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第4話 黒き鉄槌

「貴様らァァァ!!」


 鼓膜を物理的に叩くような怒号が、広場の空気を震わせた。


 現れたのは、一人の大男だ。

 

 全身を隙間なく覆う、黄金の全身鎧(フルプレート)。  


 背には、身の丈ほどもある巨大な両手剣。


 先ほどまで相手にしていた兵士たちとは違う。

 

 装備の質。立ち昇るオーラの密度。


 そして何より、周囲の空間すら歪めるような濃密な殺気。


(……ボスのお出まし、か……)


 俺の頬を、冷や汗が一筋伝い落ちる。  


 直感が告げている。


 こいつは、ただの兵士じゃない。

 正規軍の将校クラス、それも相当な手練れだ。


 男は、血の海と化した広場と、肉塊になった部下たちを一瞥し、兜の奥から憤怒の視線を俺たちに向けた。


「我が名は王国軍第五部隊隊長、『閃光剣』クリストフ・ガストン! よくも我が部下たちを……貴様ら、ただで死ねると思うなよ!!」


 ガストンと名乗った男が、背中の両手剣を引き抜く。  


 その瞬間、バチバチッという不快な音と共に、剣身に青白い雷光が纏わりついた。


 魔法の剣か。


 ファンタジー小説なら憧れの対象だが、敵として対峙するとこれほど恐ろしいものはない。 


 男の目は血走っている。


 部下を虐殺された恨みと、エリート特有のプライドが傷つけられた怒りで、正気ではない。


「ヴィオラ」


 俺は、自身の最強のカードの名を呼んだ。


「はい、マコト様」


 ヴィオラは優雅にスカートをつまみ、俺の前に出る。  


 その背中は、これだけの殺気を浴びながらも微塵も震えていない。


「あれも、掃除できるか?」


「愚問です。羽虫が一匹増えただけに過ぎません」


 涼しい声だ。  


 だが、相手は腐っても正規軍の隊長だ。油断はできない。


「死ねェェェ!!」


 ガストンが地面を蹴った。  


 速い。  


 重装備とは思えない加速。


 黄金の鎧が残像となり、雷光を帯びた剣が俺たちの頭上へと振り下ろされる。


 音速に近い斬撃。  


 俺の動体視力では捉えきれない。


 死ぬ――そう認識する暇すらない。


 しかし。


「……ッ?」


 衝撃は訪れなかった。  


 代わりに感じたのは、柔らかい感触と、ラベンダーの甘い香り。


 視界が暗くなる。

 

 ヴィオラが、俺を抱きしめていた。  


 敵に完全に背を向け、覆いかぶさるようにして、俺の視界と耳を塞いでいるのだ。


「ヴィ、ヴィオラ!? 後ろ! 後ろだ!」


 俺の悲鳴に近い警告。  


 だが、彼女は耳元で、子守唄のように優しく囁いた。


「ご覧になってはいけません。閃光がマコト様の網膜を傷つけてしまいます」


 直後。


 カッッッ!!!!


 背後で、世界が白く染まるほどの閃光が炸裂した。  


 ガストンの必殺の一撃が、ヴィオラの無防備な背中に直撃したのだ。


 轟音。  


 大気が焼け焦げる臭い。


 だが、俺の体には、そよ風ひとつ届かなかった。  


 ヴィオラの背中を中心に展開された闇の断絶壁――【魔力障壁ヴォイド・オーラ】が、熱量も、衝撃波も、音圧さえも、完全に遮断していたのだ。


 彼女は、攻撃を防ぐために背を向けたのではない。  


 単に、俺に不快な思いをさせないための壁として、自らの背中を使ったに過ぎない。


「な……馬鹿、な……?」


 背後から、ガストンの掠れた声が聞こえる。  


 理解不能な現象を目の当たりにし、喉が引きつっているのが分かった。


「俺の【閃光撃】だぞ……? 岩盤すら切り裂く一撃を、無傷で……!?」


「先程からブツブツと、人間ゴミムシ風情が煩いですね」


 ヴィオラが、鬱陶しそうに吐き捨てる。  


 彼女はゆっくりと俺から体を離すと、クルリと振り返った。


 そこには、先ほどまで俺に向けていた慈愛に満ちた表情はない。  


 無機質で、冷徹な目だ。


「マコト様の気分を害したその大罪、身をもって償いなさい」


 ヴィオラが右手を掲げる。  


 漆黒の大剣が、彼女の手の中に召喚される。


 その瞬間、周囲の重力が狂った。


 地面の小石が浮き上がり、空気が鉛のように重くなる。


「ひッ……!?」


 ガストンが後ずさる。

 

 本能が理解したのだろう。


 目の前にいるのが、魔術師や戦士といった既存の枠組みに収まる存在ではないと。  


 これは、人の形をした災害だ。


「ま、待て! 俺は王国軍の……!」


「【黒蝕の崩落(エクリプス・フォール)】」


 ヴィオラは命乞いに聞く耳を持たず、大剣を無造作に振り下ろした。


 あまりの速度に、剣閃は見えない。  


 代わりに、ガストンの頭上から、巨大な闇が落下した。


 それは、超高密度の重力プレス。


 ベキベキベキベキボキッ!!


 嫌な音が響いた。  


 甲殻類の殻を砕いたかのような、あるいは昆虫を踏み潰したかのような、命が壊れる音。


「ぐ、あ、あァ……!?」


 ガストンの膝が折れる。


 黄金の鎧が、悲鳴のような金属音を上げて歪み始めた。


(な、なんだこれは……!? 馬鹿な、あり得ん……ッ!)


 理解できなかった。    


 自分は『ゴールド級』の猛者だ。

   

 選ばれた才能を持ち、数多の戦場を勝ち抜き、富も名声も手に入れた強者だ。

   

 それが、なぜ。   


 こんな華奢な女に、虫ケラのように殺されようとしている?


(俺は……『閃光剣』だぞ……? 王国の英雄なんだぞ……!?)


 黄金の鎧が内側の中身ごと、ペシャンコに潰れる。


 眼球が飛び出し、全身の骨が粉砕され、筋肉が液状化する。


 グチャッ


 数秒前まで英雄を気取っていた男は、地面にへばりつく赤茶色のシミへと変わっていた。


 静寂が戻る。  


 ヴィオラは大剣を一振りして血を払うと、虚空へと収納した。


「掃除完了です、ご主人様」


 彼女は屈託のない笑顔で、俺に報告する。


 俺は、足元のシミを見下ろした。

 

 嫌悪感は不思議となかった。  


 ただ、強烈な現実感だけが、冷水のように頭を冷やしていく。


(……やっちまったな)


 王国軍の部隊長。  


 それを、問答無用で殺害した。  


 これは正当防衛などというレベルではない。


 国家に対する、明確な宣戦布告だ。


 俺はこの世界で、平穏に暮らしたかった。  


 だが、その道は今、完全に閉ざされた。


 これで俺は犯罪者だ。  


 国中から追われる身となった。


 だが。


 俺はヴィオラを見た。

 

 彼女は心底褒めて欲しそうに、紫色の瞳を輝かせて俺を見上げている。


 この最強で最凶の共犯者がいれば、あるいは。


「……ああ、よくやった。ヴィオラ」


 俺は覚悟を決めて、彼女の頭を撫でた。


 彼女が嬉しそうに目を細める。


 もう、後戻りはできない。

 

 俺はこの狂ったメイドと共に、地獄の底まで突き進むしかないのだ。

第4話まで読んでいただき、ありがとうございました。ここから本格的にマコトとヴィオラの物語は動き出します。


少しでも面白ければぜひ評価をお願い致します。

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