第3話 二人の名前
佐藤優斗は、妻の絵里と三歳の息子の大地、一歳の娘の美桜と会社の社宅で暮らしている。
優斗は、小さな建設会社の課長をしていた。仕事はあまり忙しくないため、たまに残業するくらいだった。
水野奈々と吉田美咲には、医大生と言っているが嘘であった。
優斗は、嘘をつくことに敷居が低く、波風立てない、自分の欲求に忠実なタイプであった。
何より、悪気を持っていなかった。
本人の中では、それは《誰も傷つけないための調整》だった。
面倒を避けるための、ただの処世術だと思っている。
子供が寝静まった後、洗濯物を畳みながら、絵里が優斗に訊ねた。
「この前の日曜日、高橋さんの奥さんがあなたのこと見たって言うのよ」
「日曜日は突発の仕事だって言っただろ」
「駅前のホテルから女の人と一緒に出てきたって。他人の空似ならいいけど……」
「仕事なんだからあり得ないだろ」
優斗は少し声を荒げた。
「ならスマホ見せてよ」
「仕事の機密情報が入ってるからダメだよ」
「あ、そう……」
優斗は絵里のところに行き、洗濯物を一緒に畳む。
「気になるのはわかるけど、やましいことなんて何もないからさ」
「そんな話聞いて、もしかして……って思って嫉妬しちゃった? 意外と可愛いな。お前」
優斗は優しく絵里にキスすると、押し倒した。
◇
深夜。
優斗と絵里は同じベッドで寝ていた。
絵里はベッドから起き出して、優斗のスマホを探した。
優斗の枕元、絵里の反対側にそれはあった。
そっと手に取った。
絵里は息を止めて指紋認証を優斗の人差し指に当てる。
(お願いだから、起きないで――)
なかなか反応せず、額に汗が滲んできた。
「う……ん」
いびきが止まる。と同時に、絵里は手を離して止める。
(お願い――寝て)
優斗のいびきが聞こえてくると、また再開した。
やっとロックが解除された。
ラインのログを漁ろうとしたが、綺麗に削除されていた。
ラインの友だち一覧を開く。
見慣れない女の名前は見当たらない。
——非表示にしている?
設定画面を開き、非表示リストを確認する。
《みさ》《なな》があった。
その名前を自分のスマホにメモした。
電話帳を探したがそれらしい名前は見つからなかった。
ふと、いい案が浮かんだ。自分の指紋も認証登録することにした。しかし、PINコードがわからない。
優斗のいびきがまた途切れた。胸の鼓動が速くなる。
(……起きた?)
絵里は焦って優斗を見ると、寝返りしただけだった。
ホッと息をついていると、ふと昔のことを思い出した。
スマホを買った頃、一緒にPINコードを設定していたことがあった。
(いつもと同じコード使ってるのかしら……?)
確かあの時は、私の誕生日だ。
……ハズレ。
大地の誕生日は?
……ハズレ。
美桜の誕生日は? これで外すと、ロックがかかってしまう。
美桜の誕生日――ビンゴ。
自分の指紋を登録して、そっとスマホを元のところに置いた。
優斗の子供のような寝顔を見ると、頬をつねってやりたくなる衝動に駆られた。それから、子供の様子を確認してからベッドに戻り、息をついて横になった。




