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功績を奪われ奈落に捨てられた俺、最深層から帰還して偽りの英雄を叩き潰す  作者: 白狐


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第3話『死んだはずの男』

 医療テントの中は、消毒液と血の匂いが混じっていた。


 黒崎は簡易ベッドへ座らされ、白衣の医療班に次々と検査を受けることになる。

 体温、血圧、瞳孔反応、魔力脈動、異界汚染値。

 どれもダンジョンから帰還直後の探索者なら嫌な顔をしそうなものだったが、黒崎は抵抗も質問もしなかった。


 ただ、黙ってなすがままにされている。


「……おかしい」


 データ端末を覗き込んでいた医療班の一人が、思わず呟く。


「何が」

「汚染値です。高い。いや、高すぎる……でも臓器障害反応が出てない」

「機器の誤作動か?」

「違います。再測定しても結果変わらず。それにこの外傷……古傷の癒着具合も変です。何年も前の裂傷が、普通じゃない塞がり方をしてる」


 別の医療班が黒崎の左腕に残る深い傷跡を見て、眉をしかめた。


「これ、治療痕じゃないですね。自然治癒……?」

「ありえない」

「高レベルの探索者でも、ここまでは」


 黒崎は自分の腕を一瞥しただけで、説明しようとはしなかった。

 そこへ、テントの入り口が乱暴に開く。


「失礼」


 入ってきたのは、女だった。医療班の中でも検査と記録に強いことで知られる白峰小夜という女性だ。

 長い黒髪を後ろでまとめ、眠たげにも見える細い目をしているが、実際には誰より観察眼が鋭いと評判だ。


「データ見ました。代わってください」


 端末を受け取った彼女は、無言で数値を追う。やがて目線だけを上げ、黒崎を見た。


「あなた、本当に人間ですか?」

「……質問の意味が分からない」

「普通の人間の数値じゃない、という意味です」


 テントの空気がわずかに張る。

 黒崎は少しだけ目を細めたが、不快そうな様子はない。

 ただ、事実としてそう言われたことを受け止めている顔だった。


「見ての通り、人間だ」

「見て分からないから聞いてるんです」

「そうか」


 あまりに平坦な返しに、白峰は一瞬だけ黙った。

 だがすぐに端末へ視線を戻し、問いを重ねる。


「最終接触ダンジョン階層は?」

「不明」

「不明?」

「数えていない。途中から地形も法則も変わったもんでな」

「活動期間は」

「分からない」

「分からない、では困ります」

「分からんものは仕方ないだろう」


 その一言だけ、ほんの少しだけ人間らしい響きがあった。

 白峰が初めて黒崎の顔をまともに見た。


 疲弊していないわけではない。

 むしろ体力的には限界に近いはずだ。

 だが、それを表に出す回路が壊れているかのように平然としている。


「……西暦が二〇三九年だと聞いて、驚いていましたね」

「聞いたのか」

「医療班は耳が早いもので」

「ソレは初耳だ」


 淡々とした応酬だったが、テントの外から慌ただしい足音が近づいてくる。

 次の瞬間、霧島が顔を出した。


「黒崎。悪いが、少しいいか」

「……良くはないな。必要な検査は終わったハズだ」

「俺が困るんだよ。まぁ聞け」


 霧島は苦い顔で続ける。


「本部に照会かけた。

 黒崎蓮司の殉職記録、照合一致。顔認証も、古いデータだが八十五パーセントで一致。

 指紋は資料が欠損してる。……でだ、上が騒ぎ始めた」


 その言葉に、医療テントの空気が変わる。

 黒崎本人は眉一つ動かさなかった。


「そうか」

「そうか、じゃねえんだよ。お前、自分が誰だか分かってるか?」

「黒崎蓮司だ」

「そうだ。で、その名前の人間は、七年前に死んでる」

「訂正すればいいだけだろう」


 霧島は言い返せず、舌打ちを飲み込むように口を閉ざした。

 その横で、白峰がぽつりと言う。


「訂正だけで済めばいいですね」

「どういう意味だ」

「死者が戻ると、困る人間がいるのでしょう。上には」


 霧島が眉をひそめる。

 黒崎は少しも驚かなかった。

 まるで最初から分かっていたみたいに、視線を落とす。


「……なるほど」


 短い肯定。


「そうだろうな」


 その声には怒りも悲しみもなかった。

 ただ、ひどく冷えた納得だけがあった。


 霧島は頭を掻きむしりたい気分になった。

 現場は変異種対応でまだ混乱している。

 スポンサー対策も、報告書も、負傷者の搬送もこれからだ。

 その上で、殉職したはずの上級探索者がダンジョンから生還した。

 どこをどう見ても厄介ごとだ。


 面倒事の塊だった。

 だが同時に、現場勘が告げてもいる。


 この男は、今の協会が抱えているどんな上位探索者よりも危険で、どんな戦力よりも、この先必要になる。


「黒崎」

「何だ」

「一応言っとく。上はお前を歓迎しない」

「だろうな」

「だが現場は、そうでもないかもしれん」

「知らん」


 霧島はそこで、小さく笑いそうになった。

 ここまで不遜な態度を取られるのは久しぶりだ。


 テントの外で、遠く警報が鳴る。

 誰かが、第二層側で魔物の流出を叫んでいた。

 夜はまだ終わらない。


 黒崎はその音に顔を上げ、わずかに目を細めた。

 反射だった。戦場の音を聞いた兵士のそれと同じ反応。


 その一瞬を見て、霧島は確信する。

 やはりこの男は、死んで戻ってきた亡霊なんかじゃない。


 もっと厄介で、もっと現実的な何かだ。

 ――本物の地獄を知っている、生きた帰還者だ。


 そしてたぶん、今の地上はその帰還を歓迎できるようなモノではないのだろう。

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