第一章 9
3人が森の出口に辿り着いたのは、太陽が真上に届く頃だった。
日陰から一気に太陽の光に照らされ、カリエは眩しげに目を細める。
森の先には草原が広がり、申し訳程度に草が退けられた道の先には大きな街並みが広がっていた。
街の周りには川が流れ、何処かへと続いている。
街から他方へ伸びる舗装された街道には沢山の馬車や人の姿があって、街が繁栄してるのが良く分かった。
「あともう少しね。頑張りましょ」
「カリエ頑張れ」
カリエの荷物を持ってもなお(結局持たせた)余裕なグエルダと、同じく涼しげなターシャ。
グエルダならまだしも、同じ女なのにターシャと私の間には何故こんなにも大差あるのか。
「……はーい」
カリエはフラフラとよろめきつつ、片手を上げて空返事を返した。
「あぁ、そういえば。最近王都を中心に広がってる噂を知ってる?」
「多分知らないかな。どんな噂?」
ターシャの言葉にグエルダが問い返す。
喋る気力は無いので、取り敢えず話だけは聞いておく。
「最近、王都の近辺で魔獣が出現したって噂があるの。ここ数年間なりを潜めていた魔獣が、ね」
「へ? 魔獣?」
不思議そうに目を瞬かせると、グエルダは溜息を吐いた。
「カリエには分からないよ。疎いから」
「なにそれ。喧嘩売ってんの?」
「事実だから仕方ないよね」
グエルダはしれっと返し、ツイと顔を逸らした。
先程殴った事をまだ根に持ってるらしい。
「まぁまぁ、喧嘩はそこまで」
ターシャに諌められ、カリエは不服げに口を開く。
「それで、魔獣って何? 普通の獣とは違うの?」
「もちろん。凶暴な獣を別にして、普通の獣は私達が手を出さなければ襲いくる事はないでしょう?
けれど、魔獣は違うの。彼等は人間と同じように魔力を持つモノ、生き物離れした姿や人間を喰らうモノなどもいる。
そして、容赦無く人間を襲う悪たる存在。
それが魔獣よ」
静かに語るターシャに、カリエの腕にぞわりと鳥肌が立つ。
グエルダは知っているのだろう、平然とした表情で話を聞いていた。
魔獣、そんな存在が居るなんて知らなかった。ターシャの話からして良くないものなのだろう。
「ーーでもその魔獣は、数年前に全て倒したんだよね? 騎士達が」
グエルダの質問に、ターシャは迷い無く頷いた。
「詳しいのね。確かに全ての魔獣を殲滅、鎮静化させたと聞くわ。けどまた現れてしまったらしい。まぁ、まだ噂話の域をでないのだけど」
「……でも王都の騎士団の人達は慎重だろうね」
「えぇ。取り敢えず今は王都を中心に情報を行き渡らせてるらしいわ。もしまた魔獣が増えて広がりでもしたら、大変な事になるものね」
カリエは交互に放たれる言葉の数々に、呆然と二人を見つめる。
うん。さっぱり分からない。
「まぁこればかりは騎士団や兵士に任せるしかないね。今回は何もないといいけど……」
「そうねぇ。もしまだ村にも伝わってないなら、貴方達が伝えておいてくれないかしら。近くの森に出るにしても、心に止めておいてくれれば魔獣が出ても大分違うもの」
「分かった。村に帰ったら村長さんに伝えておくよ。ね、カリエ」
突然話を振られ、カリエは立ち止まった。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何?」
「どうしたのよ?」
キョトンと此方を見る二人に、カリエは頭を抱えた。
「グエルダが魔獣に詳しいのは悔しいけど、それはまぁ良いとして……えっとえっと、そもそも魔獣って何なの?」
「え、だからさっき話したよね?」
困惑顔のグエルダに、必死に首を振る。
「じゃなくて! 魔獣は生き物離れしたモノなんでしょ? 今までいなかったって事は急に現れたって事でしょ⁉」
「うん、そうねぇ」
頷くターシャに、更にカリエは言葉を続けた。
「じゃあさ、魔獣って突然何処から現れたの?」
「え?」
カリエの疑問の声に、グエルダは眉を顰めた。
「そういえば、魔獣は一体何処からきてるんだろうね。それは聞いたことないな」
「でしょ⁉ 突然現れたって絶対おかしいよ」
「……」
と、腕を組んで物思いに耽るターシャの姿に、カリエは目を丸くした。
「ターシャ? どうしたの?」
「……ううん、何でもないの。とにかく、ウチらがどれだけ悩んだって分かりっこないわ。情報が少ないから知りようがないもの。取り敢えずは騎士団の人達に任せましょ? カリエ達は知り合いに注意喚起してくれれば助かるわ」
「確かに、俺達には何も出来ないから仕方ないよ。もしかしたら、今現在調査中なのかもしれないし」
「うーん……そうなんだけど」
不服げに俯き、カリエは両手を握りしめる。
魔獣、危険なモノ。
ふと、グエルダの言っていた不審者の事が頭の隅に浮かんだ。
全てが偶然、なのだろうか。
ーーぁ……て……か?ーー
耳奥で、声が聞こえた気がしてーー。
「カリエ?」
「えっ?」
パッと顔を上げると、グエルダとターシャが数歩先で立ち止まっていた。
話してる内に大分歩いていたのか、すぐ前には広大な街並みが広がっている。
「大丈夫? もう直ぐだけど歩ける?」
「あ、うん。平気だよ」
カリエは頭を振り、2人に追いついた。
耳奥の声が悲しげに聴こえたのは、気の所為なのだろうか。
ーーそれはまだ誰にも分からない。
横目で鋭く森を睨みつけたターシャにも、心奥深くの不安に胸を締め付けられるカリエとグエルダにも。
誰も知らぬまま、舞台は幕を開けるーー。