第7話 それでも信じたい
美咲の自宅。
絵里と電話で話したあと、美咲は優斗に電話をかけた。
(冗談じゃないわ。子持ちの会社員て……)
優斗は、もちろん仕事中で、会議の前でバタバタしていた。
「田村くん、企画書人数分コピーしてくれた?」
「そこにありますよ」
田村は、課長の横のテーブルを指差す。
「ああ、ありがとう。会議室に持って行ってくれる?」
「はい」
その時、優斗の私用スマホが震えた。
名前を見ると、《みさ》。嫌な予感がして、優斗は赤いボタンを押して拒否した。そのまま内ポケットにスマホを滑らす。
会議中、内ポケットが何度も震えて、自分の企画の話に集中できなかった。
(くそっ。なんなんだ)
会議が終わると、優斗は非常階段に行き、美咲に電話をかけた。
「もしもし。どうしたの? ……ごめん、バイト中で出られなかった」
『なんのバイト?』
「研究室のだよ」
『会社員でしょ?』
「違うよ。学生だよ」
美咲の中で、何かが切れた。
『何もかも知ってんだよ! 子持ちの会社員が! 二人も子供がいるくせに、嘘つき!』
優斗の顔の血の気が引いた。
「なんでそれを……?」
『あんたの奥さんから電話かかって来たのよ! 別れたいって、遊びって……』
美咲の目から涙が伝う。
『何が結婚しよう、よ!』
優斗は言葉を探した。まずは美咲を宥めるしかない。
「嘘じゃない……。君への気持ちは嘘じゃないよ」
『最後まで、馬鹿にするんじゃないわよ!!』
美咲は叫んでいた。と、同時に電話を切った。
優斗は薄曇りの寒空の中、呆然と立ち尽くしていた。
◇
私、水野奈々は、フリーのカメラマンをしている。
写真系の専門卒で、今はフリーで細々やっている。
うちの親は、進路にはかなり自由で、弟の凪は医者を目指し、わたしはカメラマンの道を目指した。
「やりたいことが見つからない時代に、やりたいことあるならどんどんやればいい」
うちの父はこんなことをよく言っていた。
凪とは最近連絡をとっていなかった。久々に電話をする。
どうしても確かめたいことがあった。優斗のこと。
凪は関西の医大に通い、一人暮らししている。
私はずっと実家暮らしだ。
「もしもし、凪?」
『あ、ねーさん。どうしたの? 急ぎ?』
「ううん、ちょっと相談事」
『なら、今研修に来てるところだから、夕方掛け直すよ』
「わかった。突然ごめんね。頑張ってね」
『あい』
夕方、凪から電話がかかる。私は自分の部屋でカメラをいじっていた。
「お疲れ様」
『何? なんかあったの?』
「いやー……。実は、凪に教えてくれてた家庭教師いたじゃん。佐藤優斗って言うんだけど」
『いたね』
「その人と付き合ってるの」
ちょっとの間。凪が気になることを言い出す。
『そうなの? なんかあの人アレだったけど……』
「何? アレって」
『あの人教え方が適当だった。教科書ただ読んでただけだし。たまに、逆に俺の方が突っ込んでた。知り合いの紹介だったから、黙ってたけど』
「そうなんだ……。優斗ね、医大生って言ってたんだけど、嘘だったみたい……」
私は、先日の出来事を凪に話した。
『医者目指してるなら、倒れた段階で病名考えてる。反射的に動いちゃうけど……意識はあるか、どっか打ってないか、とかね。ずっと座っているのは、まずあり得ないよ』
「やっぱりそうか……」
『俺思うんだけど、ねーちゃんも気づいてたんじゃない? 心の中では。だって、心からいい人と思ってたら、俺に紹介するんじゃない?』
(……確かに私の性格上、凪や親に紹介してるわ)
「そうかも……」
『そいつ、他にも偽称してる可能性あるよ。調べた方がいい』
「う……ん。わかった。気をつける」
『ねーちゃんてさ、昔からそうだけど、胡散臭いやつに惹かれるところがあるから、ほんと気をつけなよ。まじで』
「わーかったよ! じゃあ、切るね。ありがとう」
凪がまだ何か言いかけていたが、電話を切ってしまった。
確かに、凪の言うとおりだ。
私は人を信じやすいし、良い方に考えてしまう癖があった。
――でも私は、優斗の愛情を信じたかった。




