第一章 12
「ああぁ、どうしよう。もう俺は終わりだぁ……」
ぶつぶつと呟く少年を、行き交う人々が不思議そうに見ながら通り過ぎてゆく。
それはそうだろう。不審者だと思われて衛兵に突き出されないだけまだマシだ。
そんな視線に気づく余裕のないグエルダは、道の片隅で壁に寄りかかって顔を覆った。
「はぁぁ……」
深い溜息を漏らす。
まさか、まさか本当に迷子になってしまうなんて。
あれだけ散々啖呵を切っておいて迷子になったのだ、後でカリエに何を言われることか。
きっとカリエにバラされて、当分の間村でネタにされるだろう。
「あぁー、会いたくないなぁ。いやでも、会わないなんて絶対無理だし……はぁ」
いっそこのまま何処かに逃げるのも手か。
ふふっと諦めの笑顔を浮かべるグエルダの体に、ポンと軽い衝撃が走った。
ふと正気に戻り、鈍い痛みの走ったお腹を見下ろす。
「え?」
なんと、何故か己の腰に金髪の幼い少女がしがみついていた。
10歳前後だろうか、涙で潤んだ瞳がグエルダを上目遣いで見上げている。
……誰だ?
「――えっと」
「……」
無言で涙を流す少女に、そっとしゃがんで目線を合わせる。
幼い少女が独りでいるという事は、この人混みで親とはぐれてしまったのだろうか。
「どうしたのかな? もしかして迷子になっちゃった?」
優しく問うと、涙を拭ってこくりと頷いた。
「そっか……大変だったね」
恥ずかしさに自分も迷子だと言えず、微笑んだグエルダは少女の頭を撫でる。
「よし! じゃあお兄さんが一緒に探してあげるよ。君の名前はなんていうの?」
その問いに、やっと少女は口を開いた。
「リア」
「リアちゃんか。俺はグエルダっていうんだ。よろしくね」
手を伸ばすと、リアは小さな手で握り返した。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。――ところで、お母さんかお父さんがどんな人か言える? 髪の色とか、どんな服を着ているとか」
「……パパママと一緒じゃないよ。今日はお姉ちゃんと一緒だったの。お姉ちゃんはリアと同じ髪で目は紫で、黒い服着てるよ。お兄ちゃんと同い年くらい」
「うーん、なんとなく分かったよ。どこではぐれたかは……流石に分からないよね」
リアは瞳を伏せ、ぎゅっと手を握り締めた。
手の平に涙が零れる。
「ごめんなさい」
「あ、いや大丈夫だよ! 多分お姉ちゃんもリアちゃん探して移動してると思うし、俺も探してる人がいるから」
「お兄ちゃん、」
慌てて言うグエルダに、リアは何かを言いたそうに瞳を揺らす。
「ん? どうかした?」
「……ううん、なんでもない」
「? じゃあさっそく探そうか。きっとすごく心配してるよ」
「うん」
深く頷くリアの手を握り立ち上がる。
「またはぐれちゃうといけないから、ちゃんと握っててね」
「わかった」
グエルダは顔を上げ、リアが付いてこれるようにゆっくりと歩き出した。
辺りを細かに見回しながら、リアの告げた人物像と同じ人を探す。
お店の中や屋台の人に聞き込みをするが、妹を探す少女の情報は見当たらなかった。
○ーーーー○
「うーん、なかなか見つからないなぁ」
道の片隅に立ち、グエルダは目の疲れに眉間を揉んだ。
色んな場所を歩いて探したが、リアの姉の姿は見つからなかった。
逆に迷子の人を探してるようで、カリエの気持ちが少し分かった気がする。
この街の喧騒と人の波に圧倒されながらは、なかなかに難しい。
つとリアを見下ろすと、幼い顔に疲労が浮かんでいた。
グエルダは視線を彷徨わせ、近くに見つけた喫茶店を指差す。
「ちょっと休憩しよっか?」
「うん」
お昼時を過ぎているためか店内には数組の客しかおらず、入ってすぐすんなりと腰を下ろせた。
二人分のスイーツと飲み物を注文し、大きな椅子で足をぶらぶらさせるリアにグエルダは問いかけた。
「――そういえば、リアちゃんはどうして俺に声をかけたの? ほかに沢山人が居るのに」
「それは……」
言葉尻を萎ませ、リアは瞳を伏せる。
「ん?」
「……それは、お兄ちゃんがすごく優しそうだったから」
「俺が?」
「うん。それに暖かい心」
その言葉に、グエルダは恥ずかしそうに頭を掻く。
「はは、そう言われると照れるな。俺にはすごく仲のいい幼馴染がいるんだけど、その子はいつも俺にお人好しだの騙されそうな性格だの言ってくるんだ。
まあ、本当は人一倍俺を心配してくれてる優しい子なんだけどね」
苦笑いで言うと、急にリアは顔を伏せた。
「そっか、お兄ちゃんには良いお友達がいるんだね」
「ああ。俺にとってカリエは一番大切な友達だからね。リアちゃんは?」
「リアは――」
「やっと見つけた」
そんな女性の声が店内に響き、グエルダとリアは声の方を向いた。
「あ……」
入口付近に立っていたのは、金髪に爛々と輝く紫の瞳。
そして黒いワンピースを着たグエルダと大差ない年齢に見える少女だった。