんの転居先を知っているかもよ。聞いてみたら」
両手を打って家の中に入ると、管理している不動産屋の住所と電話番号をメモした紙をくれた。駅前にあるとのことだった。
礼を言い、立ち去ろうとする僕に、立山さんが言った。
「もし礼ちゃんの居場所がわかったら、わたしからよろしくと伝えておいて」
そしてつけ加えた。
「礼ちゃんに会えるといいわね」
「ええ」と僕は答えた。
4
その足で教えられた不動産屋を訪ねた。転居先は聞いてなく、慌ただしく手続きをすませて引っ越したという話だった。やはり伯母と名乗る女性で、若原さん本人の姿は見なかったらしい。
時間があったので、古寺洋介と古寺貝蔵の家にまわってみた。高宮駅前に表示してある地図を見ると、番地は、若原さんのアパートとは私鉄の線路を挟んで反対側の高台になっていた。勾配のある坂道を、僕は自転車を降り、押して歩いた。このあたりは高宮の一等地だった。庭つきの瀟洒な家々が、背の高い街路樹と一緒に往来の両脇に続いている。和風の重々しい屋敷も散見している。枝ぶりの見事な松が塀の上からのぞく家もあれば、駐車スペースだけでも僕の借家より広々とした家もある。服をつけたプードルとゆったり散歩している婦人がいたりもした。番地を見ながら、僕は自転車を押し押し歩きまわった。
洋介の家は坂道の途中にあった。洋風のモダンな造りの二階家で、急角度の胡桃色の屋根が目を引き、フェンスで囲まれた芝生が青々としている。それでも近所の家に比べると、小ぢんまりしているほうだった。使い捨てカメラのシャッターを切る。
貝蔵の家は、そこから一本道を隔てた坂道を登りつめたところにあった。歩いて五分ほどかかった。こちらは洋介の家と違い威風堂々とした造りであった。白壁の塀が続き、敷地坪だけでもかなりのものと思えた。入口は、屋根のついた重厚な木製の門で、鉄の鋲が打たれてある。ほとんど中をうかがうことはできず、二階の屋根瓦と針葉樹の庭木を見ることしかできない。貝蔵氏がどんな御仁にしろ、たいした資産家であることは間違いなかった。屋根の両端には、龍をかたどった屋根飾りまである。こちらもカメラに収めておく。
それから僕は家に戻った。昼食をとっていなかったことを思い出すと、途端に空腹を感じた。冷蔵庫を開くと胡瓜があったので、胡瓜サンドを作って食べた。マヨネーズとはべつに、胡瓜に塩を振るのが僕なりのコツだ。
知りえた情報を紙にまとめてみた。収穫があったように思えていたが、意外と少ないことに気づかされた。洋介からはなにも聞けなかったし、若原さんは引っ越していることがわかっただけだ。新聞記事からほとんど一歩も進んでいない。ま、仕方ないか。それより問題なのは、つぎにどうするかということだった。あんなふうに怒らせちまったから、洋介から話を聞くのはそう簡単にいかない。若原さんの行方を調べるのも、警察官でない僕には手に負えそうにない。推理小説だと、こういう場合身近なところに警察官や新聞記者の知り合いがたまたまいて、そこから新たな情報が出てくるという展開になるのだが、生憎と僕にはそういう当てはまるでない。ここにきて、僕はすでに手詰まりの状態だった。
日が落ち、彼女が姿を現した。今日知りえたことをつまびらかに話した。洋介のことより若原さんのことのほうに、彼女は強く関心を示した。理由を聞いたが、彼女にもうまく答えることはできなかった。
<なぜか若原さんのほうにばかり引かれるのよね。彼女のお母さんのことも、アパートのことも知っているという気がするの。でも、それはぜんぜん具体的にじゃなくて、感じみたいなものなの、たとえるなら、幼い時の、おぼろげな思い出という感じ>
彼女の記憶を喚起させる強いものがあるみたいだった。それがなにか僕は気になった。
「若原さんは、君の事件になんらかの形で関係していると思うかい」
<わからないわ。ただあなたも気づいていると思うけど、若原さんの引っ越しとわたしの事件が起こった日時は、八年前の十月という同じ時期だわよね。それを偶然とするか、しないかね>
「しかもその引っ越しは妙だ」
<そうよね。急に、近所の誰にも告げず引っ越すなんて彼女らしくないわ。彼女になにかあったとしか思えない>
若原さんをよく知っている言い方だった。友だちのことを話しているみたいだ。そのことを指摘すると、彼女は戸惑った。無意識だったらしい。
<言われてみればそうね。でもそういうふうに思うんだから仕方ないわ。うまく言えないけど、わたしと彼女はかなり親しかったみたいな気がする。具体的なものを尋ねられてもなにも浮かんでこないんだけど。ああ、自分で言っていらいらしてくる>
どうやら感覚的なものみたいだった。それが当たっているかどうかは、ほんとうのところはわからなかった。しかし当たっているとして考えたほうがいいように思えた。確信はないが、彼女の感じを信じるのが指針になりそうだった。いや、彼女の感覚こそが、僕と彼女の秘密兵器なのかもしれない。
「それで、若原さんがそんなことしないとしたら、どういうことになると思う」
<いやな想像しか思いつかないわ>
僕は鼻に皺を寄せた。事件と若原さんの引っ越しが、偶然時期が重なったとは僕にも思えなかった。そこには、なんらかのつながりが見え隠れしているようだった。しかも若原さんの引っ越しはあまりに急で、不測の事態が起こったことを連想させる。伯母さんというのも怪しい。僕は思考を中断させた。悪いほう悪いほうへと想像するタイプなのだ。
「晩飯でも作るとするか」
勢いよく立ち上がり台所へ向かった。
<今夜はなんにするの>
「最近麺類ばっかだから、炒飯でもしようかと思っているよ。レタスを皿に敷いてさ」
冷蔵庫を覗き込みながら僕は答えた。人参を取り出し匂いを嗅いでみる。まだ、大丈夫そうだった。豚肉はないので、魚肉ソーセージだ。
<あなたのために、料理を作ってあげれたらどんなにいいかしら>
彼女の吐息が聞こえた。
「そんなこと言ってもらえたの生まれて初めてだ」
材料を取り出しながら僕は言う。
<よほど女の子に縁がなかったのね>
「まあね」僕は彼女を見やった。「もしかしたら、君に言ってもらうのをいままで待っていたのかもしれない」
<バカじゃないの>
微笑し、彼女の陽炎のような像がゆらめいた。
食事を終え、珈琲を飲みながらしばらく雑談した。カップは二つ。食事もそうだが、日常の些細なことが一緒にできないのは不便だった。ひとりだけで飲むのは落ち着かなかった。それで、食事は経済的に無理だが、お茶や珈琲は二人分用意していた。気分だけでもそっちがいい。お供えか陰膳みたいねと彼女は笑ったが、嫌がっているふうではなかった。
明日からの段取りを話し合った。
「他に誰か君のことを知っていそうな人のことを思い出せないかい。たとえば、君の両親とかさ」
<両親ね。ぜんぜん思い出せないわ>
「それじゃ旧姓とかは」
<それもわからない>
けっきょく洋介と、もう一度接触するしかないみたいだった。
<わたしがここにこうしていることがわかってくれたら一番なのよね。愛する妻の幽霊がさ迷っているとなったら、洋介さんも協力してくれるでしょうから>
「それはそうだけど、どうやってそれをわからせるかが問題だよ。自分の目で見もしない限り、そうそう信用してもらえるとは思えないものな」
幽霊というものに対する洋介の不信感を僕は思い出していた。その時僕は閃いた。洋介の職業からだった。見せればいいのだ。
僕はバッグから使い捨てカメラを取り出した。
「これで君を撮るというのはどうだい。そして出来上がった写真を見せればいい」
われながらうまい考えだと思った。この家にいる彼女の姿を目にすれば、洋介も納得するのではないか。
<でも写るのかしら>
「心霊写真があるぐらいだから大丈夫だよ。君が、幻覚でなく幽霊だったらりっぱに写る」
心霊写真なんて普段は信用していないなら、いつのまにやら彼女を幻覚でなく幽霊に決めつけている自分がおかしかった。僕は、なんと都合のいい人間であることか。
フラッシュを焚かずにシャッターを切るつもりだった。経験でわかったことだが、彼女の像は明かりがないほうが鮮明だった。昼より夜であり、蛍光灯があるよりないほうだった。たぶん彼女はなんらかの発光体だと思われた。だから、闇の中でも見える。フラッシュの強い光を浴びせたら、かえってかすんでしまうに違いない。蛍光灯までは消さない。そこまですると背景がつぶれてしまい、この家で撮ったことがわからなくなるおそれがあった。中学生の時、僕は写真部に所属していた。一時期写真の現像所で働いていたこともある。
どういうポーズをしたらいいという彼女に僕は笑ってしまった。幽霊になっても、女性は女性だった。しかし幽霊に、笑ってというのも変なら、怖い顔でというのもどうかと思う。ひとりで笑いながら、僕は数枚彼女を撮った。
<なにがおかしいのよ>
彼女がむっとして言い、僕はごめんごめんと謝った。それでも笑っていた。
電話が鳴り、僕と彼女は、どきっとし顔を見合わせた。電話は引いてあるが滅多にかかってくることはなく、しばし在るのを忘れるほどだ。彼女がプッと吹き出し、僕もつられた。
笑顔のまま受話器を耳に当てると、意外にも古寺洋介の、あのナレーションなみの声が耳に入ってきた。
受話器の向こうから、洋介は今日のことを詫び、よかったらもう一度話を聞かせてもらいたいと言ってきた。僕はわが耳を疑った。ことの成り行きに信じられない思いがした。そんな僕の心中を知ることなく、洋介はそちらの都合のいい日を教えてくれないかと尋ねてくる。そちらに合わせますと返事をした。
「明日の午後六時にどうでしょう。義父も一度あなたに会いたいと言っていますので、ご足労でしょうが義父の家まで来ていただけませんでしょうか」
洋介が教えた所在地は、古寺貝蔵の家だった。知らないふりをして聞き、受話器をフックに戻す音がして電話が切れた。
僕は彼女のところに戻り、ことの次第を話した。
<それじゃ、向こうから会いたいって言ってきたの>
彼女も僕におとらず驚いていた。
「そう、しかも好都合に義父の家でだそうだ。君の父親とも会えるらしい」
<古寺貝蔵がわたしの父親っていうことは、洋介さんは婿養子なのね>
「どうやらそうらしい。だから家も近いのかもね」
<でも、どうして急に話を聞こうという気になったのかしら?>
洋介の豹変は確かに気になった。しかし、渡りに船を見送る気もなかった。




