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第7話 真紅の追撃者

 エガリス王国王城、謁見の間。


 かつて栄華を誇ったこの城も、今やカビ臭さと腐臭が漂うばかりだ。


「遅いぞエレアノール! 余を待たせるとは何事か!」


 王国軍総司令官、バルバロス公爵が脂ぎった顔を振るわせ、金切り声を上げた。


 重厚な扉が開き、一人の少女が入ってくる。

 

 レガリス王国最強のミスリル級魔術師(メイジ)、エレアノールだ。


 彼女は玉座に座る虚ろな目の国王を一瞥すらせず、あくびを噛み殺しながら公爵の前に立った。


「うるさいわね。用件は手短にお願いするわ。私の時間は、あんたの脂肪より貴重なのよ」


「き、貴様……!」


 バルバロスは顔を真っ赤にしたが、すぐに引きつった笑みを浮かべ、地図を広げた。


「……東部の山岳地帯だ。ガストン隊を全滅させた賊が、共和国へ向けて逃走している。直ちに追撃し、その首を刎ねろ」


「パスよ。あんな泥だらけの山奥に行くなんて御免だわ」


 エレアノールは即答し、踵を返そうとする。  


 バルバロスが慌てて叫んだ。


「ま、待て! 報酬は用意してある! 南の遺跡から発掘された『古代魔導炉』……あれの管理権限を貴様に譲渡する!」


 エレアノールの足が止まった。    


 それは軍部が兵器転用を目論んで独占していた、古代文明の遺物。

 

 彼女が公爵に振り返り、ニィと口角を上げる。


「あら、あのガラクタ、やっと手放す気になったの? ……いいわ。交渉成立ね」


 彼女は誰の許可も待たずに退出すると、王城の回廊を歩く。


 視線の先に、廊下に飾られた巨大な絵画が映った。


 それは初代国王を描いた肖像画だ。

 

 彼女は一瞬だけ、絵画の人物と目を合わせた。


「……悪いわね。あんたの作った国、もうボロボロみたいだわ」


 彼女は回廊の窓枠から、眼下に広がる王都を見渡す。


 レガリス王国王都、レガリア。


 石造りの城壁に囲まれた歴史あるこの都は、かつて大陸の覇者として栄華を極めた大都市だった。

 

 だが今や、その城壁には苔がむし、風化して崩れかけた箇所が目立つ。


 斜陽。


 それが、この国の現状だった。


 エレアノールは窓枠に足をかける。


 そして、何の躊躇もなく窓から空へ身を投げ出した。


 そのまま地面へ落下――しない。


 彼女の周囲の空気が瞬時に超高温となり、爆発的な上昇気流を生み出す。  


 自らの魔力で大気の熱循環を操作し、揚力を生み出す独自の飛行術式だ。


 彼女は炎の翼を広げ、赤き流星となって東の空へ駆けた。


 ◇


 日は完全に落ち、森は漆黒の闇に包まれていた。


 道なき獣道を、マコトとヴィオラは黙々と進んでいた。  


 泥に足を取られ、マコトの息は荒い。


「はぁ……はぁ……もう少しで国境か……」


「はい、マコト様。あの稜線を越えればリブラ共和国です」


 ヴィオラは泥汚れ一つない涼しい顔で、マコトの手を引いている。  


 ふと、彼女の足が止まった。  


 紫の瞳が、暗闇の奥を冷徹に見据える。


「……マコト様。ネズミが数匹、遠巻きにこちらを嗅ぎ回っています」


「え?」


「王国の斥候ですね。距離を保ち、こちらの位置情報を本隊に送り続けているようです。……目障りですので、掃除しますか?」


 ヴィオラの指先に、死の気配が宿る。


 だが、マコトは首を横に振った。


「いや、やめておこう。向こうから仕掛けてこないなら、無駄な殺生はしたくない。刺激して増援を呼ばれるのも面倒だ」


「……マコト様がそう仰るなら」


 ヴィオラは即座に殺気を収めた。  


 マコトは安堵の息をつく。


 共和国に入れば、もう追っ手に怯えることもない。


 そう信じて一歩を踏み出した。


 その時だ。


 カッ!!!!


 世界が白く染まった。


 夜明けではない。

 真上から、太陽が落ちてきたかのような圧倒的な閃光。


 音よりも先に、熱が来た。


「――ッ!!」


 マコトが状況を判断するより速く、ヴィオラが動いた。  


 彼女はマコトを胸に抱き、その場にうずくまり、自らの背中で彼の身体を覆う。


 直後。


 ズドオオオオオオオン!!!!


 鼓膜を破壊するほどの轟音と共に、周囲の森が消し飛んだ。


 熱波の暴風が吹き荒れ、巨木がマッチ棒のようにへし折れ、燃え上がる。  


 マコトたちがいた場所を中心に、巨大なクレーターが穿たれた。


 だが、灼熱の業火の中で、マコトは汗ひとつかいていなかった。


 ヴィオラが展開した見えない障壁が、熱も衝撃も完全に遮断していたからだ。


「……不愉快ですね」


 ヴィオラが、地獄の底から響くような低い声で呻く。  


 彼女はマコトは立ち上がり、頭上の闇を睨みつけた。


「私の計算では、今の熱量で半径50メートル以内の有機物はすべて炭化するはずだったのだけれど……。不可解ね、前提条件が間違っていたのかしら?」


 頭上から、鈴を転がすような少女の声が降ってくる。


 燃え盛る森の上空。    


 夜の闇を切り取ったかのような漆黒のマントを纏った金髪の少女が、空中にふわりと浮いていた。  


 その手には、指揮棒のような短い杖。


 杖の先端に埋め込まれた宝石が、脈打つように赤く輝いている。


 彼女は地面に降り立つことなく、遥か頭上から俺たちを見下ろしていた。


 見た目は可憐な少女だが、その全身から立ち上る威圧感は、先日の隊長とは次元が違っていた。


 マコトの本能が爆音で警鐘を鳴らす。


 こいつは人間じゃない、怪物だ。


 エレアノールは眼下の惨状を見ても、眉ひとつ動かさない。  


 実験結果を確認する研究者のような冷徹な目で、生き残った二人を観察している。


「初めまして、実験サンプルさんたち」


 エレアノールは、口角を吊り上げ、凶悪な笑みを浮かべた。


「私の名はエレアノール。レガリス王国筆頭魔術師にして、貴様らを灰にする者よ」

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