祈り
少女は祈りを捧げていた。
雪が積もった地面に膝をつき、顔の前で手を組み合わせ、花の咲いていない花壇の前で、頭を垂れて祈っていた。
空には粉雪が舞っており、少女の頭にうっすらと雪が積もっていることから、祈り始めて長いことが窺えた。
少女は暖かい恰好はしていたが、組み合わされた手は手袋をしておらず、寒さから顔と同様に赤くなっていた。
「リリーベル、そろそろ朝ごはんの時間だよ。」
ざくざくと雪を踏みしめてやって来た少年は、少女に穏やかに声をかけた。
対する少女―リリーベルに返事はない。祈りに集中していて聞こえていないのだ。
それを知っている少年は、リリーベルの頭に積もっていた雪を優しく手で払いのける。
少年も暖かい恰好はしていたが手袋をしていなかった。
リリーベルは頭に触れられて初めて少年の存在に気付いた。
「トール、朝ごはんの時間には早い。」
リリーベルは不満そうな声で、祈りを止めて立ち上がり、膝についた雪を払った。
「祈りの時間には長いんだよ。」
少年―トールは苦笑して言いながら、リリーベルの手を取った。
悪魔を迎えに来る天使。
リリーベルはトールに手を引かれて歩きながらそんなことを思った。
トールはいつも朝早くに家を抜け出して、花壇にお祈りに行くリリベールを迎えに来る。
優しいから放っておけないけど、祈ることを止めさせようとはしない。
やりたいようにさせてくれて、リリーベルの体に支障をきたさない程度に気遣ってくれる。
天使というのはその性格もだが、リリーベルと正反対の見た目からも連想しやすい。
金に珊瑚色の混じる髪ーこちらではストロベリーブロンドというらしいーに、青磁色の瞳。雪よりも白い透き通るような肌、整った天使のような愛らしい顔立ち。
男の子に愛らしいというのも変かもしれないが、事実そうなのだから仕方ない。
リリーベルより一つ年下ながら、兄のように包み込むおおらかさは、普段人を寄せ付けないピリリとした空気をまとっているリリーベルをも優しく突き崩していく。
自分のことを悪魔というのも大げさな例えではない、とリリーベルは思う。
この土地の者にはない烏よりも黒い髪、黒い目、肌も黄色みを帯びており、やはりこの土地には馴染まない色だ。
誰かれ構わず愛想を振り撒く気はないし、元から喜怒哀楽が顔に出にくく、扱いにくいだろうと自分でも思う。
異端者、とまではいかないが、よそ者。得たいが知れないものは「内」にいる者には恐怖であり、排除の対象、悪魔のようなものだ。
そんな自分を受け入れて毎朝迎えに来てくれるトールには本当は感謝していた。
その気持ちを上手く表現できずに、ぶっきらぼうな返事しかできなかったが、迎えが来た時はすぐに帰ろうと、自分の中で決めていた。
この手も、とリリーベルは思う。
迎えに来る最初の頃は拒んでいたのに、いつのまにか躊躇いなく繋いで帰るようになってしまった。
自分の思いを貫く、岩を穿つ水滴のような柔らかな強さがトールにはある。
そういうところが困る、とリリーベルは思う。
雪を踏みしめ、二人は無言で少し速めに歩く。
帰りはいつも寒さから自然と足が速まるのだ。
繋がれた手は互いに冷えきっていたけれど、だんだん熱が伝わって温もり始め、汗ばんでくる頃には家に帰り着いていた。