幽霊ー1~3
1
こうあっさり言うのも情けないが、僕はダメな人間である。今年で三十三になるが、どう振り返ってみても紙切れみたいに薄っぺらな人生だった。育った環境はごく一般の家庭でなんの問題もない。だから僕がダメなのも、すべては僕の責任としかいいようがない。
それでも大学生のころまでは、それほどダメな人間だとは思っていなかった。大学の四年になり、就職をしなくてはいけないという時期からおかしくなり始めた。思うようにいかないのだ。もちろん、世の中が自分の思うようにならないのは僕でもわかっている。だからそういうのでなく、なにか進みにくいというのか、どうしていいのかわからなくなって、いつまでも道にぼうっと立ちすくんでいるという感じ。時間だけがすぎていき、みなはそれぞれ自分たちの行き先に向かったというのに、僕だけがいつまでもそこに残っているという感じ。下校時間はとうにすぎているのに、夕暮れの誰もいない教室にひとりぽつんといるという感じ。もちろん僕だってそうしているのはいやだ。でも、だからといって、どこに行けばいいのか、どうすればいいのかわからない。恥ずかしい話だが、三十三のいまでもそんな感じが続いている。要するに、いい年こいて子供なのだ。自分の行き先を決めれないなんて成人男性のすることではない。ガキそのまんま。でも、当時の僕は、そのままでいるわけにもいかず、また、引きこもりをする勇気も持ち合わせていなかった。それで、どうしていいのかわからないまま、就職させてくれるとこに就職した。しかし、そこが自分の居場所でないことははなからわかっていた。身体はそこにあったが、気持ちのほうは学校の教室に残ったままである。長続きするはずもなくそこを辞め、またわけのわからないまま他の職場に履歴書を持っていく。それの繰り返し。転々と職場が変わる。心ここにあらずだから、経験や実績が身につくはずもなく、人生は無為にすぎていく。結婚なんて、一度も考えたこともない。女房子供を養っていくなんてどだい無理な話だと思っている。二十代のころは、そんなつかみどころのないその日暮らしでもなんとか切り抜けていたが、昭和から平成へと年号が変わり、三十を越えると家族から言われ出した。「このままでいったいどうするつもりなんだ」「他の人は家庭を持ってりっぱにしているというのに」「また辞めた。なにを考えているんだ」「そんなたわけたことばかり言って」けっきょく居づらくなって、ひとり暮らしを始めた。いや、逃げ出した。
もちろん僕だって、こんなんじゃいけないといろいろ考えもしたし、人に話も聞いたなら本も読んだ。前向きになれ、自分のいいところを見い出せ、潜在意識を利用して成功しよう、なぜ人は生きるのか、ワルい奴ほどうまくいく、あなたも必ず幸福をつかめる、ダメな人ほどよく伸びる。どれもこれも、頭のいい人の仰られることはさすがでんな、と思うのだが、それでも僕のダメさかげんが解決することはなかった。優柔不断、無能力、学業ぱっとせず、語学まるでなし、中途半端、臆病、怠け者、運ばかりを期待し、買いもしないのに宝クジでも当たらないかと夢想している。はっきり言って、ダメというよりバカなのかもしれない。買わない宝クジが当たるはずもないのに、それを夢見ているんだから。いやになった。それで真剣に考えてみた。ほんと、まじで。こりゃ、ダメなうえにもっとダメになるんじゃないかって。それで卒業間近のころの自分に立ち返り、そこにいつまでも残り続けている自分のとこに舞い戻ってみた。そして気づいた。つまり、行き先がわからないんじゃなくて、そこに自分がいたいんだということに。そうなんだ。僕はそこにいたかったんだ。友人たちがそこから巣立ち、社会人として足を踏み出したというのに、僕はそこにいたかったんだ。ずっとそのままの、変わらない僕でいたかったというわけ。なんという情けないことよ。しかしそれが本音だった。それというのも、僕が甘えているからにすぎない。安泰とした母親のお腹の中みたいなところで、僕はただただぬくぬくとしていたかっただけなのだ。オーマイゴッド! 話になんねよ。おまえはピーターパンか。大人になんかなりたくないなんて、寝言もいい加減にしろ。いやでもアソコに毛ははえ、両親は老いさらばえていき、ガラパコスペンギンだってカモノハシだって、ボウフラだって、自分の食い扶持は自分で得なければいけないの! それが生きるためのルール。いやなら、死んでしまえ。で、気づいた。そうか死ぬしかないんだと。そのままでいたいなら死ぬしかないんだ。しかし、僕はほんとうにダメなんだろうけど、そう考えても別段驚きもしなかった。そうやって自分を、叱咤激励しても心情的になんの効果もなく、どうやらそのままでいたいらしい。もうこうなったら仕方ないやね。ダメもここまでくりゃ、あきらめるしかないかも。そうか、死ぬか。死んじゃうか。確かにそれしか、満足のいく解決法はないかもね。死んで花実が咲くものか。しかし生きてりゃ花実が咲くというわけでもない。それに、死ぬのは簡単、生きるのが難しいというしな。安易で楽ちんな選択肢のほうを、僕選びたがるし。
しかし――死ねないんだよね、これが。
死に対しての怖れみたいなものはあまりない。神や仏は尊ぶものであるが、ほとんど信じていない。それだけに、当然あの世なんてないと思っている。お釈迦様も『死んだら無しかない』と仰られていたなら、確かソクラテスは『死は最高の安らぎ』みたいなことを仰ってた。僕もそうだろうと思う。死んだらそれまで、なにもなし。なにしろ、いまこうしている意識みたいなものがなくなるのだから、どうしようもないってわけだ。だから、死ぬことに怖れはない。それに未練みたいなものもない。自分が大した人間でないことはわかっている。生に執着する気もないというわけだ。
それでも死ねないのはイヤなことが二つあるからだ。ひとつは、死にいたるまでの道程。死にともなう苦痛が怖いのだ。やっぱ人間、そう簡単に死ねないだろうと思う。生から死へ向かう時は苦痛があるに違いない。眠ったまま、気持ちよく死ぬなんて無理だろう。ひどく痛くて苦しいんだろうな。我慢できないほどの激痛があるんじゃなかろうか。そう思うと、どうしても腰が引けてしまうのだ。なんと情けないことか。臆病もいいとこ。しかし本音である。誰だって痛いのはイヤだろう。ポックリ寺に年寄りが参拝するのもそのためだ。死ぬのはいいが痛いのはイヤ。苦痛のない安楽な死。万人の願いだ。死にいたるには苦しみがある。それを誰もが感じ取っている。しかし、ある意味でこれは些末なことでもある。いくばくかの勇気さえあれば、僕にだって克服できないことはない。病院に収納されて、チューブを鼻や口に突っ込まれ、起き上がることもできないまま耐え忍んで生きるより、首をくくったほうが楽だし手っ取り早いと思うと、なんとかクリアできそうだ。だから、そりゃイヤだけど、死にともなう苦痛という難関は切り抜けられる可能性がある。
問題はもうひとつのほうだ。それは、親より先に死ぬということだ。これを考えるとどうしてもためらってしまう。さすがに申し訳ないと、痛み入る。好きで生まれてきたわけじゃないなら、頼んで産んでもらったわけでもない。でも、やはり親より先に死ぬというのには抵抗がある。両親が悲しむんではないかと、そういうことを心配しているわけではない。とにかくすまない気持ちなのだ。いまだに心配してくれいる両親。その結果が子供の自殺では、そりゃ目も当てられないでしょう。ダメバカ息子としても、最低限それだけは避けたい。ほんとうは僕自身がまだ生きたいだけで、自殺しないためのもっともな理屈をつけているんじゃないかと、そう思われるならそれでもけっこう。とにかく、親より先に死ぬのだけはしたくない。僕の両親はいまのところ健在だ。妹がひとりいるが、ま、それはどうでもいい。本来は、僕の上に兄貴になるはずの子供がいたらしいが、赤ん坊のころに亡くなったと聞いている。すでに子供を失くしているというのに、そのうえ僕まで先に死んだのではあんまりだ。かといって、両親を殺害してそれから死のうと考えるほど、僕はクレージーではない。
生きる気力もない、かといって死ぬこともできない。そういうぐだぐだした、みっともない状態で僕は生きていた。面白くもなんともない惰性の人生。義務的に仕事に従事し、ビデオを見たり本を読んだりして、つまんないことを誤魔化して日々を送る。たまに実家に帰って、まだ生きていることをアピールしたりもする。生きるべきか死ぬべきかなぞと、ハムレットもどきのことを呟いたりする。
おまえなんか死んだほうがいいよ。誰かにそう言われても、至極正論だと僕は思う。生きる資格みたいなものが、根本的に僕には欠けているのかもしれない。
そんな折りである。
古本屋で手に取った書物の一冊が僕に啓示を与えた。
一ページ目の一行目だった。
あと一年しか生きられないとしたら、あなたはなにをしますか?
たいそうな言葉ではない。もしこうだったらという、極限的な状態におかれた自分を想定しての設問だ。しかしそんなつまらない問いかけでも、それを目にした僕は引っ掛かるものを感じた。
あと一年しか生きられないとしたら?
あと一年しか生きられないとしたら?
あと一年しか生きられないとしたら?
そう、僕は自分のしたいことをすると思う。誰にも遠慮することなく、僕はしたいことをする。それがなんにもならなくてもそうする。じゃあ、そのしたいことってなんだ。いま人気のある清純派女優のHと恋愛してみたい。もちろんセックスありだ。われながら品性が卑しい。ほかには、ほかには。そうだな。子供のころ成りたいなと思っていたのは、まずマンガ家でつぎに映画監督だった。それから小説家。ピンとくるものがあった。小説家。一年しか生きられないとしたら、小説を書いてみるというのはどうだろう。その思いつきは、僕を納得させるものがあった。一年しか時間がないとして、マンガを描くとか映画を作るというのはとうてい無理。でも小説だったら――。日本語は書けるし、お金もかかりそうにない。僕は笑った。なに考えているんだ。そうそう小説なんて書けるわけがない。そんなに簡単に小説をものにできるんだったら、日本中小説家で溢れかえっている。しかしそれでも、小説を書くという考えは僕を魅了した。どこそこかの小説家が、小説を書くというのは私には生きることだとか言ってなかったっけ。小説を書くイコール生きる、なんて力強くて格好いい言葉だろう。それが僕の気持ちを高みへといかせた。このまま生きていてもつまんない。それに、いつ死んでもかまわないと思っている。それならやってみたら。やって損はないでしょう。どうせあんた人生捨てているんだし、同じ死ぬにしても、なんにもしないで死ぬよりも、やってみて死んだほうが少しはましじゃない。人間、なろうとかやろうと思ってもそうならないことはたくさんある。でも、なろうとかやろうとか思わない限り、そうならないのは自明の理。で、まずやってみたら。けっきょく行き着くとこは、自己啓発セミナーでよく言われていることだ。
自分のしたいことをしなさい。
人はなろうと思う自分になる。
陳腐だ。確かに陳腐だ。もう何度も目にも耳にもしたことのある言葉。しかしそういうものでも、時と場合によっては、俄然神の啓示に思えてしまうことがある。その時の僕がそうだった。頭では否定的な考えが飛び交っていたが、感情のほうがそうしたいと思っていた。それに、そうしたからといって、必ずうまくいくとはいえないところに得心できるものがあった。とにかく、やってみたら。ただそれだけ。なにもしないよりましでしょう。幸い、ワープロも持っているしね。久しぶりに、願望というか欲というか希望というか、そういうものが僕の中で動いた。
そうなると僕は迅速だった。三十数年なにもしないで生きてきたのだから、迅速というのにはやや語弊がある。それでも僕は翌日に、勢いのまま、いま勤めている会社に辞表を出し小説を書くべき第一歩を踏み出した。なんと無謀な。なにも仕事辞めなくても。そのとおり。仕事を続けながら小説を執筆するというのが、妥当な方法だと僕も思う。しかし、どうせしたいことをしようと決めたのだから、ここは思い切ってやってみようという気持ちでいっぱいだったのだ。したいことをするには、そうやって決別をつけるのが必要なことのように思われた。恋人もいなければ車も持たず、酒も飲まないならギャンブルもせず、さらに流行にも興味のない僕には多少であるが貯金もある。当面、その貯金でしのいでいくつもりだった。もちろん、親には内緒である。
さて、そうやって僕の小説を書くという生活は始まったのだが、それは難攻不落の要塞を陥落させるようなものであった。ワープロを前にしてなにも書けない。それが実状だった。イメージとか書きたいことはあるみたいだが、それが言葉や物語として形をなさない。ああしたいこうしたいばかりで、具体的なことがなにも出てこない。ワープロの液晶画面を見ながら、一日が暮れていくという日が続いた。図書館から、小説作法なる本を何冊も借りて読んでみたが、だからといって僕の脳細胞が活性化しだすことはなかった。やっぱ無理なんだよ。書こうと思っても書けるものじゃないのさ。才能、才能が必要なの。それに、いままでなにもしてきていないあんたに、語るべきものがあるはずがないじゃん。毎度お馴染みの、否定的、あきらめ的、達観的な考えが僕の頭に浮かぶ。あれは神からの啓示でなく、魔が差したというやつじゃないの。小説を書くんですとかいって、仕事辞めるんじゃなかったな。いつもこうなんだよね、あとからそう思うんだよね。ふつふつと、そういう考えばかりが浮かんでくる。しかし今回ばかりは、そうおいそれと引く気にはなれなかった。ここで踏ん張らなかったら、すべてがダメになりそうだった。時間があればなんとかなるんじゃないか。時間をかけさえすれば。しかしその時間をどうやって手に入れる。こうやっているいまですら、貯金は確実に減っているんだよ。
そんなわけで、その晴れた日の昼下がり、偶然通りかかった不動産屋の『貸家あり・一戸建て・家賃一万円』の貼り紙は、僕のための天からの導きのように思えたのだった。
2
「それにしても家賃が一万円なんて、やはり……なんかわけありなんですか?」
海賊を思わせる不動産屋の親父の顔に笑みが広がった。頬と口のまわりに髭を生やし、年のころは五十代ぐらい。小柄なくせに、突き出た腹のせいででっぷりした印象を与え、茶のチョッキを着ていた。
ソファに座って対面し、卓の上には物件の間取り図のコピーがある。個人経営の小さな不動産屋だ。四坪ほどの広さで、壁のクロスは煙草のヤニで黄色く変色し、掲示されている宅地建物取引業免許証も、煤をかぶったみたいにうす汚れている。カウンターの向こうの右奥のキャビネットの上の鳥籠に九官鳥がいて、時折バカとかアホとかの悪態をついては、店の品位をおとしめていた。ゼンマイ仕掛けの振り子時計が正面の壁で時を刻み、海賊面の親父とこうしていると、なにやら宝のありかでも密談しているような気がしてくる。
「そりゃあんた。そううまい話が転がっているわけがないやね」
親父は小さな目で僕を見つめ、右手の親指で唇をなぞってから呑気そうに口にした。
「あたしは見ていないけど、出るらしいんだ」
僕はごくりと喉を鳴らした。やはり宝のありかには、それなりの番人がいるわけだ。答えに察しはついているものの、念のために僕は尋ねた。
「出るって……そのう、なにが出るんでしょうか?」
「家賃が一万で出るっていえば――」
親父が胸の前で、両の掌をだらりと下げてみせる。
「チンチンをする豚ですか」
親父はむすっとしてポーズを崩した。
「幽霊だよ、幽霊」
「なるほど」
上体を起こして背筋を伸ばすと、僕はハハハと笑った。こうまでストレートに幽霊が出ることを告げられたのでは、どう反応していいのか戸惑ってしまう。
親父がニンマリし、僕の笑い声は空々しく響いた。キャビネットのほうから、つられたように九官鳥がケタケタと調子のはずれた笑い声を上げる。
「お客さん、あたしが冗談言ってると思ってんの」
「いいえ」僕は即答した。
しばらく間があり、親父が振り子時計を見やった。コチコチコチ、コチコチコチ。つぎにチョッキのポケットから懐中時計を取り出した。日没まで十分に余裕があるのを確認しているみたいだった。それから、いままでと違う事務的な口調で言った。
「で、どうします。ほんとうに借りる気があるのなら、案内しますよ」
家賃一万円という魅力的なフレーズが僕の頭の中で、わんわんと鳴り響く。なんという心地よい響きだ。セイレンの歌声だって、これほどのものとは思えない。一万円という低価格の前では、墓石もバラの褥に思えてしまう。
「ぜひとも」僕はそう言ってしまっていた。
親父が案内してくれたのは、車で十分ほどの住宅地の奥まった場所であった。築数十年といった木造の平屋がぽつねんと建っている。往来から左に入った脇道のどん詰まりにあり、表の道から所在そのものがわかりづらい。そのせいか住宅地の一画でありながら、隔絶されたような感がある。ここらあたりは山林を切り開いた土地らしく、ところどころに雑木林があり、家の周囲もそういった繁みでおおわれていた。
しかし想像していたようなおどろおどろしさはなく、ECにウサギ小屋と称された粗末な家屋に見えた。正面の左側にドアがあり、右側は木枠の窓になっている。屋根瓦は黒とも灰色ともいえる色で、窓の上にはトタンの廂がかかり、ドアの横の郵便受けは赤茶色に錆が浮き上がっていた。
もちろん、ちょっと静かすぎる感じがしないといえば嘘になる。まわりは雑木林だし、奥まっているし……。
僕は、空気を入れ替えるからと鍵を持って入口に向かった親父をそのままに、正面をとっくり眺め、それから裏手のほうにまわってみた。奥の雑木林との間に適度な広さの土地があった。雑草が生い茂り、物干し台があり、そして井戸があった。
げっ、井戸!
僕は井戸に目を向けた。近づこうとは思わない。幽霊の出る家にふさわしい道具立てを見つけたような気がする。円形の、高さが七十センチほどのものだ。なぜかその周囲にだけ雑草が生えておらず、屋根や柱はなく、石を二つ載せた板で塞がれている。表面がひび割れ老朽化したさまはいかにもという感じで、見ているうちに、暗い井戸の底からなにかが這い上がってきそうな妄想に捉われた。
背中を叩かれ、僕はどきりとした。
親父がいつのまにかうしろに来ていた。
「もしかして、あそこからですか」
僕は井戸に目線を投げた。声がいくぶん神経質になっている。
「ああ、あれかい。見てのとおり井戸だよ」
こともなげに親父が言う。
「いえ、そういうのじゃなくて、あそこから出るのかって聞いているんです」
「いや、ちゃんと水道は引いてあるし、電気とガスも大丈夫だから、そのへんは心配しなくていいよ。あの井戸はだいぶ前のもので、この家より古いぐらいだよ。このあたりは、むかし山腹の畑や田圃があったところで、その名残さ。確かもう枯れているんじゃないかな」
「そうじゃなくて、幽霊ですよ」
「ああ、幽霊ね。そりゃないと思うよ。井戸から出るとは聞いたことがないから。それに出るんだったら、どこから出てもあんた同じだよ」
もっともな言い分に、僕も納得せざるを得なかった。
それから僕と親父は家の中に入った。
気持ちばかりの玄関をあがると、短い廊下を挟んで、左側にトイレと風呂、右側に六畳の部屋がある。廊下の先は台所に通じ、その右手に四畳半。六畳と四畳半は襖で仕切られ、台所と四畳半の境はガラス戸になっていた。柱は油染みててかてかし、窓の錠は、心棒をねじり込む差し込み錠だ。埃が積り、人が住まなくなって大分になるのがわかった。踏みしめると、畳の部分によってべこべこするところもある。正面の窓と、裏手に出ることのできる四畳半の窓が開かれているものの、かび臭い匂いが僕の鼻孔をくすぐる。上等とはいえないし、建てつけもガタがきているが、小ぢんまりした印象がした。いま住んでいる、フローリングのワンルームとは大違いである。しかし、旧式なこういう家のほうがいまの僕には合っているかもしれない。世俗を離れ、誰にも邪魔されることなくワープロに向かう自分の姿を僕は想像した。海外の小説家なんかが、湖畔のコテージなんぞで執筆にふける姿がそれにオーバーラップする。
これで幽霊さえついていなけりゃな――でも、ほんとうに出るわけ。
「噂が広まってからは、若い奴や浮浪者が入り込むこともなくなって中もきれい。日当たりも悪くないし、静かだし、駅まではちょっとあるけど、自転車かバイクでも使えば大丈夫。これで家賃が一万円なんだから、タダみたいなもんさ」
「でも、出るんでしょう」
「そりゃ、そうだよ。しかし、そういうことでもなけりゃ一万円のわけがない」
親父が白い歯を見せて、ニカッと笑った。海賊面が、いかにも狡猾そうになる。
――ええい、ままよ。一分ほどして僕は覚悟を決めた。
3
福岡県春日市牛三津町六丁目四番地。それが僕の新しい住所だった。引っ越してきたのは、案内してもらって二週間ばかりのことだ。賃貸の条件として六ヵ月分の家賃の前渡しがあり、僕はそれを了承した。独身で大した荷物もないので、引っ越し自体は手数のかかるものではなかった。ただ気になったのは、引っ越し当日に、近くに住む人たちがじろじろ見ていたことだった。わざわざ脇道から入り、荷物を降ろしている僕たちを興味津々で見ていた。二、三人で連れ立った主婦たちが、様子をうかがってはなにやらひそひそと話す姿は、あまり気持ちのいいものではない。どうやらこの家に幽霊が出るというのは、近所でも周知の事実らしい。
しかし、そういう大方の予想に反してなにもなかった。期待を裏切るようで申し訳ないが、幽霊の『ゆ』の字もない。初日からぐっすり眠れたし、二日目三日目になると、いささか拍子抜けになったような気すらした。
そして四日目の夜を迎え、相変わらず、僕の小説を書くという作業は一向に進んでいなかった。午前一時ごろに、あきらめてワープロの電源を切り寝床に入った。睡眠は、僕にとってもっとも楽しい行為だ。食欲はお金がかかるし、性欲を満たすには相手がいる。それに引き替え睡眠は、金銭も必要としないなら単独でできる。神が人間に与えてくれた最高の恩寵、それが睡眠だとさえ思う。そうそう、怪奇作家のラブクラフトの小説は、ほとんどが夢から着想を得ているんだっけ……羨ましい…………。
その後、僕になにがあったのかを説明するのは難しい。翌朝目がさめた僕は、顔を洗いながら、もやもやしたものが頭の奥のほうに残っている感じがしていた。すっきりしない、なにかひっかかるものがあるという妙な感覚だ。わかっているのはただひとつ、どうやらそれが僕の眠っている間に生じたらしいということだけだった。
――なに考えているの。いちいちそんなこと気にしていたら、やってられないよ。そのうちに思い出すこともあるさ。気にしない、気にしない。
しかしそうはいかなかった。翌日の朝にはその感覚は強まり、その翌日にはなおのことだった。しかもつかみどころのなかったものが、少し明瞭になってきさえいた。夢の中でかもしれないが、誰かがいた。男とも女とも、あるいは生きているのか死んでいるのかさえも定かでないそれは、闇にまぎれて僕のことをじっとうかがっていた。といっても、それは気配みたいなもので、その残滓が翌朝の僕の記憶の中にこびりついている感触だった。気のせいとしてしまえば、それはそれでうっちゃることもできそうだった。
雑木林の向こう、梢の上に夕日があり、西の空が茜色に染まっていくのを、ワープロを前に座り込んだまま窓越しに見ながら、幽霊の出る家で七日目の夜を僕は迎えようとしていた。
しかし夜になったからといって、なにも変わることはなく、判で押したような一日が終わろうとしているだけだった。少々神経が過敏になっているらしく、家の中に何かがいるような気がしないでもないが、ありえざるものが見えたりするようなことはない。辛子明太であえたスパゲティの夕食をすませ、テレビでも見て、風呂に入ると、僕はいつも通りの就寝へと移行した。寝ている間にまたなにかあると思うと癪にさわる。が、寝ないわけにもいかない。それでも、今夜はそれがなんなのか確かめてやりたいという気持ちがあった。どうすればそれができるのかはわからないが、幽霊だろうと物の怪だろうと、寝ている間と言うのはフェアじゃない。
僕は布団の上でわざと独語した。誰もいない、四畳半の部屋に言うように。
「フェアじゃないよな。出るにしても出ないにしても、寝ている時なんて、ぜったいにフェアじゃない」
もちろんどこからも返事はなく。声は白々しく部屋の壁に吸収された。
――と、笑い声がした。いや、そんな気がした。
ぞわっとし、慌ててまわりを見まわすが誰もいない。布団を敷いた周囲には物が山積みとなった机とテレビとカラーボックスがあるだけ。
まさか……まさかね。気のせい、気のせい。押入れが気になるが、襖を開いてみる気持ちはない。もしそんなことして、誰かがいたりしたら大変じゃない。きっと、知らずうちに自分で笑ったのさ。それに気づかないなんて僕もどうかしている。そう、それだよ。そうに決まっている。僕は蛍光灯を消すと、そそくさと布団を頭から被った。
それから僕は寝入ったのだと思う。やがて意識がゆっくりと浮上し、僕は布団の中に自分がいることを感じた。時間の感覚はなく、寝ているのか起きているのかもよくわからない。
誰かがそばにいた。
目は閉じたままだから気配としかいいようがないが、それは紛れもないことのように思えた。
誰かがいる。
その誰かは明かりのない部屋を移動し、僕の真上に来る。さむけがし、声みたいなものが僕の意識に入り込もうとする。しかし判読できない。声は僕に囁き、なにごとかを伝えようとする。でも、やはり僕には不明瞭で、声らしきものがしていることしかわからない。ため息のような音が聞こえ、僕の意識もそのまま闇の中へ沈んでいった。
翌朝僕が覚えていたのはそれだけだった。明るい日の下では、夢だったのか、それともほんとうに起こったことなのか判別するのも困難だった。ただ、誰かがいて声らしきものを聞いていた時は、現実のことのように思えていた。考えてみても切りがないので、ほうっておく。珈琲にトーストの朝食をすませると、僕はいつも通りワープロの電源を入れた。が、どうしても思考は怪談モードへといってしまう。
わたしの職場の近所にあるAホテルには、幽霊が出る部屋があるそうです。三階の部屋らしいんですけど、その部屋に泊まると、深夜ドアを叩く音がして「わたし、わたし、開けて開けて」という女の人の泣き声がし、ドアノブがガチャガチャ動くそうです。なんでも、数年前にその部屋に若いカップルが宿泊し、喧嘩して恋人に部屋の外に閉め出された女の人が、悲観のあまり非常階段で首をくくったことがあったらしく、その女の人の幽霊が部屋に入れてくれとやってくるのだという話です。【二十二歳・会社員】
わたしの住んでいるアパートの、一階の一番奥の部屋には幽霊が住んでいます。空き部屋なのに、夜中に物音がしたり、明かりみたいなものがともっていることがあります。以前その部屋に住んでいたOLの人が交通事故で亡くなり、未練があるのか、いまでもそこに住んでいるということです。わたしも一度だけ、合コンで遅い深夜に戻ってくると、その部屋の前に、髪の長い白いワンピース姿の女の人がぼうっと立っていたのを見たことがあります。怖くて、見て見ぬふりして自分の部屋に飛び込んだのでよくは見てませんけど、女の人がいたのだけは間違いありません。そういうこと以外にべつにこれといったことはありませんが、最近妙に肩から首にかけて痛みが出るし、やはり気味が悪いので、いい所があったら引っ越そうと思っています。【二十歳・専門学院生】
僕が二年ほど前に住んでいた二階家は、自殺者の幽霊が出るという噂のあるとこでした。元来幽霊なんて信じておらず、職場への交通の便もよく家賃が格安だったので借りたんですけど、入居して一週間経ったころから、夜になると二階で人の歩いているような音がするようになってきました。古い家だし、建てつけのせいだろうと思っていたのですが、やがて二階の足音は、階段をおりてくる音に変わってきました。それでも気にとめないようにしていたら、とうとうある夜、寝ていて尿意をもよおした僕がトイレから出てくると、台所に人の姿がありました。流しの前にいて、肩から上は闇につつまれたようで見えませんが、スカートをはいていたので女の人だということはわかりました。しかもその足先は、首でもつったかのようにだらりと宙に浮いています。それがすうっと僕のほうにすべるように流れてきて……。慌てて電灯をつけると、影も形もありません。人に話すと、寝惚けていたんじゃないかと言われますが、電灯をつけた時の僕の意識ははっきとしていたし、幻覚だったとはとうてい思えません。その夜はまんじりともせず過ごし、つぎの日からは怖くて友人の家に泊めてもらっていました。親戚の叔母の紹介で霊媒師とかいう人に観てもらったら、「とんでもない家だ。早く出ないと、あなた死ぬよ」と言われ、早々にその家から引っ越しました。いまもその家はあり、近寄るのもいやなので、そのへんには行かないようにしているんですが、あのまま住んでいたらどうなったんだろうと、いまでもぞっとすることがあります。【二十九歳・証券会社勤務】
壁に浮き上がる血まみれの手形/音楽室から夜な夜な聞こえるピアノの音/窓ガラス越しに部屋を覗く青ざめた顔の女/トンネルに出現する首のない鎧武者/細く白い女の手がおいでおいでする無人踏切/自殺したOLが住みつく社員寮/夜ごと出現する青い着物のお婆さん/浴室の鏡に浮かぶ笑い顔の女/溺れた少年の霊が足を引っ張る恐怖のプール/死んだ恋人からの深夜コールがわたしを襲う。
怪談話がつぎつぎと頭の隅をよぎる。
気が変になってきそうだ。どこまでがほんとうで、信用していいのかどうかわけのわからん話のオンパレード。しかしそうは思っても、かくいう僕自身が、いま似たような経験をしているのだから笑ってはいられない。けれども最初に書いたように、死んだらそれまでと考えている人間である。幽霊を、素直に認める気にもなれないというのが、僕の偽らざる心境だった。そんなどっちつかずの気分のまま、ふたたび夜を迎えた。しかも夕方から雨がふりだし、陰々とした雰囲気はいっそう高まってくる。
相変わらず、小説は一向に進まない。
遅めの夕食をすまし、雨の音を伴奏にワープロに向かう。机の上は物置になってしまっているので、折りたたみのテーブルの上にワープロをおき、座椅子を使って僕は向かっていた。考えがまとまらず、あっちにいったりこっちにいったりとふらふらしている。二、三行打っては考え込み、新たにほかのことを打ち出す。脈絡のない意味不明の文の羅列が、液晶画面から僕を見つめてくる。まとまった文章というより、思いつきのメモという感じだ。そんないつもの膠着状態が続いているうちに、昼間の怪談話がふつふつと僕の頭の中で甦り始めた。
いったいこの家でなにがあったのだろう。僕はそれを考えてみた。首吊り自殺、浴室でのバラバラ殺人、斧での一家惨殺……。いやいや、そんな生易しいものではないのかもしれない。下手に先入観を持ちたくなかったので、不動産屋の親父に、この家の由縁や因果話なんかを、僕はわざと聞かずにおいた。また親父にしても、聞かれもしないことを話すつもりはなかったみたいだった。
やはり、あの裏手の井戸になにかあるんじゃないかな。僕は勘ぐる。幽霊と井戸といえば、むかしからの名コンビだしな。しかし、確か井戸は関係ないって親父が言ってなかったっけ。それにしても、井戸はなあ。
そうなってくるとどうしても井戸のことが気にかかってくる。無視しようとすれば、なおのこと無視できなくなる。
雨のふりしきるなか、おもしを載せた井戸の蓋がずるりずるりと開き、そこから、まず爪の剥げた両手がでてくる。血のこびりついた指が井戸の縁をつかみ、濡れそぼり、長い髪を垂らした女がぬうっと井戸から姿を見せる。女の足が地面を踏む。両腕をだらんと下げた状態で、一歩、また一歩と、女はこの家へと近づいてくる。手足はひび割れ土気色で、生きているもののそれではない。雨音に、湿った裸足の足音が混じる。
ぺちゃり、ぺちゃり、ぺちゃり……。
気味の悪い想像に僕は唇を歪めた。部屋を見まわし耳を澄ましてみるが、べつに怪しいところはない。それでも、カーテンの向こう、窓の向こうから、女が近づいてきているという妄想は払えない。
僕は立ち上がると、裏手の窓の前に立った。そうやってもカーテンが引かれているので、窓の外は見えない。雨の音がする。暗い窓ガラスを、雨滴が上から下へと流れているにちがいない。
ぺちゃり、ぺちゃり、ぺちゃり……。
カーテンを開いて、なにもないことを確かめさえすれば一件落着であるのはわかっていた。しかし、もし万一、そこに女の顔があったりすればどうすればいいんだ。なにしろこの家は、不動産屋お墨付きの幽霊屋敷なんだぜ。ま、屋敷というのは大げさだが。
僕はちょっと笑い、それをバネに思い切ってカーテンを開いた。突然のご対面は心臓に悪いので、ぎゅっと目を閉じた。おそるおそる薄目で窓の向こうを見る。雨と暗闇のせいでよくは見えないが、井戸の黒々とした輪郭ははっきりとしていた。奥には、もっと闇の深い雑木林がある。べつに蓋が開いているような様子はなく、僕が怖れていたような女の姿もない。
ほっと胸を撫でおろし、自分の臆病さを笑うと僕はカーテンを閉じた。そして、ワープロの前に戻ろうとした時、それを見た。
台所と四畳半の境のガラス戸の前に、霞みたいなものが漂っていた。それは人の大きさほどあり、見たと思うと、宙に溶け込むように消えていった。




