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第一章

〜過去の記憶〜


幼い頃、突然父親が行方不明になった。


よく猟に出かける人で、その日も何時ものように家を出た。


何も疑うことなく、私と母親は送り出す。


だけど、その日はいくら待っても帰って来なかった。


優しい村の人達が一生懸命捜索してくれたけど、結局父親が見つかる事はなく‥‥。


もしかしたら獣に殺られたのかと嫌な想像をしながら、ただただ待ち続けた。


その時は、彼がずっと一緒に居てくれて。


泣き続ける私の頭を優しく撫でてくれた。


一月経っても父親は帰らず、遺品も遺体も発見されなかった。


母親は私の前じゃ決して泣かなかった。

けれど、真夜中に声を押し殺して辛そうに泣いていたのを知っている。


幼かった私に心配をかけたくなかったのだろう。


いつしか、家では父親の話が出なくなっていた。


どんなに悲しくても、泣いちゃ駄目。

私はそう自分に言い聞かせた。


今から10年前、私がまだ6歳の頃の出来事。




○ーーーーー○




暗闇の中で、真っ赤な炎が燃え上がっていた。


炎がある場所だけが、真昼間のように明るく照らされていた。


ふらふらと浮遊者のように歩む少女は、煙で霞む目を必死で擦る。


「誰か……誰か」


頬を涙が伝い地面に零れ落ちていくと、小さく水音が響いた。


ぼんやりと少女が下に目をやると、小さく悲鳴が漏れた。

土が吸いきれない程の赤い血が水溜まりを作っていて、口元を押さえて流れくる先を見据える。


「――ッ……」


その悲惨さに吐き気をこらえるが……無理だった。


膝を付いて胃の中の物全てを吐き出し、苦しみに喘ぎながら見回す。


視線の先々では大切な者達が血を流して倒れていて。


母親や友人、村でよく世話になった大人達。

そして、倒れている者達の横には人影があった。


血に濡れた剣を片手に持つ者は此方に視線を向ける。


ーー逃げなきゃ、殺される。


その冷徹な瞳に睨まれて後ずさったとき、剣を持つ者の横に見慣れた少年が現れた。


彼は自身の剣を握りしめ、駆け出してゆく。


「そ、んな……駄目、だよ」


震える声を出して大切な少年に手を伸ばした。


殺人鬼はあっさりと少年の剣を払い落とし、蹴りで地面を転がした。


「逃げてッ」


叫び声に、少年はゆらりと立ち上がって此方を向いた。

その顔が、悲しげな微笑みを浮かべる。


「駄目ぇぇッ!!!!」


彼に、この手は届かない。


殺人鬼の剣が持ち上げられ、鈍い光を放ちながら降り下ろされた。

身体を斬りつけられた少年がゆっくりと倒れていく。少女は涙が溢れる両目を覆い、現実を拒絶した。


「あぁーーいやあぁぁぁッ!!!」


少女の悲鳴が、静まり返った闇に響き渡っていた。




――――





眩しい太陽がカーテンの隙間から明かるく部屋を照し、鳥が窓の外で鳴いている。


瞼を閉じて眠る少女は、浅い呼吸を繰り返し、眉間に皺を寄せた。



「――――ッッ!!?」


と、突然少女は目を見開き、勢い良く上半身を飛び起こした。視線を彷徨わせ荒く呼吸を繰り返す。


そこは見慣れた、自分の部屋だった。


前髪は頬に貼り付き、嫌な汗が額から流れ落ちてゆく。



「はぁ、はぁ……。嫌な、夢」


ベッドに再び身体を倒し、キツく目を閉じる。


あんな凄く怖くて辛い夢、産まれて初めてな気がした。


だってあんな……恐ろしい……。


「――ぇ、あれ?」


目を開くと、少女は小首を傾げて起き上がった。


「どんな夢だったっけ?」



最悪な悪夢だったのは覚えてる。


けれど、胸に違和感だけを残して内容はさっぱりと記憶から抜け落ちていた。


「悪夢なんて覚えてない方がいいけど……でも」


手を見ると軽く震えが走った。


身体を丸め、溜め息を吐く。


「すごく、嫌な感じーー」



震えを払い、背筋を伸ばすと靴に足を通して立ち上がる。


少女は窓辺に寄って、カーテンを開いて窓を開け放った。


新鮮な空気を大きく吸い込む。目映い太陽と爽やかな陽気が、嫌な感覚を忘れさせてくれる。


「あぁ、今日は晴れてくれてよかった」


空は雲少ない晴天で、二階から下を見るとさっそく子供達が元気にはしゃいでいる。


少女に気がついた子供達に手を振られ、大きく振り返す。


その光景を見て脳裏に燃える赤色が映り、ずきりと頭に痛みが走った。


「ッ……痛」


眉間に皺を寄せるが、直ぐに痛みは収まってホッと息を吐く。


そよそよと風に長い髪を靡かせ、軽く伸びをした。


「さて、と。支度しなくちゃ……」



少女は窓側の棚から服を出してベッドに戻ると、部屋着を脱いだ。



のんびり着替えようとした丁度その時、階段を上がってくる足音が聴こえてきた。


「お母さん?」


軽く声をかけると、扉の向こう側から返事が返ってくる。


「そうそう、お母さんよー。カリエ入るわねー」


若い男性の声で。


「え?」


「ご飯も出来てますよ〜。今日は街に行くんでしょう?」


顔を上げた少女、カリエはその声に耳を疑った。


「入っちゃうよー」


明らかに母親の声を脱している男の声は、再び裏声を出してノブを回す。


似てない。断じて似てないよ。


下手くそな真似をする彼に言いたいが、その前に自分の現在の姿に目を見開いた。


「あ! ちょ、ちょっとまってグエルダ!? まだ準備が……まだ私はだ」



「大丈夫大丈夫。今更カリエの寝起きなんて気にしな――い……?」



簡単に開けられた扉から顔を覗かせた少年は、笑顔のままカリエを見て固まった。


少年の視線が上から下に移動する。


「――!?」


同じく固まって顔を赤く染めたカリエは、拳を握り締めた。


「グエルダぁ!?」



「ま、待ってカリエ。誤解だよ誤解。ほらそれに、今更カリエの裸見ても興味な――ぁ!!」



慌てふためいて口を滑らせたグエルダは、素早く口を押さえた。


だが時既に遅く、早業一瞬で服を着たカリエは口元を綻ばす。


青ざめたグエルダは逃げようと踵を返した。


途端、唯一の逃げ道である目の前で扉が固く閉められた。



片手で塞がれ、グエルダは涙する。


「ふふふ。勝手に見ておいて、逃げようとしちゃ駄目でしょ?」



「やめて。本当に死んじゃうって――うわぁぁぁ!?」



絶叫と共に、数回の鈍い音が家の中に響き渡った。



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