3.その条項に意味あり
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「どうしてこのような不可解な条項を、絶対必須だと主張されたのか、なんとなく分かった気がします」
「ご理解ありがとうございます」
「まぁ、偶然ですね」「ここでお会いできたのも運命ですわ」「これが、宿命だった」
「「「一緒にお茶でも如何かしら」」」
「誘っているのはわたくしですわ」「分かっています、わたしですよね」「いいえ、我こそが」
「歩く邪魔ですよね。どうか私の腕を離さないでください」 あぁ役得だ。
「はい」 確かに歩きにくいが、それ以上に煩くて敵わん。
週に一度の安息日。二人は連れ立って植物園に来ていた。
協約婚約に関する条項その二十五、「週に一度は、二人で外出もしくは外食をすること」
この条項を主張したのは勿論アイシャではない。
今この瞬間も、令嬢たちに纏わりつかれているアイシャをエスコートしている男だった。
「所長って本当にモテるんですね」 知らんかった。
「私の家柄と花形職業と、それに伴う高収入がですね」 陰で私を”黒眼鏡”って呼んでるの知ってるし。
うーん?、とアイシャは、今朝迎えに来た時の所長を思い出していた。
女性にしては背の高いアイシャをエスコートしても見劣りしない高い背。すらりとして余分な脂肪がついていない身体はしなやかで姿勢もよい。いつもの魔術師のローブ姿ではなく侯爵家の跡取りらしい素晴らしい仕立てのフロックコートを着こなしていた。
今、こうして見ても襟先や袖口にさりげなく入っている刺繍も美しいお洒落なコートがよく似合っている。
つまり、立っているだけで高貴さが際立っている。
分厚い黒縁眼鏡はいただけないが、今日は髪型が整っているからだろうか。いつもより5割増しで格好よく見えた、気がする。
そう考えてしまった後ろめたさに、アイシャは顔を強く横に振った。
単なる協約関係でしかない相手に何を考えているのかと自分を戒める。
「け、今朝我が家に迎えに来てくださった時、両親が吃驚してましたよ」 話題を変えよう。
「侯爵家の紋が入っている馬車で行った甲斐がありましたね」 ご家族への本気ですアピールは重要ですからね。
「えぇ! 私が所長と婚約することになったと説明しても笑い飛ばしていたのに」 まぁ、協約ですけど。
「ね、実際に二人で行動を共にするって重要でしょう?」 まぁ、私がデートしたいだけなんですけど。
にっこり笑って視線を合わせる。
「確かに、私たちがいきなり『婚約しました』と言っても、誰も信じませんよね。ははは」 事実だと広めねば意味がないのですね。
「えぇ、本当に婚約届を出しているのに。酷い話ですよね!」 承認されるまでもう少しかかるが。ちょっと大きめの声で、言ってしまえ★
ざわっ。空気が揺らいだ。纏わりついている令嬢たちだけでなく、思ったより多くの衆目を集めていたらしい。
「なによなによっ! 二人の世界みたいに!!」「ちょっとお似合いって思っちゃって悔しい」「壁になりたい。いや、ここなら地面」
わちゃわちゃと文句をいいつつ追いかけてくる外野を無視して歩き続けた二人は、ようやく目的地の入口へ着いた。
その途端、纏わりついていた令嬢たちが顔を押さえて離れていく。
「わぁ、足速い。凄い効き目ですねぇ」 リアル虫避けだ。
「ふふ。ここに入れないなら私たちの職場に近づくことなんかできないでしょうに」 もっとずっと凄いぞ。
にっこり笑って、ふたりは再び視線を合わせた。
デートや家族連れなどで人気の植物園。その奥まった一画にひっそりとある薬草園。それが今回の目的地だった。
薬草の爽やかな香りがすると思われがちだが、微妙に薬臭いというか刺激を伴う薬品臭が立ち込めており、長く居ると服に臭いが染みついてしまうのだ。
咲いている花も、黒かったり紫色をしていたりと華やかさとは真逆の怪しさ満点だ。特別室には食虫植物どころか動物や鳥を食べる植物まで育てている危険な場所でもある。
そのため絶賛不人気コーナーとなっている。
ただ、ここで採れたハーブを使ったキャンディやお茶はお土産コーナーで大人気であるが。
「むしろ落ち着くと思うんですけどね」 くんくん。全然臭くなんかないでしょ。
「私たちは、職場で慣れてますからね」 隣の部署は、魔法薬学部だからね。
「ここに来るまではかなり煩かったけど、良いところですね」 静かだし。先ほどまでの喧騒が嘘のよう。
「忙しいアイシャくんに、ゆっくりとした時間を上げたくてここに誘ったんだ」 特別なプレゼントも用意してある。ここからが、勝負だ。
「所長……」 いつもぎりぎりの納期を言われたり、締め切り当日に仕様変更を言い出すのは所長じゃないですか。
「こっち。来て?」 できると思っている仕事しか割り振ってはいないけど、でも、忙しくさせているのは、私だって分かってる。そのお詫びをさせて欲しい。
差し出した手に、アイシャが手を重ねてくれるのを、じっと待つ。
おずおずと伸びてきた手が、重なるまで待てなくてぎゅっとつかんで走り出した。
「ちょっと、所長!」
「こっちだ、アイシャくん」
強引に連れてきたのは、薬草園の売店だ。植物園の出入口横にあるメイン売店と違って、いつ来ても他に客がいたことはない。
「いつものを、2つ」
「今日は一人じゃないのかい、モノ好きが」
奥に向かって注文すると、面倒くさそうな老婆の声が返ってきた。
「さぁ、座って」
ポケットから出したハンカチでささっと座面を払ってから席を勧めると、すぐにウウンターにコップが二つ現れた。
雑に注がれたのか、縁からどす黒い緑色をした液体が垂れている。
カウンターにあった紙ナフキンをささっと取り、カップの縁を手慣れた様子で拭いて手渡された。
「これを、わたしに?」 これを???
カップの中では、どす黒い緑色をした液体だけでなく、どす黒い紫色をした泡が下から上がってきてはボコッボコッと弾けていた。
「うわぁ! いただきます」 ぷっはー! しゅごい。これ、しゅごい!!
「良かった。気に入った?」 これ! この顔が見たかったんだよ!
嬉しそうに顔を輝かせたアイシャに満足だ。
だが、もっと見たいと手の中に持っていたカップを差し出すと、迷いながらもアイシャはおずおずと受け取ってくれた。
「イ、イタダキマス」 所長がいいってくれたんだもん。飲んでもいいよね??
「ばっか! おやめよ。そんなの二杯も飲んだら、回復通り越して、寝られなくなっちまうよ」
横から伸びてきた手に取り上げられて、アイシャの喉から間抜けな声が出た。
「あぁ~。私のエリクサーがあぁぁぁ」
「完全回復薬を飲んだすぐ後に、もう一杯飲もうなんて考えるじゃないよ。馬鹿なのかい、あんた等」
「これでも一級魔術師です!」
「同じく一級魔術師、魔法協会魔法陣課の所長です!」
「頭が良すぎて一周回って馬鹿なのか」
その後、こんこんとこの薬草園の管理者である老婆に怒られた。
それでも、「こんなに体調がよく感じるのは久しぶりです!」と喜ぶアイシャの顔を、幸せそうに見つめる。
「また一緒に、飲みに来ましょうね」
「ハイ!」
「喜んでもらえて、本当に嬉しいよ」
所員たちから『雰囲気のある場所で』『ふたりで一緒に飲みに行くんですよ』『ちゃんと予約もして!』というアドバイスを聞いておいたお陰だと感謝する。
アドバイスに従い、薬草園に問い合わせたら『予約はできない』と言われてしまった時は愕然としたが、薬草園が混んでいたことなど一度もないというか他の客と居合わせたことすらないし、老婆の出勤時間を確認できたので決行した。
連れてきてよかったと一人胸をなでおろす。
「あ、所員たちへお土産を買っていかなくては」
「一緒に選びましょう」
後日配った薬草園特製クッキーのお陰で、所員たちから残念そうにされるのだった。
ごめん。会話だけではこのシーンを伝えられなかった ><。
技術が…足りない。




