第一章 4
「うん! 必要な物は持ったし、準備バッチリ」
荷物で大きく膨らんだバックを肩にかけ、カリエは部屋を出て階段を降りる。
「――グエルダお待たせ。食べ終わったかな?」
後ろから声をかけると、恨ましげな表情を浮かべ、グエルダが振り向むいた。
「カリエにはこれが大丈夫に見える?」
「ううん、見えない」
カリエは笑いを堪え、横に首を振った。
ふたたび料理に視線を戻し、グエルダは深く息を吐く。
横からお皿を見てみると、まだ茸と料理が沢山残っていて。
「グ、グエルダ、茸がまだ沢山……ぷはッ!!」
「それを言わないで……頑張ったんだよこれでも」
堪えきれず吹き出すと、グエルダは頭を抱えた。
「もう駄目だ。ティアさんには悪いけど……吐きそう」
「駄目って、本当に嫌いなんだね茸! あははははッ」
口を押さえて呻くグエルダと笑うカリエを交互に見て、ティアは仕方ないわねと呟いた。
「頑張って少しは食べたから、今回は許してあげるわね。でもあとは帰ってきてから、しっかりと全部食べるのよ?」
「……はい……」
子供のように萎れるグエルダを見て、お腹を抱えながらカリエは涙を拭った。
「よかったねグエルダ。ぷふふ」
「全然よくない。うげ……まだ口の中に茸臭が残ってる」
苦々しく顔を歪めて水を飲み干し、グエルダはカリエを見た。
「――んで、カリエはもう支度終わったの?」
「ん、まあね」
肩の膨らんだバッグを指差さすと、グエルダは目を見開いた。
「え、そんなに持ってきたの!? 街まで結構歩くんだよ? 大丈夫?」
「分かってるよ。でも全然平気、そんなに重たくないから」
「……さすがカリエ。立派だね」
冗談混じりに言うグエルダに、ふんッと胸を反らす。
「でしょ?」
「まぁ、うん。今のは誉めてないけどね」
小声で突っ込むグエルダを睨み付け、椅子に腰掛けた。
「ーーにしてもよかったね。お母さん、いつもなら全部食べないと許してくれないから」
カリエが言うと、グエルダは真っ青になってティアを見た。
不安げな視線を向けられ、ティアは苦笑いして首を振る。
「……さすがに今日は作りすぎちゃった気がしてたの。動けなくなったら大変だものね。ごめんなさいね?」
「いえいえ! こちらこそ食事作ってくれたのに残しちゃってすみません。だけど茸はちょっと……」
「あら、好き嫌いは駄目なのよ。茸だって身体の健康にいいんだから」
満面の笑みを浮かべるティアに、グエルダは渋々頷いた。
「食べれるように頑張ります」
「グエルダ、私も嫌いだった野菜食べれるようになったし大丈夫。多分ね」
カリエは嫌いな野菜を食べさせられた時の事を思い出したのか、苦々しく顔を歪めた。
ティアは食器を持ち、椅子から立ち上がった。
「――さてと、ちょっと食器を片付けてくるわね」
「あ、じゃあ俺も手伝います」
同じく立ち上がろうとしたグエルダに、首を振った。
「いいのよ。今からグエルダちゃんは街に行くのでしょう? 急がないと帰りが遅くなっちゃうわ」
「そうだね、あまり遅くなって夜になったら危険だと思う」
時計を確認しつつ、カリエは言った。
カリエ達が住むこの村は、周りを森で囲まれている。
その為、隣街に行くには森の中にある道を通らなくてはいけないし、夜になると獣が出てくることがあるのだ。
しかも、今の季節は春で、獣達も活発に活動するために遭遇する確率も高い。
「……すみません。ご馳走になったのに」
グエルダが頭を下げると、ティアは微笑んだ。
「そんな、グエルダちゃんにはいつもカリエと遊んでもらってるもの。気にしないで?」
「ちょっとお母さん! まるで私が子供みたいに言ってさ」
頬を膨らませて訴えると、ティアは目を丸くした。
「あら、だって子供じゃない」
「お母さんってば!」
「ふふ。私にとってはカリエもグエルダちゃんも、まだまだ子供なのよ」
くすくすと笑いながら、ティアは部屋を出ていく。
カリエはグエルダに向き直り、自分を指差した。
「グエルダから見て、私ってどうなの?」
「うーん、多少子供っぽい」
「へー、成る程。そうなのかぁ」
素直に頷くと、今度はグエルダが驚いたように凝視してきた。
「な、なに?」
「いや、カリエが素直に認めるなんて珍しいから。明日は雨かな」
「ねぇグエルダ、茸を口に詰め込まれたい?」
「――冗談です」
カリエの笑顔に、口を押さえて恐怖に震え上がる。
それを見て、鼻息荒くカリエは立ち上がった。
「まぁいいよ! 許してあげる。そろそろ行こッ」
「ーーそういえば、カリエは街に何しに行くの? まだ聞いてなかったよね」
グエルダが問うと、カリエは満面の笑みで口に指をあてた。
「まだ内緒。秘密です」
「なにそれ」
「いいから気にしない! グダグダ言わず行くよ!!」
眉間に皺を寄せるグエルダを引っ張り、玄関に向かう。
「じゃあお母さん、行ってくるねー!」
声をかけると、ティアは手をエプロンで拭きながら、小走りに駆け寄った。
「――いってらっしゃい。二人とも気をつけてね。グエルダちゃんは、カリエをよろしくお願いね」
「はい」
ティアの言葉に頷くグエルダに、カリエは不満げに口を開く。
「違うよお母さん、私がグエルダの面倒見るんだって」
「もう、なにいってるの。でもグエルダちゃんが迷子にならないように、しっかり見ててね」
すると、グエルダは一瞬で耳まで赤く染めた。
「う……ティアさん、それはもう忘れてください……」
「ふふふ、当分無理ね。もしかしたらグエルダちゃんが大人になっても覚えてるかも。迷子になったって」
「そうだ、グエルダに子供が出来たら、その話を教えてあげるのもいいね」
母子揃ってウフフと笑う二人に、グエルダは顔を赤らめたまま叫ぶ。
「俺は先に行ってるからッ」
「うそうそ、ごめんグエルダ」
外に飛び出そうとするグエルダの腕に掴まり、ティアを振り返る。
「行ってきまーす!!」
「えぇ、行ってらっしゃい」
手を振るティアに手を振りかえし、二人は外に出た。
後ろ手に扉を閉め、グエルダは溜め息を吐いて立ち止まる。
「いつまで覚えておくのさ。ティアさんもカリエも」
「えー、だって面白……じゃなくてあの時は本気で心配したんだよ? あんな広い街で迷子になって、お母さんと大騒ぎ」
「はいはい、あの頃は子供だったからね。もう同じ過ちはしないよ」
「でもほら、もしかしたらまた迷子になるかもしれないし、私が見ててあげるから安心してね? 地図も用意済み」
「もう大丈夫だから!」
「ふうん。まぁ期待してるね、グエルダちゃん」
にんまりと笑うと、ぐぬぬと唸ってグエルダは頷いた。
「わかった。見てろよ」
「うん。グエルダが17歳にもなって迷子になるの楽しみにしてる」
いまだ不満げなグエルダを引き連れ、二人は村の入り口、北に向かって歩を進める。
「ん〜、それにしても今日はいい天気でよかったよね」
「そうだね。このまま雨降らなきゃいいけど。降ってきたら帰るのは大変そうだしね」
カリエは伸びをして、新鮮な空気を吸い込んだ。
周りでは大人はそれぞれ農作業係と狩り係、村のパトロール係などなど分けられた仕事をこなし、子供は楽しげに走り回っている。
カリエの家や村の家々は、村の中心近くに適当な間隔をあけて建てられている。
少し離れた西には小さな畑が広がっていて、北には入り口東には高台がある。
やはり田舎であるルーム村は宿屋や小さな雑貨屋ぐらいしかなく、正直言うと不便だった。
野菜や果物などは村で採れるが、それ以外の欲しいものがある場合は、色々な店がある隣街へ買い物に行くしかないのだ。
今日もその為に、わざわざ街の店へ買いに行く。
そして、隣の少年に伝えるのだ。
「むふふふーん」
「えらくご機嫌だね、カリエ」
「うふふ、まぁねー」
「なんか恐いなぁ……」
怪しそうに見るグエルダに笑いかけると、一歩距離を置かれた。
いつもなら殴ってあげるが、今は許してあげよう。
何度も楽しそうにバックを見るカリエに、グエルダはさらに距離を追いた。
そうしてるうちに、二人は村の出入口に辿り着いた。
カリエは足を止め、太陽を見上げる。
「――今から街に行ったら丁度お昼ぐらいかな?」
「そうだね、ゆっくり進んだら過ぎるだろうけど。あ、昼はなに食べる?」
「うーん、どうしよっか。なにかオススメとかある? グエルダのが詳しいでしょ?」
「えっと――、ぇ」
問い返したカリエは、背後のグエルダから返事がこなく、首をかしげた。
「ねぇグエルダ、私の話し聞いてる……?」
そう聞きながら振り返り、カリエは目を丸くさせた。
さっきまで普通に話していたグエルダが、真っ青な顔で何かを凝視していたのだ。