第一章 3
「まだ気にしてるの? グエルダだって知ってるでしょ? ――皆はそんなふうに思った事ないよ?」
「――分かってるよ。でも、だからこそあまり甘えたくないんだ。もう、自分一人で大丈夫だし」
苦笑するグエルダに、カリエは口を尖らせた。
――グエルダの母親は、グエルダが物心つく前に病気で亡くなっているらしい。
らしい、というのはグエルダは4歳の時にこの村にやって来たが、その時には既にお母さんが亡くなっていたからだ。
そして唯一の肉親である父は、この国を護る役目を担う【ベナード騎士団】に所属しており、グエルダの家に帰って来ることなどほとんどなかった。
生活費のお金は、帰ってくるごとに渡されているが、幼かったグエルダが一人で生活など出来るわけがなく。
ゆえにグエルダは、村人達に生活を支えられて育った。
そのお礼にと村で困った事があると手助けをして、恩返しをしてきた。
だからグエルダは、今まで育ててくれた村人達に対して頭が上がらないと言う。
仕方がないとは思うけれど、カリエは嫌だった。もっと気楽に、村人皆は家族のように過ごして欲しい。
幼馴染みとして、そんなグエルダを見るのはーー。
「グエルダはさ、村の為に働いてくれてるじゃない。いつもいつも、頑張ってくれてる……。だから皆感謝してるんだよ?」
実際、村の人達はグエルダの事をいつも褒めている。
子供の世話や、獣の狩りや農作業。色々と手伝ってくれてる優しいグエルダを。
「俺は、もっと村の人達に助けられたよ」
「それでも。グエルダはもっと堂々としてもいいと思うな」
「――そっか。そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとう」
微笑むグエルダに、カリエは顔を真っ赤に染め上げた。
「私は……本当の事を言っただけ。でも、もう言わないでね」
「分かった。いやぁ、カリエ怒らせたら怖いからなぁ」
一人で納得して頷くグエルダに、素早く拳をくらわせてやる。
「……グエルダは一言多いんだから」
カリエは相変わらず熱い頬に両手を添えて呟いた。
「うぅ。カリエは馬鹿力なんだから、手加減してくれよ」
「無理ね」
「はぁ~、なんでさ」
ふたたびテーブルに伸びるグエルダを見て、カリエは口元を覆った。
「カリエどうしたの?」
「ぷふふ……あははッ」
堪えきれずに笑うと、グエルダは口をひん曲げる。
「ちょっとカリエ! 笑いすぎ! 怒るよ」
「――ふふッ……ごめんごめん」
不満げに睨まれ、カリエは笑いながら謝る。
「はぁ……もういいよ。カリエは変な所で笑うんだからさ。俺が転んで泥だらけになったときだって笑ったし」
「本当にごめんって」
やっと笑いが落ち着いて謝った時、ティアが台所から出てた。
「――お待たせ、グエルダちゃん。ふふ、もう仲直りしたのね」
ティアは鼻歌を歌いながらグエルダの前に料理を持っていく。
「ささ、遠慮なく食べてね」
「……え……?」
重たい音をたててテーブルに置かれた料理に、カリエとグエルダは表情を固まらせた。
「す、すごい量だね、お母さん……」
「あの、ティアさん、これ全部ですか?」
「えぇ。グエルダちゃんは男の子なんだから、一杯食べなくちゃ。今回沢山作物が採れて食材を一杯貰ったから、遠慮しないでちょうだいね?」
目の前には色々な種類の料理が置かれている。
パンにスープに野菜サラダにパスタにその他沢山。
しかもグエルダがもっとも嫌いな食材、茸が大量に入っていた。
「それと、グエルダちゃんはまだ茸嫌いなのよね。好き嫌いは駄目なのよ?」
「いや……はい」
さすがに無理があるのか、グエルダの頬に冷や汗が流れていた。
しかし折角作ってくれた料理を食べれないなど、絶対に言えない。
グエルダが顔を近づけ、小声で話しかけてくる。
「――カリエも手伝って!!」
「私はもう食べたからお腹一杯だし……」
カリエはすっと立ち上がり、グエルダに向かって親指をたてた。
「じゃあね。頑張って」
「え、カリエ!?」
そそくさと食器を洗い場に置き、カリエは早足に階段へ向かう。
「グエルダちゃん? ちゃんと茸も食べなきゃ駄目よ?」
「うぐ……。カリエーッ」
ティアの恐怖を感じさせる満面の笑みに、グエルダは助けを求める。
「支度してくるから、ゆっくり食べていいよ」
「違ーうッ!!」
背後の悲鳴を無視し、カリエは階段を駆け上がった。
カリエの部屋は、二階にあがってすぐの場所にある。
部屋に入り、小さなテーブルに置かれていたカバンを手に持ってベッドに腰かけた。
「ふふ。今頃頑張って食べてるかな」
昔、嫌いな野菜があったカリエは、ティアに無理矢理食べさせられた事がある。
あの笑みで迫られたら、絶対に逃げられないものだ。
心の中で手を合わせ、カリエは棚から必要な物を取り出していく。
「お金に、ハンカチに……誰かさんの為に街の地図も持っていかなきゃね」
バッグに詰め込みながら、カリエはふと手を止めた。
「あとは……そうだッ!」
急いでベッドから立ち上がると、棚の一番上を開く。
中には、青紫色の透明な石が紐で通された腕輪が布の上に置かれていた。
そっと取り出し、部屋に差し込む光に翳す。
澄んだ綺麗な色に輝く腕輪を丁寧にバッグにしまい、微笑んだ。
「今日こそ……ね」
窓辺に寄り、外に顔を出して深く息を吸う。
瞼を閉じてバッグを胸元で握りしめた。
「――よし! 今日も一日見守っていてね、お父さん」