第10話 失敗と決意
「頭痛え――」
優斗は、頭を押さえながら起きた。
絵里が大地と美桜に朝ごはんを食べさせている。
「おはよう……」(イテテ)
「……今日から朝ごはん、夕ごはんは自分で用意して下さいね。お弁当も、もう作りませんから」
「オエッ」
優斗はトイレに駆け込む。
(まじか……どうしよう。ってか、今日大事な商談あったよな……俺どうやって帰ったんだろう)
「ごめん……。話は帰ってからで……」
絵里は横目で優斗を見たが、返事はしなかった。
優斗はなんとか着替えて、電車に乗った。
周りの視線が痛い。
気持ち悪さに耐え切れず、途中下車してトイレで水を口に含みながら吐きそうになる。まだ口の中がカラカラで、胃がひっくり返ったみたいに重い。
(何してんだ……俺)
会社に着いたが、体調はすぐには良くならない。
「課長……大丈夫ですか?」
部下の田村が心配そうに商談の資料を渡す。
(課長……二日酔いですか……)
優斗は、冷や汗をかきながら、「ああ」と返事した。
「じ、じゃあ、行こうか……田村くん、運転してくれる?」
「わかりました」
助手席の優斗は、頭がガンガンするのを我慢するのに精一杯で前を見ていなかった。
「課長、この辺でしたよね……」
「あ? ここどこだ? ここじゃない! もっと手前だ。行き過ぎ!!……イタタ」
商談に十五分も遅れてしまった。
「遅れて申し訳ございません! 新星建設の佐藤です」
取引先の課長の坂本が顔を出した。
「社長待ってるよ! こっちにどうぞ」
「田村、資料持った?」
「あっ。持ってきます!」
優斗がため息をつくと、坂本は露骨に嫌な顔をした。
「待ってたよ」
そう声をかけたのが、『エステート酒井』の社長、酒井浩一。
「いつもお世話になっております。新星建設の佐藤優斗です」
優斗は頭を下げた。
(イテテ)
田村が資料を持って戻った。
「見積り見たけどさ……もう少し安くなんない?」
酒井は、資料を見ながら優斗を冷たい目で見た。
「どれくらいですか?」
「一割かな」
「……一割は、正直厳しいです」
「調整は無理?」
「安全管理と人員は削れないので」
「でも君んとこ、前回より上がってるよね」
「あ……はい。資材が上がってまして」
(やばい、吐きそう……)
「資料に何も書いてないよ?」
「すみません、そこは口頭で――」
「いや、重要なところだよ――正直、他社の方が安いのよ」
(ダメだ……)
優斗はトイレに駆け込んだ――。
「彼、具合悪いの?」
酒井は田村に聞いた。
「ははは」
田村は笑うだけだった。
――商談は、失敗に終わった。
◇
絵里は、主婦友達の小田圭子に美桜を預ける。
「ごめんね、ありがとう」
「いいのよ。大変な時は頼って」
「移動は車?」
「うん」
「ならいいわね。行ってらっしゃい」
「ままー!」
美桜が泣いて暴れた。
「大丈夫だから、行っといで」
圭子は子供慣れしている。三児の母親だ。おもちゃを持った美桜はすぐに泣き止んだ。
絵里は後ろ髪引かれながら、弁護士事務所へと車で向かった。
その後は、市役所、ハローワークに行く予定だ。
(大地、美桜のためにも頑張らないと――)
絵里はサッと涙を拭いながら運転した。




